【小説】降り落ちる雨は、黄金色 ver2019.1.17

 -1-

 高校の頃、日本と北朝鮮の国交状態は最悪でこちらの都合などかまわずに北の将軍様は弾道ミサイルを早朝から派手にぶっ放した。

その時、私は十七歳だった。

 ネットニュースの見出しは、連日ミサイルのニュースをトップで飾った。テレビは視聴率を気にしてか、芸能人の不倫ばかりを取り上げる。早朝の駅のホームで電車を待っていると、小学生の話し声がひそひそと聞こえる。

「北朝鮮の人は朝からミサイル飛ばすの好きだね。早起きだね」

 無邪気な子供達とは対象に、朝からスマホを見つめ情報を収集する黒い服を着た大人達。みんなスマホに操作されてる奴隷みたいだ。異常な空間だが誰も叫ばない。絶対にあんな風になりたくない。私は本を読み、一人で抵抗活動をしていた。

 その当時の私は、やりたいこともなくミサイルが落ちる日を待ちわびていた。何もしたくなかった。こんな世界消えてしまえばいい。 周りの子は皆、志望校を決めていた。進路希望調査標を白紙で提出したら、放課後に担任教師の森下に呼び出された。

 六畳ほどの広さの殺風景な進路指導室は薄暗く、白い机の上には進学のパンフレットが 平積みに置かれていて物置のようだった。

「井上、進路どうすんだ」

「...」

重たい沈黙が肩の辺りにのっている。

「黙ってても終わんねえぞ。やりたい事はないのか?」

森下は呆れて腕を組んだ。

「親がお金出してくれるなら進学したらどう?」

「どうしてですか?」

「大学行ったら楽しいぞ。何でもいいから書いといてくれ」

「私だって頑張ってます」

 森下は淡々とした口調で、話し続けた。私は逃げるようにして進路指導室を出た。スマホを見ると佳代からの着信があった。

「ゆきちゃん、おはよう」

「...今何時だと思ってるんの?」

「つらみ」

 電話の相手は同級生の寺田佳代。彼女は体調が悪く学校には来ておらず、自宅療養をしている。

 まだ佳代が学校に通っていた頃、昼休みに学校の図書室で絶滅動物の図鑑を私はひとりで見ていた。昼休みの図書室は人の気配がなく、集団行動をするのが苦手な私にとって一人で空想に浸れる休憩所のような場所だ。

 図鑑に出てくる生き物が、どんな動きをしていたのかを頭の中でイメージしながら、ずっと眺めていた。カンブリア紀最大の捕食者アノマロカリスのページを開いていると、特別感のあるオーラを出しながら彼女が話しかけてきた。

 佳代はいけ好かない女だ。こんなやつに、振り回されたくない。言葉を交わしたくない。私の聖域に踏み込むな。彼女は愛されるのが当たり前みたいな、小動物的な瞳をしている。ここは無視してやり過ごそう。そんな私の気持ちを知らずに、佳代が話かけてきた。

「カンブリア紀すきなの?」

「別に」

「きみ変わってるね」

 私は直ちに戦闘体勢をとった。屈辱だ。自分の大切にしているものを守るために、戦わねばいけない。胸の奥を炎でジリジリと焦がされている感覚がする。

「...悪い?」

「あたしも好きだよ」

 自分の事をあたしと呼ぶ女の子に初めて出会った。その時、空想上の生き物を見た時のように笑ってしまった。彼女の存在はとてもファンタジーだった。つられて佳代も笑った。きれいにカールした睫毛が揺れている。私はその時初めて彼女の瞳を真っ直ぐと見た。照れくささを感じたが、いい友達になれると確信した。

それから私達は昔からの親友みたいに、絶滅動物について語り合った。

「アノマロカリスって空飛べたのかな」

「ふるさと納税でダイオウグソクムシもらえるみたいだよ」

「教室の水槽で飼おうか」

 カンブリア紀が好きな事を初めて人に話した。私は学校で初めて呼吸をした気がした。

 クラスメイト達は皆、スマホの無料ゲームや芸能人の恋愛の話を楽しそうに話している。くだらない。お前ら全員、さっさとつまらない男に消費されてしまえばいい。皆お互いを牽制しあってありきたりな話題で、盛り上がっているフリをしている。やつら上辺だけだ。私とは話が全然通じない。寄り添えない。全員他所の惑星の住人だ。その事を佳代に話したら軽く笑われた。

「いいじゃん。別にテレビでもゲームの話題だけで盛り上がれるなら」

「そうなんだけど。それじゃ負けた気がする」

「面倒くさいなあ」

「ソシャゲなんか運営がサービス終了したら終わりじゃん。毎日毎日ログインして魔法石集めてさ、ガチャひいて課金して馬鹿みたい」

 理解してもらえなくても私が感じている不満を話したら、だいぶ気持ちが楽になった。佳代はクラスで友人が多く、病気のせいなのか儚げに見える。彼女は何もしなくても愛される。健気に明るく振る舞う姿は、月見草の様に美しい。

 彼女の隣に居ると自分が穢れていると感じ、そのコンプレックスから消えてしまいたいという衝動にかられる。辛い。その事を佳代に告げると「キモい」と一蹴された。 君には敵わない。

 そんな事を考えた自分を恥ずかしいと感じた。佳代は身体が弱い自分を呪っておらず、一瞬一瞬を確かめる様に生きている姿が凛々しかった。どうしてそんなに明るく生きられるのだろう。そんな疑問を彼女にぶつけると、鞄の中から一冊の本を取り出した。

佳代は鞄から一冊の本を取り出した。

超訳ニーチェ。

「えっ誰?」

「偉人。この本によると、苦悩を越えた人間は超人になれるんだって」

「超人て何?」

「人でない存在」

 佳代はニーチェを信仰している。彼女の哲学は理解できないが、とても尊い。私も、ニーチェの本を斜め読みした事があるが、難しい単語が多くて読む気をなくした。ページをめくると気になる単語を見つけた。

虚無主義。ニヒリズム。  

 私のことだ。世界に絶望し流される様に生きているくせに、同じ様なクラスメイトを心の中で軽蔑し見下している。見下すことによって、崩れそうなプライドを支えてきた。お前らとはちがう。私は特別なんだ。 何も作れない。何者にもなれないくせに、他の人間とは違うと言う自意識が肥大していき、 私の中の怪物がどんどんと育っていく。

私は傲慢だ。

 ニーチェの本を佳代に借りてから、私達はお互いを深く理解する為に自分の好きなものを貸しあった。私は闇が深い昭和文学の私小説を何冊か佳代に貸した。「暗い」と笑われた。

「太宰どうだった?」

「死にたくなるね」

「太宰の書く人間て可笑しくね」

「...そうかな」

 私たちは、まったく趣味があわない。佳代は笑うことが好きだ。少年ジャンプのギャグ漫画。年末特番のダウンタウンの笑ってはいけないシリーズ。日曜日の笑点。佳代は病気のせいで家に居る事が多い。お笑いは気分を高揚させ、精神を健やかにしてくれると教えてくれた。それに薬と違い依存性がなくコストパフォーマンスがかからない。

 彼女はカラフルな錠剤をキティちゃんの ケースに常備している。その錠剤を見た時に 私は無神経にも「綺麗」と言ってしまった。

 佳代は怒るでもなく私の命のお薬と言い、飴を食べる様に錠剤を口の中に何粒も放り込んだ。彼女は色とりどりの錠剤を気に入っていた。

「薬飲むの嫌じゃない?」

「そんな事ないよ。薬が溶けて、じわじわと効いていく感じがたまらないの」

「なにそれ、全然分かんない」

佳代は傷ついた顔をしていた。

「この感覚はあたしの宝物だよ」

「ごめん」

 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。この世から消えてしまいたい。私の表情を察した佳代が、やさしく抱きしめてくれた。

