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降り落ちる雨は、黄金色#23

 質疑応答後にサイン会は淡々と行われた。気がつくと私は、くしゃくしゃのメモの裏に自分のアドレスを書き「連絡ください」と文章を添えて津田に手渡していた。なぜあんな事をしたのだろう。

私はその後に頭が真っ白になり、その日はどうやって家に帰ったのかを覚えていない。

 サイン会の後は悶々として過ごしたが、自作の小説をネットに発表する事を決めた。津田のアドバイス通りに好きな小説を書き写す作業もした。とても退屈だった。退屈をこなすにも才能がいる。

 最初は長編小説の連載を考えたが、普段スマホばかりで文章を読まない人にも、私の書いた小説を読んで欲しいと思ったので、画面をスクロールせずに読み終える事のできるショート作品を考えた。

 今の感性でしか作れない。新しい文学を書くのだ。しかし、意気込んだ所で何もアイディアが浮かんでこない。パソコンの前に座ったが何も書けない。悩んでいる時は静寂の音がはっきりと聞こえる。普段なら気にならない蛍光灯の音が、ジジジと聞こえる。狂いそうだ。

 私はなんで作家になりたいんだろうか?自問自答してみる。コミュニケーションが下手で、社会で働いている自分をイメージできない。作家になれば性格が破綻していても許される。才能があれば存在を認められる。透明にされない。鈴木奈津美のように、皆からちやほやされる。

 私の顔は一重で眼も細い。容姿も人より劣っている。私がもしカワイイ顔をしていたら、インスタに自撮りを載せるし動画配信もする。世の中から消費されたい。恋人だって欲しい。そして、世界中の「いいね」をかき集める。

 運動も勉強もできない。何もとりえがない。そんな教室の隅に追いやられるような人間は、本を読んで人と違う知識を蓄えるしかなかった。そんなの無力だ。表舞台に立てずに、観察者としてずっと生きてきた。自分を卑下にするのはもう止めにした。

 これからは、世界VS私の闘いを決行する。クラスの中心に行きたい。何でもいいから勝ちたい。この小説が完成したら全てがきっと上手くいく。そして、世界はようやく私のものになる。

 皆が私の事を愛して大切にしてくれる。 執筆中は作家になり、名誉ある賞を受賞している自分を想像した。私おめでとう。 努力が報われて本当に良かったね。 そうすると、どんなに辛くても暖かい気持ちになれた。

マグマの様に次々と湧き出てくるコンプレックスを活力にして、自分を奮いたたせ机にただ座り続けた。

つづく。

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