Counting Sheep@Vault Festival 2019 in London

2019年3月にロンドンでCounting Sheepという作品を観た。
Vault Festivalというフェスティバルの参加作品で、ロンドン滞在中に観たもののなかでこれが一番面白かった。お国柄か、ロンドンで観た作品のほとんどがストレートプレイで、質は高くても(10本ほど観て面白くないと思ったのはダンスの1本だけ)物足りなさを感じていたということもあったかもしれないが、それでも私が2019年に観た作品のなかでも1、2を争う。
イマーシヴ・シアター(没入型演劇)ということで、英語がそれほど得意ではない私は観劇を迷ったのだが、参加の度合いによってチケットが3段階に分かれていたのでObserver(傍観者)チケットで観劇することにした。

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会場に入ると長方形の空間の短辺に「傍観者」用の階段状の客席、長辺にProtester用のベンチシート、中央の長机にFront Line Protester用の椅子が並んでいた。この作品にはStaging a revolution(革命を上演する)という副題がついていて、観客は革命に参加するprotesterとなる(のだが事前に内容をほとんど把握していなかった私は作品の半ばまでそのような展開を予想していなかった)。

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舞台はウクライナ。ウクライナ系イギリス人(だったと思うがすでに1年以上前のことなので記憶がやや怪しいことを白状しておく)の男が祖母を訪れた思い出を語る、という体で作品ははじまる。そこでのある女性との出会い。長机ではウクライナ料理が振る舞われ、歌や踊りが披露され、protesterたちも参加を促される。食べてみたいなと思ったあたりでobserverにも皿が回ってくるあたり、観客心理を掴む術を心得ている。

ところが、物語が進むうちに歌と踊りはやがて変容していき、protesterたちはいつしかデモの渦中にいる。ヘルメットを被り、土嚢を積み、鬨の声を上げる観客=protesterたち。特に明確な指示があるでもなく、観客たちは自然ととるべき行動をとっているように見えた。それはつまりいつの間にか周囲の空気に巻き込まれているということだ。revolutionには回転という意味もある。私はまさに「傍観者」としてその様子を外側から見ていた。渦中の観客は全体がどのようになっているかを知ることはできなかっただろう。

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徐々に明らかになるのは、この作品が架空のデモではなく、「2014年ウクライナ騒乱」という実際に起きた出来事を扱っているということだ。当時、経済的困難を抱えたウクライナはその解消のためにEUとの連合協定を進めていたが、ヤヌーコヴィチ大統領は協定への署名を拒否し、ロシアとの接近を図る。激化したデモは多数の犠牲者を出し、ヤヌーコヴィチ大統領は首都キエフから東ウクライナへ脱出。ロシアは反政府デモをクーデターとみなし軍事介入を行なうが、反政府デモを主導したのがアメリカであったことが後に明らかになっている。

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というこの情報は私があとからWikipediaで確認したもので、観劇当時の私には、何年か前にウクライナでロシアと関係した大規模なデモがあった、という程度のぼんやりとした認識しかなかった。

改めて確認すると、Counting Sheepが上演されたのは2019年3月、つまり、Brexitに揺れる渦中のイギリスでこの作品は上演された。2014年のウクライナで叫ばれた「Ukraine is EU!(ウクライナはEUだ!)」という言葉を2019年のイギリスで復唱するprotester=観客の多くはおそらくイギリス人だろう。結果として、旅行者としてたまたまその場に居合わせた私に傍観者ほどふさわしいポジションはなかったということになる。

もちろん、世界で起きる出来事に、本当は私に無関係なものなどない。
私が傍観者だというのは都合のいい幻想だ。

歌い、踊り、ドラムを打ち鳴らしバイオリンを弾く出演者たちはチャーミングでスキルフル。ウクライナを訪れ騒乱に巻き込まれていく男の語りはウクライナで出会った女性とのロマンスもあり波乱万丈。巧みな構造と政治性を持ちつつ十二分にエンターテイメントとしても面白い傑作だった。

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カーテンコールでは一つの「事実」が明かされる。一種のドキュメンタリーとして上演されてきたこの物語は、実は私の話ではないと主演の男が言うのだ。それはつまり、すべてはフィクションだったということだろうか。だが男はすぐさま、これは私の話ではなく、メンバーの彼らの話に基づいた作品だと「本人」を紹介する。それが事実かどうかは問題ではない。そう言うことで観客の感情を一瞬揺らすこと。「当事者」と「非当事者」のあいだに引かれたラインを揺らすこと。

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