「そんな顔しないの」

「きみに嫌われたら生きていけない、見捨てないで」

「おおげさだな」

「大好きだよ」

私はバカみたいに泣いていた。 佳代の言葉は、心底夢中にさせてくれる。

 彼女を理解できない自分が悔しかったし、許せなかった。どうして私も病弱ではないのか。佳代からは、いい匂いのシャンプーの香りがした。色素の薄いサラサラとした髪がゆれている。

 みんな彼女を無視することはできない。クラスで絶対的な影響力を持ち、皆に愛され先生にも模範の生徒だと賞賛される。そんな君になりたかった。

いつもの様に図書室に向かうと、そこに佳代の姿はなかった。

 普段なら陽の当たらない隅の席で、 日焼けを気にしてか黙々と本を読んでいる。その姿は私をいつも和ませた。彼女の居ない図書室は主を失った城の様にしずかに沈黙していた。

心がざわつく。私は彼女の身に何かあったのではないかと思い、 すぐに電話した。電話越しの佳代は驚くほどに明るかった。

「どうしたの?」

「電車乗ろうとしたら汗が止まらなくなって、心臓の音が早くなって駅で降りちゃった」

「大丈夫?」

「…しばらく休むかも」

「死んじゃったかと思った」

「殺すな。秋とか最悪、気圧の変化とか台風の日は、頭痛くて死にそう」

「大変だね」

「ロキソニン欲しかったら上げるね。沢山あるよ」

「うん」

 ネットで気圧、頭痛、生きづらいと検索してみた。すると頭痛がひどくて日常生活に不調をきたす人の日記が上位にヒットした。

 今日の東京の空、PM2.5濃度が高めで青空が霞んでいる。一時的に注意喚起レベルの数値を超えた。

 昼の気圧は1020ヘクトパスカルから、 夕方になると1015まで急激に下降した。 耳はマラソンを全力完走した後のようにずっと痛い。頭が割れそうだ。自動販売機でコカコーラを買って、常備していたバファリンを流し込んだ。世界がぼんやりと見える。このままもう、何も見たくない。

「ねえ何で生きてるだけなのに、こんなに疲れるの」

 日記を少し読んでみると、禍々しい毒気に当てられてしまった。辛い。私は佳代の具合が回復することを切に願った。どうか、よくなりますように。

-2-

 佳代が学校に来なくなってから、私は本当に独りぼっちになった。学校で話相手の居ない私は、笑い方を忘れてしまった。過度の緊張で、顔の表情がピクピクする。手汗が止まらない。

 ご飯を食べる箸が何も進まない。お母さんの作ったお弁当には、特売で買った冷凍食品がたっぷりと詰まっていた。 何も食べたくない。今日はバナナ一本だけで十分だ。

私はお弁当の中身を、誰にも見つからない様にこっそりと捨てた。野良犬でもいたらいいのに、辺りを見渡しても猫の子一匹といない。これでは生態系に良くない。資源の無駄使いだ。私は要らぬ罪悪感を抱えてしまった。最悪だ。

 それから、移動教室に行くのも帰るのも全て独りでこなした。周囲の会話がノイズに聞こえる。私の体からは孤独の匂いが醸し出ている。そんな、独りぼっちの私を見て嘲笑う声が聞こえる。マジで心が削られる。悔しさのあまり、歯を噛み締めたせいで、口の中が切れて血の味がする。私はこの味を一生忘れない。

今に見ていろ。

 クラスで友人が沢山いて、明るい子はデカイ声で話す権利を持っているかの様だ。それに引き換え私の様におとなしくて、地味な子は目立たない様に遠慮し小声で生きている。

 何も持ってない子が大声で喋ったら、あいつらは正義を振りかざし集団で攻撃してくる。 マイノリティは潰されるのだ。教室内ではそんな暗黙のルールが出来ている。

 むかし、テレビでシン・ゴジラの映画をみた。ゴジラは日本に上陸しただけなのに、集団でボコボコにされて可愛そうだった。彼は上陸する場所を間違えたのだ。誰もいない無人島に上陸したならよかったのに、私も同じだ。此処にも、居場所なんてなかった。

 見えない重りが、肩の辺りにずっと乗っているようだ。 悪意に満ちた周波数を受信して反吐が出そう。教室の空気が濁ってく。十代特有の焦燥感が集まって、身動きがとれない。窒息しそうな毎日だ。お前ら全員大嫌い。
この日から私は鬱になった。

 病気になってから、食欲はなくなり体重は減った。ご飯を食べても全く味がしない。美味しくない。口が縦に空かない。ストレスから顎関節症になった。顎がカクカクと鳴る。着替えるのもお風呂に入るのも全てがめんどくさい。インフルエンザを発症したかのように、毎日身体がだるい。

 日曜日の夜がとても憂鬱で、ストレスから眼が冴えて全然眠れないまま朝になる。電車に乗ると原因不明の発熱や眩暈がしてすぐに電車を降りた。具合が悪くて学校にまで行くことができない。

 その後に内科で検診を受けても、異常は見つからず原因が分からなかった。一週間ほど家から出ずに、ふとんの中でうめきながら死人のように過ごした。

「私は悪くない」
「私は悪くない」
「私は悪くない」

 この言葉が頭の中で何回もリフレインした。そんな私を見たお母さんに、何でもいいからせめて卒業だけはして欲しいと泣きつかれた。私の鬱が原因で、普段なら夫婦仲の良いお父さんとお母さんが喧嘩をしている。

 もういやだ。誰にも相談できない。命の電話にでもかけてみようか。私には家にも学校にも居場所がない。このままでは死を待つばかりだと思い、ネットで調べてメンタルクリニックにたどり着いた。

 休日だというのに、クリニックの待合室には色んな人が居た。サラリーマン風の人、綺麗な人や普通な人。私が行った時には独り言をぶつぶつ言う様な異常な人は居なかった。

 帽子を深く被り、 マスクをつけ待合室で名前を呼ばれるのを粛々と待ち、周囲に知っている人が居ないかと心配になった。もしメンタルクリニックに通っている事がバレたら学校で馬鹿にされてしまう。

 弱者は常に攻撃の対象にされる。私はその事を嫌になるくらい知っている。小学生の頃、授業中にゲロを吐いた男の子がいた。次の日からその子はずっと陰口を言われ続け、とうとう名前で呼ばれなくなった。しばらくすると透明人間扱いされ、学校に来なくなった。子供の世界は残酷だ。

 みな弱い者には容赦ない。誰も生贄になんてなりたくない。些細なきっかけで、ある日教室は生き地獄となる。みんな、それぞれの地獄を乗り越えて強くなった。強くなんてなりたくなかった。弱くても人を思いやれる人間の方がすてきだ。でも現実では、強くならきゃ教室で生き残れなかった。私達は日本生まれの地獄育ち。性格がこじらせてるやつらは、同じ地獄出身なのだ。

 私の順番が来たので診察所でお医者さんにありのままを訴えると、鬱病の初期症状と診断された。病名でカテゴライズされると安心する。見えない不安がようやく実体化したみたいだ。これなら闘いようがある。診断書を事務的に作成され処方薬をもらいに提携の薬局へ向かった。そこで薬剤師のおじさんから薬の説明を受けた。

