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降り落ちる雨は、黄金色#22

 いつも通っているパルコの中にある本屋に行くと、見知らぬ小説家のイベント開催の告知の張り紙があった。

 パルコの本屋さんは海外のファッション誌やマニアックな選書が多く、此処に行くだけで慰められた。高感度なバイヤーのセンスにいつも関心した。ここで、対象の本を買うとサインとトークショーに参加できるらしい。私は生の小説家の声が聞きたくて迷わずに買った。

 本屋のレジに持って行くとイベントの参加券をもらった。どんな質問をしようかと考えながら毎日を過ごしていたら、運命の日はすぐにやって来た。

 トークショーは日曜日の午後一時からはじまる。開催時間の一時間前くらいに行くとすでに列が出来ており、三十人ほどのスペースの席には十人ほど並んでいた。列に並んでいる人間が皆、小説家志望に見えた。私は参加券を用意し店で購入した、本を読みながら待った。

 時間になると小説家が現れた。名前を津田正義と言った。五十代の男性で黒い帽子を深く被っており、色の付いた眼鏡をかけていた。

津田の作風は家族が崩壊ぎりぎりの所で踏みとどまり、元に戻っていく作品が多く、文学賞を受賞した作品もあった。破天荒な作風から乱暴な人間だと思っていたが、本人は穏やかなおじさんだった。

 彼は執筆の合間に銭湯によく行くと話していた。毎日決まった時間に起きて、集中して書いている為、肩こりが辛い。それに加えて眼も疲れ肩が上がらないと周囲を笑わせた。

 津田は銭湯について熱く語った。肩こりが酷くなると銭湯に行き、長風呂に浸かるそうだ。何も調べずに、予備知識もなしに知らない街にぶらりと旅立つ。彼はそこで煙突を探して歩く。

 そして銭湯で地元の人々と、会話を交わす。地元の人しか行かない定食屋や居酒屋の情報をタクシーの運転手から上手い具合に聞き出し、その店に一人で行くのがリラックスの秘訣だそうだ。地元の人しか行かない様な汚くて騒がしい、旨い店に当たると上機嫌になり、再び執筆に戻る生活を繰り返していると話していた。

 作家の日常はおかしい。トークの時間が終わりに近づき質疑応答の時間となったが誰も手を上げない。私は恐る恐る手を上げた。

「…質問があります。小説家になるにはどうしたらいいですか?」

「毎日小説を書く位かな。毎日書いてればいつかは完成する。逆に君に聞こう。小説家になる為に何かしている?」

  私は貝のように黙ってしまった。何も答えられない。私の異変を察知した津田が機転を利かせてくれた。

「いじわるな事、聞いちゃったかな。ごめん。僕が大学の頃は、好きな小説をよく書き写していたよ。その頃は星新一が好きでね。短編小説のぼっこちゃんての暗記する位読んでたよ。少しは参考になったかな?」

「ありがとうございました」

「まずは、好きなものを自在に書ける様になる為に、作品を沢山模写して徹底的に分析した方がいいよ。ベストセラーとか好きな小説とかね。僕の本でもいいよ。小説の構造を理解した上で、自分でも書いてみる。その方が絶対にいいと思う」 

 そして、彼は優しく笑った。くっきりと浮き出た笑い皺が、津田の優しそうな人柄を現していた。恥ずかしい。何も答えらなかった自分がとても嫌になった。しかも、初対面の津田にも要らぬエネルギーを使わせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいとなった。やはり大人は偉い。

 私も将来作家になりトークショーを行えるような人間になれたら、今日の津田のように気の使える人になりたい。相手が子供でも、夢を壊さぬように真摯に対応したい。 その日、津田を私の師匠と決めた。

つづく、

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