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「2/1 はっさくジャム」の付箋

私の祖母は隣町に住んでいる。一人暮らし、91歳。めちゃくちゃ元気。
「昔の人はよく動く」というけれど、本当に動く。ちょうど60歳年下の私なんかより、ずっとスッと立ち上がるし、じっとしていられない。すごいんだ。

私が高知県に移住したきっかけも、祖父母がいたからだった。幼少の頃、一年に一回遊びに行けるか行けないかという距離だった「遠い高知」は、いつも私の特別な場所だった。いつからか、数日、1週間、1カ月、滞在した高知を離れる時には、特急南風の車内でひとり、涙がこぼれ落ちるようになった。そのくらい、大好きな場所だった。

それなのに、いざ祖母が住む隣町に住み「近くなった高知」にいると、これがまぁ、遊びに行かないものである。「親不孝者」ならぬ、「祖母不孝者だな」と時々思うのだけれど、近づいたからと言って、いざ毎週、2週間に一回と、遊びに行くわけではないようで。

もちろん、1年前までは役場の仕事で多忙の日々。頻繁に行けるような状況ではなかったのだけれど、今は自分の時間は自分で決めることができる。割といつでも行けるはずなのだけれど。これがまぁ、やっぱり行かない。


そんなこんなで、2024年、新年の挨拶に顔も見せないまま2カ月が経っていた。「さすがにそろそろ行かなければ」と思っていたけれど、祖母に言うわけではなく自分の中でいろんな理由をつけ(「忙しい」やら「子犬を飼い始めた」やら)、行動せずにいた。「本当にあの祖母の孫なのか」と思うほど、腰が重かった。

そんな私の重たい腰を上げてくれたのは、祖母の自宅近くで取材があるという機会だった。さすがに近くまで来て、寄らずには帰れない。もちろん、祖母に会いたという気持ちもあった。

取材後、初めて自分の庭で育った大根と人参を抱え祖母の家を訪ねた。
家の中が暗いように見えたので、一瞬不在かと思ったけれど、「おばあちゃーん」と外から呼びかけてみると、「はーい」とすぐに返事があった。

扉を開けて、顔を見て、「おばあちゃん」と言い直すと、なんとも驚いた表情。

「まぁ、誰かと思うた」。

そりゃそうだよね。

「おばあちゃんのところが好き」と言いながら引っ越してきたはずの孫は、祖母が期待していた何倍も何十倍も会いに来ないんだから。

でも、そこからの喜び様がすごかった。

いつも野菜は祖母からもらう側だった孫が、今度は自分の畑で採れた野菜を持ってきた。しかも、祖母が育てている大根や人参よりも大きく立派に育ったものを。

「えぇ。よう育っちゅう。里咲の畑で?おばあちゃん、嬉しい」

そこから「嬉しい攻撃」の始まり。

「もう里咲は来んかと思いよった」
「おばあちゃん、電話もかけたらいかんと思うて、ようかけんかったがよ」
「あぁ、嬉しい」

「行かなきゃ、行かなきゃ」とは思っていたけれど、まさかこんなに喜んでくれるとは。

91歳。背中もほとんど曲がらずシャキシャキと歩き、数年前に借りていた畑をやめて元気がなくなるかと心配したこともあったけれど、今度は自宅の敷地内にある隙間という隙間をフル活用して畑にし、今でも何種類もの野菜を育てている。自分が食べたことのないパクチーなんかを植えてみたり、レシピ本を見ては新しい料理を作ってみたりと、いまだに色々なことに興味がある。

元気すぎる祖母のせいで、「おばあちゃん、大丈夫だろうか」「元気かな」という心配をほとんどしていない孫の私。そのせいで、頻繁に行かなくてもいいかと思っている節があった。元気だからこそ、会いに行かなくちゃ。

祖母とのやりとりの最中、そんなことをひしひしと感じ、「なんて私は薄情者か」と反省していると、孫の野菜に喜んだ祖母がおかずを持たせてくれた。祖母がよく作る、鶏肉を大豆と大根と一緒に煮たものだった。

「ありがとう」と言って帰ろうとした最後、「何か持たせてやらんとね」と、既におかずをくれたはずだったのに、まだ私に何かをくれようとしている。

「おかずももらったし、十分よ」という私の言葉を背に、すでに祖母は土間に置かれた冷蔵庫へと向かい、中から「2/1 はっさくジャム」と書いた付箋が貼られたジャム瓶を持ってきてくれた。

「これね、おばあちゃんが作った『はっさく』のジャム。『はっさく』って知っちゅうかよ。これ自分で作ったらね、スーパーのは買いたいと思わん、おばあちゃん」

2月1日。祖母がこのジャムを作ったその日、2週間後に孫が訪ねてくるとは思わなかっただろう。自分のために作ったジャムのはずだけど、その存在をポッと思い出して、立派な野菜を育てた孫にと、くれる彼女。そうだ、こういう祖母が、こういうことが日常にある高知の暮らしが、好きだったんだ。

祖母が作ったはっさくジャムは水分少なめ、
ピールのように少し硬めに煮た八朔の食感が楽しいジャムだった

帰り際、「また来るきね」と言いながらドアを閉めようとする私に、何度も部屋の中から話しかけてくる祖母。その度に、閉めようとしていたドアをもう一度開け直し、その声に応える。

「おばあちゃんが里咲に会いたい思うちょったのが、聞こえたかね?」
「そうそう、聞こえたよ」

「またゆっくり来てよ。今度は犬も連れてね」
「うん、また連れてくるき、可愛がってあげてよ」

「お母さんにも野菜送っちゃりよ」
「そうだね、送るよ」

祖母の「嬉しい攻撃」はその後、私の母にも向けられて、「おばあちゃんから、喜んで、泣きながら『里咲が来てくれた』と電話があったよ」という話だった。

あなたの娘は、もう少し、おばあちゃん孝行をしたいと思います。


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