「この抗鬱剤は、都内のクリニックで一番飲まれている軽めのだから安心してね」
と薬剤師のおじさんは優しい口調で教えてくれた。

 都会には心が病んでいる人が沢山いるのだ。毎日、朝早くから満員電車に押し込まれて疲れた顔をして優先席に座る大人を見ると、病まない方が異常だ。

 鬱病はそんなに珍しいものではない事がわかると、心が軽くなった。よくあること。

薬剤師のおじさんはアメリカでは、心が不調だと思ったらすぐにメンタルクリニックに行くんだよと教えてくれた。こんな事ならもっと早くに、クリニックに行けば良かったと後悔した。家で寝込んでいた、あの不毛な時間は何だったのだろう。

 家に帰りドラクエの攻撃魔法のような禍々しい名前の薬を、一粒飲むとその日は何事もなかったかの様にぐっすりと眠れた。

 薬の効果は絶大だった。あんなにも眠れなかったのに、一粒飲んだだけで快眠できた。 嘘みたいだ。食欲も戻ってきた、なんでもいいから甘い匂いのする果物が食べたい。 桃がいい。栄養価もたかそうだ。

 家族全員が寝静まってから台所に行くと、テーブルの上に一本のバナナがあった。 夜は果物の香りがつよくなる。その芳醇な香りに吸い込まれ、花の蜜に吸い寄せられた昆虫のようにバナナを貪った。

 私は食べ終えたバナナの皮に手を伸ばし、ゆっくりと爪をたてた。すると、きいろい汁が染み出して、指で撫で回すと甘くべたついていた。

-3-

 佳代の居ない淋しさから、私は本の世界へ没頭していった。活字を目で追っている間は、嫌なことを忘れられた。想像力の翼を使えばここではない何処かへと行けた。

 小説は私にとっての薬だ。崇高な作品のページの隙間からは、悲鳴が聞こえる。その声はとても心地がよく、マイノリティであることに悩む主人公が、足掻きながらも生きる姿にいつも勇気をもらっていた。私はいつも小説の中で希望を探している。

 あれから、学校は病気で一週間ほど休んだ。私は死刑台にこれから昇る様な気持ちで、教室のドアを開けた。久しぶりに登校してみると、教室の空気がいつもと違う。軽い。何故かふわふ わとしている。そして謎の人だかりができて いる。その中心に居るのはスーパーリア充の鈴木奈津美だ。

 彼女は選抜クラスの四組のくせに、他所のクラスまでよく遊びに来ている。私のいる三組は、就職も進学もできるクラスだ。

 選抜クラスは上の大学を目指す競争社会の申し子のような生徒が多く、エリート意識が高い。そのため普通科の生徒からは、あまり評判がよくない。選抜科と普通科の間には見えない国境が存在している。

 この選抜科が一軍なら、普通科は二軍だ。二軍の中でもブサイクな者、友人のいないもの、勉強のできない者は三軍となる。同じ学年で格差が見える形でつけられる。廊下で選抜クラスの生徒とすれ違う度に劣等感を感じる。

 奈津美は勉強ができる事を鼻にかけず、穏やかで誰とでも話せる。すらっと伸びた脚に、パッチリとした二重瞼。緻密な黒目がちな瞳。年上の大学生の彼氏。銀色の高そうなアクセサリを見せびらかす様に首に着けている。まさに女の子の憧れを具象化したようなモンスターだ。

 彼女が教室にいると空間が明るくなる。教室では奈津美が原宿の路上で、 テレビ局のインタビューを受けた話で持ちきりだった。

「今週のMステにちょっと映るかも」

 取り巻き達は鈴木奈津美の話に、おおげさにうなづいている。みんな身近のキラキラした人に吸い寄せられる、蛍光灯に群がる蛾みたいだ。くだらない。一箇所にあつめて殺虫剤をかけてやりたい。

 彼女の父親は海外で働いている為、奈津美は日本で未発売のブランド品を持っている。クラスメイト達はいつも、奈津美を眩しそうに見つめる。私はその眼差しが気に入らない。 心底軽蔑する。 しゃらくせえ。奈津美に見えないようにして中指を立て、無心で本を読んで逃避した。

 こんな場所さっさと卒業したい。彼女は何でも持ってるから苦手だ。なにもしなくても愛される。私はそれが許せない。

 本を読んでいる間は見えないバリアに守られている自分を、一生懸命にイメージしてやり過ごした。私の心はどこかに牢獄に囚われている。

 本に夢中になり過ぎ、佳代からの LINE の返事を忘れてしまい怒られた。

「またミステリー読んでたんでしょ」

すぐに同意のスタンプを送信した。

 ミステリー小説は謎を追いかけていくと自然にページがめくられ、謎解きと答え合わせのバランスのとれた話は私を安心させてくれる。小説を何度も読むうちに私にある欲望が生まれた。

「こんな物語を書いてみたい」

 このとっぴで素晴らしい思いつきを一刻も早く誰かと共有したくて、私は佳代の家へ向かった。

 彼女の家は新築マンションの最上階にある。父親は放送業界の人らしく、インテリアも華やかでテレビのセットの様に生活感がない。

 佳代は家の中では花や苺柄のデザイナーブランドのパジャマを着ている。本人曰く、身体の締め付けがなく楽だと話していた。

「あのさ…」

「なに。好きな人でも出来た?」

佳代の瞳が煌々と輝いた。

「小説家になりたい」

「ウケる」

 私のやりたい事が決まったお祝いに、コンビニでお菓子を買いに行こうと佳代が言い出した。佳代はマスクをつけ、パジャマの上に黒のレザージャケットを羽織った、その姿は海外セレブの様だった。

「偽パリスみたい」

 佳代は百円ショップで買った派手なピンク色のサングラスをつけ、私を笑わせた。

「それで出るの?」

「家の中だけ。ちょっと待って」

佳代は洗面台に行き、高そうなブラシを持ってきた。

「髪やってあげる」

 佳代はブラシで私の髪を梳かしだした。体温の上昇を感じる。私のドキドキが伝わったらどうしよう。恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

 部屋の中は時計の音と空気清浄機の音しか聞こえない。気まずい。佳代の集中力が伝わってくる。近所で不発弾でも見つかってこのモヤモヤを吹き飛ばして欲しい。

「おしまい」

 拷問のようなブラッシングが終わった。佳代は作品を完成させた様な満足げな顔をしている。彼女のプレイに付き合って私はひどく消耗してしまった。まるで犬のようだ。犬は偉い。彼らは飼い主に玩具の様に扱われても、何事もなかったかの様に尻尾を振りながら無邪気に近づいてくる。私には出来ない。

 機嫌の良くなった佳代はハネムーンに出かけるように私の手を掴み、ふたりでコンビニへ出かけることにした。

 コンビニに着き、二人の大好物なキャラメルコーティング・ポップーンをカゴに放り込んだ。

 新商品の棚を見ると新しい味のポテトチップスを見つけた。醤油味ベースの蟹のエキスが入った新商品の値段は、普通のポテトチップスと比べると割高で五十円ほど高い。二人ですぐに消えそうだねとか、無くなる前に一回位買ってみようかと話した。

 コンビニの新商品の棚は、猛スピードで変わっていく。試してみたいと思った時には無くなってしまう。だから、すぐに消えてしまう新商品には敬意と感謝の念を込めている。いつも話題を提供してくれてありがとう。

