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温泉

 旅行といえば温泉、という価値観が幼少からの英才教育で刷り込まれているせいか、旅に求めるのは景色と温泉、食は二の次である。

 何かに堪えかねて、あるいは酒の勢いで、日付が変わった頃に函館行きの飛行機を取る。寝溜めも兼ねて8時間近く眠り、昼前にのそのそと起き出して支度を済ませ、何時間か寄り道をして空港へ。旅行や散歩は初めてを盛り込むと格段におもしろくなるから、モノレールに乗れたのはラッキーだった。モノレールなのに時折地下に入ったり、フェンスもなしに運河や歩道の真上を通過したり、そもそも座席の配置が珍しかったり(あれが合理的な配置なのだろうか)。細々した初めてを積み重ね、行き着く終点がお目当ての羽田空港第2ターミナル。これは初めてではないチェックインや手荷物検査を手早く済ませ(とはいえいつでもワクワクする)、あとは特に何かをする暇もないままに搭乗時刻がやってくる。

 ビューン。コンソメスープ以外を頼んだことがない。

 いよいよ8ヶ月後までお別れであろう、関東の真冬みたいな寒さに迎えられてひと息。空港から路線バスの終便に揺られ15分、僕以外の誰も降りるはずのない「熱帯植物園前」で下車。信号を対岸へ渡ったところが今日の宿である。
 チェックイン時に入湯税を支払う。ホンモノの温泉の証なのもあって、唯一と言ってもいいくらいの取られて嬉しい税金である。
 当てにしていた近くのラーメン屋が臨時休業していたので、ローソンの半額炒飯や地元の弁当屋、イオンで飲食物を買い込む。ある程度知っている街だから、ホテルで寛ぐのも乙なものである。って言っておかないとつらい。

 推しの配信を見終えたら温泉へ。津軽海峡に臨む展望露天風呂がウリの宿である。満室近くなるような人気宿でも、日付変更前後の深夜や翌朝には快適に入浴できることが多い。今夜も例に漏れず、壺風呂にも寝湯にもほとんど待ち時間なく浸かることができた。
 入浴客を観察するのも温泉のおもしろいところ、というか本題である。何かずっと話し込んでる外人さんがいるな、中国語かな韓国語かな……と親子っぽい二人組の会話に耳を傾けていると時折、外人さんが会話に使うにしてはあまりにも日本語的な日本語が混ざる(「マジ」とかだった気がする)。津軽海峡の対岸を指して「下北」とか固有名詞を織り交ぜながら喋っていたので、地理に詳しい外人さんなのかなとも思っていたのだが、どうやら東北か九州(聞き慣れない方言をとりあえず東北か九州だと思うのやめなさい)の訛りらしい。
 津軽弁だ、といよいよ確信したのが親の方が「いづでも行げるはんで」と言ったところで、これはもう『ふらいんぐうぃっち』のファンなら間違うはずがなかった。横浜から来て津軽弁に困惑する、なんてまるっきり真琴とおんなじで、これに思い至ったときなんとなく、「あ〜、これからも旅行するんだろうな」としみじみ思った。

石塚千尋『ふらいんぐうぃっち』1巻65ページ、講談社、2014
息子さん(?)の方が訛りが弱かった気がする

 その後のプロ野球開幕戦の話にはまぜてほしかった。野球は日本の共通言語みたいなところがある。

(おわり)

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