 ミスドや、スタバまで行かなくてもそれなりの味のものが買えるコンビニにノーベル平和賞を贈りたい。

「飲み物どうする?」

「コーヒーブラック」

「よく飲めるね」

「あまい物たべると苦いの、欲しくならない?」

「…そうかな」

 私はコンビニで、コーヒーが出来上がるのを見るのが好きだ。空の紙コップを置きボタンを押すと、透明の容器に詰め込まれた、小さなコーヒー豆が私の為だけに、ワシャワシャと音をたて働いている様で微笑ましい気持ちになる。なんか可愛い。

「外で食べたいね」

「公園いく?」

 佳代と私はコンビニの近くにある公園へ向かった。この公園は春になると、桜が満開になり都内でも有数の花見スポットとなる。

 公園のすぐ近くにはドブ川が流れて、陽の光を反射して光っている。こんもりとした腐葉土を歩くと、赤茶色の落ち葉がスニーカーの間に入りそうになった。地面が柔らかい。このままどこまでも沈んでいきそうだ。

 私達は、川が見渡せる木製のベンチに私達は座った。ベンチに座り空を見上げると銀杏の葉が太陽の光を浴び、空の半分が黄金色に輝いている。

 近くの広場から子供だけでサッカーの練習をしている声が聞こえた。家族連れは美味しそうな 物を食べている。親子で仲良くキャッチボールをしている。日光浴をしているおじさんは、 眠たそうに何処をじっと見つめている。散歩 中の柴犬は嬉しそうに走っている。此処には休日の全てがあった。

 風が吹き佳代の長い睫毛が、空にむかって浮き立っていた。 私はその姿に、ずっと見惚れていた。

お茶を飲み終えると、佳代は静かにイチョウの葉っぱを拾っていた。

「なにしてるの?」

「キレイだから、バーバリウムにしようかな」

 バーバリウムとは植物の標本だ。花やドライフルーツをガラス製の瓶に入れ、専用のオイルを注ぐと完成する。前に花屋さんでバラのバーバリウムの小瓶を見たことがある。美しい花は死骸でも需要があるのかと関心した。バラの花は、死ぬ前と変わらない真紅の輝きを怪しげに放っていた。

銀杏の葉っぱを摘み終えると、付き合って欲しい所があると言われ黙って佳代について行くと、そこは駅前の携帯ショップだった。

 毎年この時期になると「あのスマホ」と言う名目で新しいアイフォンが発売される。説明書を見なくても使えるアイフォンは、私達をデジタルジャンキーにさせた。音楽定額、映画定額、漫画定額。食べ物以外は全てネットで大丈夫だ。

 自己顕示欲や承認欲求を満たしたい時は、アプリで盛った自撮りをネットに上げれば、知らない誰かが「いいね」してくれる。

 アマゾンや楽天で欲しいものを頼めばすぐに届けてくれるが、見えない大きな力でコントロールされている様だ。ライフラインを支配されている。明日からYouTubeが有料になったらどうしよう。明日、ネットが止まったらどうしよう。困る。それこそ世界の終わりだ。

「機種変するの?」

「一番新しいの」

「ホームボタンないやつ?」

「顔認証できるやつ」

「急にどうしたの?」

「最新のポートレートモードすごいじゃん」

  ショップの受付で機種変の手続を終えたばかりのアイフォンにアプリをインストールし、 佳代はカメラを自撮りモードにした。

「ストーリーで撮るよ」

「それって、すぐに消えちゃうやつ?」

「そうだよ」

「あれよく分かんないだけど。消えちゃうなら意味なくない?」

「雪はさいつか溶けるけど、世界が真っ白に染まったのは忘れないでしょ」

「...」

「いつか消えちゃうものて良くない?十二時鐘が鳴ったらとける魔法。軽やかに舞い降りる桜。煌く一瞬の流星群。あたしね、今まで見た景色全部覚えてる。無くなるものを覚えてたい」

「エモい」

「なんでもない日おめでとう」

 佳代は不思議の国のアリスに出てくる兎のように賢く、素早くて永遠に捕らえることができない。私はアリスになったような気持ちで、この世界から脱出する出口を探している。

私達の追いかけっこは、これからも続くのだ。

「今日はゆきちゃんに機種変付き合ってもらったよ」
私の表情は能面のようだ。
「笑って」
それに気づき佳代は慌てて撮影の手を止めた。

「誰にも見せないでよ」

「二十四時間で消えるから大丈夫」

 動画を再生すると、ブサイクな表情の私の映像が流れた。 佳代の馬鹿笑いが止まらない。さっそく二人で撮った写真を待受にした。私のアイフォンは勲章の様に輝きを放っている。

「わん」

 携帯ショップを出ると、大型の愛くるしいゴールデンレトリバーに吠えられた。佳代は犬の頭を優しく撫でた。犬も喜んでいる様にみえる。犬嫌いな私は彼女の後ろに隠れ遠巻きに見ている。

「よしよし。ゆきちゃんも触んないの?」

「…犬苦手」

「どうして?」

「私、性格悪いんで。動物とか小さい子も苦手」

「えーこんなに可愛いのに」

「ゴールデンレトリバーの人間だいすき。人間も僕達の事だいすきだよね?愛してるよって感じで迫ってくるのが嫌だ」

 犬は犬好きの人間が分かる。私には媚すら売らない。畜生のふりして、あいつら賢い。私は、本能で生きている様な赤ん坊や動物が苦手だ。あいつら声をあげて泣けば助けてくれると思っている。 冗談じゃない。泣いて助けてくれる位の世の中だったら、いくらでも涙を流す。私が学校で孤独に耐えていても誰も助けてくれなかった。だから、絶対に泣かない。

 私達と別れる時、犬は尻尾を振りながら佳代をずっと見つめていた。佳代も犬の姿が見えなくなるまで手を振り、微笑んでいる。羨ましい。 私もあんな風に思い切り褒められ、頭をわしゃわしゃと撫でられたい。肯定されたい。認められたい。その為にはまず小説を書かなければ。 人気者の佳代の隣に相応しい、才能ある人間にならなければいけない。私だけの世界をつくろう。

「わんこ可愛かったね」

 駅に向かう途中のスクールゾーンに入ると、建築中のビルの前に騒音と振動を数値で 検知するセンサーがあった。このセンサーは大きい音を検知すると高い数値となる。

「わぁーーー」

 佳代が突然叫び出した。数値は変動しない。彼女はちいさく、ジャンプをして振動を検知させようとしていた。私も仕方なく一緒に飛んだ。二人で馬鹿みたいに何度も飛んだ。

「椎名林檎になりたい」
「一兆円ほしい」

騒音四十九。振動四十七。騒音四十七。振動四十六。

 私たちの叫びは機械の前では、まったく無力で何も変えることができなかった。心地よい汗をかきながら駅に着いた。別れ際に「またね」を私たちは何度も繰り返す。

 次も会える事を確かめる様に目を合わせた。佳代の顔はとても青白く、うつくしい顔をしていた。

 彼女と離れる時の足どりは、朝登校するように重たい。佳代に出会う前の私はどこへ消えたのか。私は一人で生きられない位に弱くなってしまった。はずかしい。君がいないと心底困る。そんな私の思いを馬鹿にするかの様に、今日も空は青く高く澄んでいる。爽やかに晴れ渡った秋の空、明日から何かがはじまりそうだ。

どうか、あの大空のように青く才能豊かになれますように。

-4-

 今日から小説を書きはじめた。何を書けばいいか分からずとりあえず、百円ショップに行き四百字詰め原稿用紙を五十枚買ってきた。机の上に原稿用紙を広げ、コーヒーを置くと小説家になった様な気持ちになる。机のレイアウトを決めただけなのに、ひと仕事終えた充実を味わえた。

 将来作家になったら、駅に向かって猛ダッシュする人を脇目に朝のデニーズでMacBookを広げ優雅に執筆するのだ。 印税生活で家から一歩も出ずに、嫌な人達とは一切顔を合わさずに暮らす。なんて素晴らしい日々だろう。

妄想は加速する。

 しかし、原稿の執筆は全然進まず、小説の書き方もわからない。

痩せ細った私の手で書かれたそれは、とうてい物語とは呼べるものではなかった。対立や葛藤もなければ、ストーリーもまったく進展しない。これではただの日記だ。私は心底自分の才能の無さに驚いた。そして、真っ白な原稿用紙を見ると眠気が襲ってくる。

 私は佳代に助けを求める LINEを送った。なにもかけない。すぐに彼女から変顔の写真が連投で送られてきた。慰めてくれるのだろうか?眼は白目だ。 私は言葉を失い無になったが、徐々に笑いが込み上げてきた。苦しい、すると佳代から電話がきた。

「ウケた?」

「...何も書けないよ。どうしよう」

「ちょっと落ちつきな」

「うん」

何やら、電話の向こうで何かを探している音が聞こえる。

「お父さんの友達がシナリオのワークショップやるみたいだよ」

「いつ?」

「毎週土曜」

「本当。佳代も一緒に行こうよ」

「…あたしはいい」

「何で。一緒に行こうよ。絶対楽しいって」

「あたしがいても何もしてあげられないよ」

「そんな事ない」

「頼りにしてくれるの嬉しいけど無理...頑張って」

 電話を切ると、ワークショップの詳細の内容が送られてきた。初心者でも書ける脚本講座とある。物語の書き方例が書いてある。

**「物語とは◯◯が△△になり□□になる」 **

何のことだろう。思考回路は停止した。

 解説を読むと「◯◯とは登場人物、△△とは出来事や事件、□□は何かになる」とある。まるで国語のテストみたいだ。

 作例を読むと、「負け続けのボクサーが恋をしてチャンピオンになる」とあった。なんだ簡単だ。私にもできそうだ。辞書をめくりながら面白そうな単語をいくつかメモし、公式に当てはめると変なものができた。

 「勉強のできなかった私がある日、型破りな予備校教師と出会い、東大に行く」話しを書いた。うーん、胡散臭い。自己啓発書のタイトルみたいだ。いまいち。ある日ってなんだ。進研ゼミじゃあるまいし。

 学生の家に勝手に送られくる進研ゼミの漫画は恋人なし、勉強できない。部活ではレギュラーとれない。 駄目駄目な主人公が、進研ゼミをやると人生が 逆転し全てが万事快調になる。そんな進研ゼミをやったくらいで人生変わるなら、みんな幸せだ。 しかし、現実はそうもいかない。

 煮詰まって、頭を掻きむしりテレビをつけると昔ヤンキーだった青年が医大を目指すドキュメンタリー番組がやっていた。

 彼は、受験当日に自信がなくなり失踪する事件を起こしたが、予備日にテストを受け無事合格した。なんとなく、書いたメモを読み返した。出てくる登場人物、主人公。後輩。家族。予備校教師。

 主人公である元ヤンキーは、代々医療の仕事に就いてる家族のために医大受験を目指し、毎日後輩と煙草を吸いながらバカ話をし予備校教師の熱心な指導を受け勉強している。登場人物はだいだい四人くらいだったが、みんな役割がはっきりしていた。

  頭を使い過ぎ、頭痛がしたので糖分補給をしにコンビニへ向かった。クラクラする。徹夜で勉強した時は皆、エナジードリンクを飲んでいたが、私にはあわない。すぐにお腹が痛くなるし、それにカフェインが強すぎる。

 海外ではエナジードリンクの飲み過ぎで死者がでた。あれは人間の飲むものではない。惰性で見ていたテレビ番組では、脳の疲労にはアミノ酸がいいと脳化科学の学者が言っていた。牛乳。豆乳。黒酢など。どれも身体によさそうだが決定打に欠ける。牛乳は味がしないし、黒酢はすっぱい。消去法で豆乳にし、 どろりとした味のない豆乳を飲んだ。

 これは、脳にはよさそうだが心が全然満たさない。ついでに、小さめのチョコレートを買った。口の中に一粒放り込むと、甘みが広がり多幸感でいっぱいになる。ずっとこうして浸っていたい。甘くてもう一つほしくなる。自然と手がのびる。きづくとチョコレートはなくなっていた。 

 遠くから、夕方の五時のチャイムの音が聞こえる。無人の公園。置き忘れた玩具が砂場に埋まっていた。空は、インディゴブルーと橙色の絵の具を混ぜたような色になっている。

 すべてが癪に障る。そして、いつもの絶望ごっこをする。小説何か本当に書けるの?才能なんてない癖に。佳代に依存して、この街で何者にもなれずに就職して生きればいいよ。そのほうが楽だよ。だって君は普通なんだから。そうだ。私なんてこのまま、消えてなくなってしまえばいい。

心が真っ黒に染まっていく。自己嫌悪の大きなマントに包まれ幻聴が聞こえる。声がどんどん大きくなる。

怖くなり近くの電信柱の前でうずくまった。とにかく走らなければと思い、光の指す方へ向かった。

 明るい所を目指し走ると、黄色い自動販売機の前に辿り着いた。それは、周囲の景色と全く調和していない。独特の色彩を放っていた。

価格破壊の一本八十円のコーヒーやコンビニで見たことの無いような、ダサいフォントやありえない配色の安いキャッチコピーの缶が並んでいた。こんなジュース一体どこで売っているのか?何処となく違法な匂いがする。おかしい。不思議と笑いが込み上げてきた。

 走って喉が乾いていたので、温かい百円のほうじ茶を買った。オレンジ色のペットボトルの蓋を開け一息つく。パッケージは安っぽいが、味はちゃんとしていた。ほうじ茶の温もりで心が安定してきた。温かいってこんなにも幸せだったんだ。

 私は自動販売機のラインナップを撮り、佳代に送った。しばらくすると、彼女のお気に入りのくまのスタンプが送られてきた。

スマホの万歩計のアプリを見ると本日の歩数が五キロと表示された。万歩計の歩数が十キロになったら、今夜はよく眠れる。黒いマントも居なくなると自己暗示をかけた。私は見えない何か取り憑かれた様に歩きだした。

 どんどん辺りが薄暗くなってきた。iPhoneの灯りを頼りに歩いていると、いつもの図書館にたどり着いた。夜中の七時を過ぎてもお客さんは多い。図書館にいると世界から隔離されたような錯覚がする。

 立ちながら新聞を読んでるお爺さん。目を一 切合わさない受付嬢。のっぺりとした旧式のパソコンでインターネットをしているおじさん。誰も他人に興味も関心も持たない。マウントをとる同級生もいない。競争も外敵も存在しない。そんな閉ざされた空間に入ると安心する。

 しかし、一人は楽ちんでストレスゼロだが、 喜びも悲しみもない。感情が一切動かない。 まるで、モノクロの世界にいるみたいだ。みなどこかの戦場から逃げてきたかの様に、疲れた顔をしている。 

図書館は人類最後の、避難場所なのだ。

 文芸コーナーに行き、小説のマニュアル本を立ち読みする。長いだけで全然参考にならない。すぐに本棚に戻し、別の本を読んだが、どれもピンとこない。三行くらいで要約して欲しい。

 苛立ちを抑える為に、ポケットからオレンジのグミを取り出し噛み砕いた。柑橘系の匂いが口の中に広がり少し落ち着いた。気分転換に漫画でも読もうと思い本棚を物色すると、そこで鈴木奈津美に遭遇した。

 彼女は岡崎京子の漫画「ヘルタースケルター」を熱心に読んでいた。私と趣味が合いそうだ。もしかしたら友達になれるかもしれ ない。私はテレパシーを送った。

「コッチニキヅイテ」

 しかし、彼女は私のテレパシーを無視して漫画を読み続けた。残念だ。奈津美の長く伸びた爪には、マニキュアが控えめに塗られていてとても大人びて見えた。私と同級生には思えない。 スーパーリア充の鈴木奈津美は岡崎京子が好き。その事実は、私をとても愉快な気持ちにさせた。

 漫画の棚の隣を見ると、色んな漫画家のインタビュー本があった。タイトル「マンガの道」私はなぜマンガ家になったのか。ストーリーの作りかたが載っている思い、ドキドキしながらページをめくった。

 マンガ家になるきっかけやルーツや哲学。 作家によって個性があり、とても読み応えが あり夢中で読んだ。毒々しい作品を書く作家 は穏やかな顔をしている。私のこころに触れた作家は内田春菊だ。

「物を書く仕事は言えないことが溜まって、作品になっていく」とインタビューで答えていた。

 その瞬間みえないバットで殴られたみたいに、私は打ちのめされた。欲しかった答えが手に入ると人は止まる。今までに口に出すのが、恥ずかしくて言えなかった言葉が沢山あった。

それは滅びの呪文のように、口にしたら終わってしまう。言いたいこと言えたらいいのに。でも、そんなこと言ったら、学校で生きるのが辛くになってしまう。みんなから嫌われてしまう。

 その度に私は奥歯を噛み殺し、血を吐くような思いで言葉を咀嚼して生きるために沈黙した。眠る前に神様に何度もお祈りした。どうか私の心が毎日穏やかでありますように。傷つきませんように。明日も笑えますように。誰にも馬鹿にされませんように。飲み込んだ言葉の数々を吐き出さなれば、私はいつか破裂してしまう。

あのとき言えなかった言葉をかき集めて、供養して成仏させよう。その言葉は希望の形をしていた。

 図書館を出ると冷たい北風が吹いてた。追い風だ。このまま上昇気流にのって何処までも昇ろう。私のマイナスな性格は、物書きに向いている。ラッキーだと思った。

-5-

 いつも通っているパルコの中にある本屋に行くと、見知らぬ小説家のイベント開催の告知の張り紙があった。

 パルコの本屋さんは海外のファッション誌やマニアックな選書が多く、此処に行くだけで慰められた。高感度なバイヤーのセンスにいつも関心した。ここで、対象の本を買うとサインとトークショーに参加できるらしい。私は生の小説家の声が聞きたくて迷わずに買った。

 本屋のレジに持って行くとイベントの参加券をもらった。どんな質問をしようかと考えながら毎日を過ごしていたら、運命の日はすぐにやって来た。

 トークショーは日曜日の午後一時からはじまる。開催時間の一時間前くらいに行くとすでに列が出来ており、三十人ほどのスペースの席には十人ほど並んでいた。列に並んでいる人間が皆、小説家志望に見えた。私は参加券を用意し店で購入した、本を読みながら待った。

 時間になると小説家が現れた。名前を津田正義と言った。五十代の男性で黒い帽子を深く被っており、色の付いた眼鏡をかけていた。

津田の作風は家族が崩壊ぎりぎりの所で踏みとどまり、元に戻っていく作品が多く、文学賞を受賞した作品もあった。破天荒な作風から乱暴な人間だと思っていたが、本人は穏やかなおじさんだった。

 彼は執筆の合間に銭湯によく行くと話していた。毎日決まった時間に起きて、集中して書いている為、肩こりが辛い。それに加えて眼も疲れ肩が上がらないと周囲を笑わせた。

 津田は銭湯について熱く語った。肩こりが酷くなると銭湯に行き、長風呂に浸かるそうだ。何も調べずに、予備知識もなしに知らない街にぶらりと旅立つ。彼はそこで煙突を探して歩く。

 そして銭湯で地元の人々と、会話を交わす。地元の人しか行かない定食屋や居酒屋の情報をタクシーの運転手から上手い具合に聞き出し、その店に一人で行くのがリラックスの秘訣だそうだ。地元の人しか行かない様な汚くて騒がしい、旨い店に当たると上機嫌になり、再び執筆に戻る生活を繰り返していると話していた。

 作家の日常はおかしい。トークの時間が終わりに近づき質疑応答の時間となったが誰も手を上げない。私は恐る恐る手を上げた。

「…質問があります。小説家になるにはどうしたらいいですか?」

「毎日小説を書く位かな。毎日書いてればいつかは完成する。逆に君に聞こう。小説家になる為に何かしている?」

  私は貝のように黙ってしまった。何も答えられない。私の異変を察知した津田が機転を利かせてくれた。

「いじわるな事、聞いちゃったかな。ごめん。僕が大学の頃は、好きな小説をよく書き写していたよ。その頃は星新一が好きでね。短編小説のぼっこちゃんての暗記する位読んでたよ。少しは参考になったかな?」

「ありがとうございました」

「まずは、好きなものを自在に書ける様になる為に、作品を沢山模写して徹底的に分析した方がいいよ。ベストセラーとか好きな小説とかね。僕の本でもいいよ。小説の構造を理解した上で、自分でも書いてみる。その方が絶対にいいと思う」

 そして、彼は優しく笑った。くっきりと浮き出た笑い皺が、津田の優しそうな人柄を現していた。恥ずかしい。何も答えらなかった自分がとても嫌になった。しかも、初対面の津田にも要らぬエネルギーを使わせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいとなった。やはり大人は偉い。

 私も将来作家になりトークショーを行えるような人間になれたら、今日の津田のように気の使える人になりたい。相手が子供でも、夢を壊さぬように真摯に対応したい。 その日、津田を私の師匠と決めた。

 質疑応答後にサイン会は淡々と行われた。気がつくと私は、くしゃくしゃのメモの裏に自分のアドレスを書き「連絡ください」と文章を添えて津田に手渡していた。なぜあんな事をしたのだろう。

私はその後に頭が真っ白になり、その日はどうやって家に帰ったのかを覚えていない。

 サイン会の後は悶々として過ごしたが、自作の小説をネットに発表する事を決めた。津田のアドバイス通りに好きな小説を書き写す作業もした。とても退屈だった。退屈をこなすにも才能がいる。

 最初は長編小説の連載を考えたが、普段スマホばかりで文章を読まない人にも、私の書いた小説を読んで欲しいと思ったので、画面をスクロールせずに読み終える事のできるショート作品を考えた。

 今の感性でしか作れない。新しい文学を書くのだ。しかし、意気込んだ所で何もアイディアが浮かんでこない。パソコンの前に座ったが何も書けない。悩んでいる時は静寂の音がはっきりと聞こえる。普段なら気にならない蛍光灯の音が、ジジジと聞こえる。狂いそうだ。

 私はなんで作家になりたいんだろうか?自問自答してみる。コミュニケーションが下手で、社会で働いている自分をイメージできない。作家になれば性格が破綻していても許される。才能があれば存在を認められる。透明にされない。鈴木奈津美のように、皆からちやほやされる。

 私の顔は一重で眼も細い。容姿も人より劣っている。私がもしカワイイ顔をしていたら、インスタに自撮りを載せるし動画配信もする。世の中から消費されたい。恋人だって欲しい。そして、世界中の「いいね」をかき集める。

 運動も勉強もできない。何もとりえがない。そんな教室の隅に追いやられるような人間は、本を読んで人と違う知識を蓄えるしかなかった。そんなの無力だ。表舞台に立てずに、観察者としてずっと生きてきた。自分を卑下にするのはもう止めにした。

これからは、世界VS私の闘いを決行する。

 クラスの中心に行きたい。何でもいいから勝ちたい。この小説が完成したら全てがきっと上手くいく。そして、世界はようやく私のものになる。

 皆が私の事を愛して大切にしてくれる。 執筆中は作家になり、名誉ある賞を受賞している自分を想像した。私おめでとう。 努力が報われて本当に良かったね。 そうすると、どんなに辛くても暖かい気持ちになれた。

マグマの様に次々と湧き出てくるコンプレックスを活力にして、自分を奮いたたせ机にただ座り続けた。

朝起きると、津田からのメールが来ていた。

 私は返事がもらえると思わなかったので、動揺した。スマホを見ると簡潔な文で「津田です」と書いてあった。私は津田からのメールをすぐに返信した。「ありがとうございます。連絡うれしいです」私は素直に感謝の気持ちを述べた。

 彼は現在新作の執筆をして忙しいが、私の作品を読んでくれると返事をくれた。まさか、あのプロの小説家が読んでくれるとは夢にも思わなかった。私は踊りだしたい気持ちを抑えて、机に座った。しかし、何も書けない。

 気晴らしにテレビを見ていると、桃太郎のCMがやっていた。私は急にインスピレーションが沸いたので、桃太郎について検索していた。

 桃太郎は村に悪さをする鬼を退治する為に、お婆さんからきび団子を渡され、たった一人で旅に出たとある。可愛そうだ。村に悪さをする鬼を一人で退治するなんて無謀だ。これでは、遠まわしに死ねと言ってる様なものではないか。

 村の為を思うなら、村人全員で鬼が島に殴り込めばいいのに。それとも、桃太郎は村にとって厄介者だったのだろうか?それだとしたら、辻褄があう。桃太郎はその後に、猿や犬や雉を仲間にして鬼を倒し金銀の財宝を手にして村に帰る。 めでたし、めでたし。全然納得がいかない。 それに、鬼を退治する位の力があったら、村人達から恐れられるだろう。

 なぜなら、特別な力を持つ人間は周囲から孤立するからだ。桃太郎は鬼退治の後は幸せになれたのかな。それとも、周りの村人に疎まれていたのか。そんなことを考えたら、自然と涙がでてきた。よし、この悲しみを小説にしよう。私は机に向かいこんな話を書いた。

 鬼退治をし、桃太郎の力を恐れた村人達は桃太郎を村から遠ざける為に、別の村でも鬼 が暴れていると嘘をつき桃太郎を村から離れさせました。桃太郎の持ち帰った金銀財宝で、お爺さんお婆さんの暮らしはとても裕福になりました。

別の村に到着した桃太郎一向を待ち受けていたのは、巨大な大蛇でした。大蛇は村の作物を荒らし村人を食べていたのです。桃太郎一向は巨大な大蛇を激闘の末、倒す事に成功しました。

それを見た村人達はたいそう感心し、桃太郎にこの村に住んで欲しいと頼みました。
 桃太郎は、私には帰る村があると言おうとしましたが、お供の者達は口を揃えてこう言いました。

「また村に帰っても戦いの日々ですぜ」

「そうだな」

戦いの日々に疲れた桃太郎はよく考えた末、この村に残ることを決意しました。こうして、犬、猿、雉と一緒に毎日仲良く、幸せに暮らしました。

 執筆した小説に「シン・桃太郎」と言うタイトルをつけてネット上に作品を発表した。しばらくすると「いいね」が三個ついた。私は反応がもっと増えないかと思い、スマホから何回も自分のページを開いた。

 私の中では「いいね」が十個以上はいくと計算していた。しかし、現実はきびしい。私にはやはり才能がないのかもしれない。憂鬱な気持ちで佳代にこの作品を送った。すると「面白いからもっと続けなよ」と褒めてくれた。

 佳代に認められると「いいね」が百個くらいついた気分だ。嬉しくなった私はその後も、めげずに何本も短編作品を書き続けた。彼女に褒めてもらう為だけに、書き続けるモチベーションを保つことができた。 佳代は私の女神様だ。

それでも「いいね」 の平均数は三〜八個くらいだった。

短編作品を津田に送ると簡潔な感想が送られてきた。

「キャラの魅力がない」
「この短編は売り物にならない」
「これは物語とはいえない」

と辛辣な感想が送られてきた。私はそのメールを読むと一行も書けなくなってしまったが、たくさん寝てよく休んだらやる気が沸いてきた。悔しい。いつか、彼が絶賛するような作品を書いてやる。

 津田からのメールは、返信がない時がほとんどだった。私は彼に頼ることなく作品を量産するために、毎日一時間はパソコンの前に座る習慣をつけた。

 最初の頃は、テレビを見たりマンガを読んでしまったので集中することが出来なかった。私には集中する才能がないのかもしれない。

一時間は書き続けるのは無理なので、三十分は集中して書くと自分で掟を作って取り組んだ。三十分書いたら、十分休憩した。このリズムなら続けて書けそうだ。何も書けない日は絶望して自分を責め、 眠りについた。

「何も書けない。クソみたいな一日だ」

 そんな事を続けると私にある変化が起きた。それは、毎日何かしら文章を書かないと落ち着かない体質になってしまった。時計を見てもスマホを触っていても何をしていても、そわそわしてしまう。書かねばという強迫観念が頭の中に常にあった。

 自分の中の痛みを作品にしなければ、何のために傷ついたのか分からない。受けた痛みを作品に生かさなければ、私が可哀想だ。割に合わない。

 なにより、四百文字の原稿用紙をボールペンで真っ黒に埋めていくと生きている気がする。達成感をかんじた。逆に、原稿が何にも進まない日はスマホに三行ほどのメモ書きをして、執筆を諦めた。

そして、次の日は猛スピードで書き続けた。

-6- 

 短編作品を百本くらい書いたある日、いつも通りに自分のサイトを開くと見知らぬ人からのメッセージがあった。

 その人はコンテンツプロデューサーと名乗っていた。彼は、マンガやイラストや小説を集めたサイトを運営していた。メールには、私の短編小説を運営しているサイトに載せたいという内容だった。

 運営しているサイトを覗きに行ってみた。水色や白を基調とし、 明朝体の文字を使ったシンプルなデザインだった。このサイトなら作品を安心して任せられると思い、私は小説の依頼を引き受けた。

 すぐに小説のおおまかなな話を考え、津田に送ったが相変わらず返事がなかった。その時は、彼の仕事が忙しいと思い気に留めなかった。

 小説の資料用の本を探しに、図書館に行こうとして外に出ると気分が高揚してきた。 いつもと同じ道なのに見るもの全てが美しく光って、愛おしく思えた。木々のざわめきや小鳥のさえずりが、私を祝福してくれる。

 捨てられなかった絶望が、黄金に変わった。踊りだしたい気持ちだ。ミュージカルの映画で突然人が歌ったり、踊り出すのが理解できなかったけど、今なら分かる。それは生きる喜びだ。

大声で笑いながら「ざまあみろ」と叫んだ。 道行く人が私を変な眼で見ている。でも今は全然気にならない。むしろ「ありがとう」と言いたい。今日は私の新しい誕生日。

 これからもこんな風に、ずっとドキドキしたい。 私はようやく新しい世界を手に入れたのだ。この世界はわたしのものだ。

家に帰りパソコンをつけると、とんでもないニュースが飛びこんできた。

「小説家の津田正義。淫行で逮捕」

私はその一文をずっと眺めていた。

 津田が逮捕されたニュースのコメント欄を見ると、そこには悪意に満ちた中傷が溢れていた。私はそのコメントを見て吐いた。

 ネットで一度炎上すると、社会復帰できない位に制裁を受ける。本名。顔写真。卒業文集。性癖。家族。住所。すべてが晒される。

 津田は池袋のホテルで未成年に如何わしい行為をした後に、金銭を支払ったとそのニュースサイトは報じていた。

 ふざけんじゃねえ。私の中に怒りがこみ上げてきた。部屋にあった津田の本をびりびりに破り、八つ裂きにした。あんなにも彼のことを尊敬し、津田のアドバイスに従って作品を作ったのに裏切られた。悔しい。私は汚れてしまった。私は影響は受けすぎた。その日、 生まれてはじめて声を上げて泣いた。

 赤い眼を擦りながらスマホに入っている、 津田の連絡先やメールをすべて消した。

 私の体には、得たいの知れないどす黒い何かが渦巻いている。気持ち悪い。書いて、汚れてしまった過去を浄化して埋葬しなければいけない。そうしなければ、私はずっと救われない。

 突然降りてきた、インスピレーションを逃さない為にパソコンのキーボードを無心で叩き続けた。いつか読んだ、津田の本にある一文を思い出した。

「喪失は創作の母である」

 まったくその通りだ。人は何かを失うとつくりたくなる。今の私がまさにそうだ。彼は小説家としては本当に一流の人だった。津田に憧れていた私、 さよなら。書き溜めたプロットを削除して、津田との日々を吐き出すように小説に書いた。

 執筆中、私は神様に自分の罪を全て 告白しているような神聖な気持ちになった。 作品をつくることで新しい自分に生まれ変わり、清められていく。とても穏やかな気分だ。

-7-

 書き上げた私の作品は、短期間で数万アクセスをこえた。私の小説のページビューは一日の平均数200〜300だったので、この数字には正直驚いた。こうして私は小説家になった。

「デビューした」

佳代に報告するとすぐに返事が来た。

「おめでとう。アイスいこう」

 この店は、私達の行きつけのジェラード屋さんだ。いい事があった時や、誕生日にはこの店でアイスを食べてお祝いをしている。

頻繁に通っているので、お店で貰える水色のスタンプカードはだいぶ貯まった。

 ここのジェラードは世界大会で三位になった実績のある店で、雨でも雪の日でも天候の良し悪しに左右されず、地元の人達に愛され、遠方からはるばるアイスを食べに来るファンが絶えない。世界大会で三位に輝いた店がこんなに近所にあるなんて信じられない。世界は狭い。

 しかし、値段は五百円と他のアイスと比べて高い。アイスの王様のハーゲンダッツよりも高級品なのだ。一度食べるとやみつきになる。市販のアイスが食べられなくなってしまう中毒性がある。

 そして、アイスには北海道産の牛乳をふんだんに使っており、牧場のしぼりたてのミルクを食べているかのように円やかだ。執筆を続けて頭がパンパンに膨らんだ時に口にすると、すーっとする。

 佳代は苺のジェラートを頼んだ。苺味は凍らせた苺を食べているかの様に酸味がある。私は売り上げ一位のバニラを注文した。

「ねえ知っている?苺ってバラ科の植物なんだよ」

「えっ、苺ってバラなのー」

「あたし今、バラ食べてんだよ」

「おいしいね」

 透明なスプーンで掬いながら、口の中に運ぶと濃厚な甘みがじわりと広がった。このゆったりとした快楽の波に、ずっと浸っていたい。佳代がアイスを齧りながら上目つかいで聞いてきた。

「先生、次の目標は何ですか?」

私は腕を組み、考えるポーズをした。

「佳代を主役にして書いていい?」

「悪口書かないでよ」

 彼女は満面の笑みを浮かべている。しあわせ。友達と笑いあえるこんな最高な毎日が、いつまでも続きますように。そう願いながら今日もパソコンのキーボードを無心で叩く。

 短編小説を何本かサイトに載せてもらうと、リンクの貼ってあった私の個人サイトもアクセス数が増え「いいね」の数が徐々に増えた。 通知が毎日来る。まったく知らない人からも、コメントが貰えるようになった。

「あなたの作品好きです」

 そう書かれた文字を指でなぞり、口づけをしたい気持ちになった。私はそのコメントの写真を撮って大切に保存した。

-8-

 デビューしてからは、学校に行くのが楽しくなった。あんなにも憂鬱で嫌いだったクラスメイト達が今では、うつくしく光ってみえた。みんなを執筆のネタにする事にした。 そう考えると、微笑ましい気持ちになってくる。

 教室では私は相変わらず一人きりだったが、デビューする前の様な後ろめたさが無くなくなり、じぶんを許せるようになった。

 書く才能が認められたことで、心の中にずっとあった大きな氷のようなシコリが消えた。教室ではいつもの様に奈津美の話をみんなで聞いていた。

彼女が相席屋でタダ飯とカラオケを、サラリーマンに奢ってもらった話をしていた。相席屋は同席した女性客の食事代を、 来店した男性客が支払うシステムの店だ。 

 奈津美は別れ際にLINE交換した後に、速攻 でブロックしたと愉快そうに笑っていた。みんなもそれにつられてケラケラ笑っている。「相席屋なんか、タダ飯とカラオケしたい時しか行かない」と奈津美は大声で話していた。本当に面白い。

 早く家に帰り、いま聞いた相席屋の話を一字 一句もらさずに書きたい。私は彼女と教室で会っても、劣等感を一切感じなくなっていた。 それどころか、奈津美に会うと創作意欲がどんどん沸いてくる。

いつか彼女を主人公にして、自意識過剰でプライドが高い女の子の話を書こうと考えた。奈津美は、サイコーの女だ。

 執筆の合間にヤフーニュースを見ると、北朝鮮が核ミサイル実験を凍結したと発表した。サイトでは、角刈りの眼鏡をかけた北の将軍と韓国の大統領が嘘っぽく笑って握手をしていた。まるで、日本の選挙ポスターのように薄っぺらい。

 記事には、南北戦争の歴史的終結の見出しがある。 密室の四十五分間。怪しい。将軍にノーベル平和賞を贈る声も出ている。ふざけてる。

素行不良なヤンキーが少しでも、優しい一 面を見せるとみんなの評価が変わる。これでは、まじめに日々を積み重ねた人達が馬鹿みたいだ。

 あれから一年経ったが、東京にミサイルは降らなかった。そして、この平坦な世界での闘いは、これからも続くのだ。

 私は今、長編小説を執筆をしている。この物語は高潔で慈愛に満ちた女の子が、世界を変えるまでの物語である。タイトルは「佳代」だ。

 パソコンの目の前には、彼女が私のために作ってくれた、イチョウのバーバリウムの小瓶が置いてある。私はその黄金の輝きに負けないような小説をいま、書いている。

(了)

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春香かなた

降り落ちる雨は、黄金色

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