⭕日々の泡沫[うつろう日乗]7−3

⭕第1章◉山の上の舞踏団 その参
いくつかの複層する夢が、鈍色から白色にかわろうとするとき、Kはうなされる自分の声で目を覚ました。
携帯がなった。良く知っている女性の声が「鴻が死んだ。ブラジルからドイツへのトランジットのメキシコ空港で。床に崩れ落ちて…。」と伝えてきた。声は泣いてはいなかった。
「ずっとマネージメントしてたものね…」
「今はしていないのよ。それでもこれからメキシコに…。」
「そうか…大変だね」
「でもこれで仕舞をつけられる」
再び睡りに堕ちた。目の前に汚れた灰色の床があらわれた。室伏鴻が最期に見た景色の色はどんなであったろう。声が聞こえた。「舞台の上で死にたいんですよ」大野一雄の声だった。舞台で死にたいとは、舞台人が良く言うことだが、大野一雄の声には誰よりも真剣さが感じられた。その頃もう80歳を超えていただろうか。湘南台文化センターのロビーで踊った後に突然、側に寄ってきた。
室伏鴻の死んだのは空港の床。もう山の上に舞踏団を据えなくなった室伏は、旅から旅、そして言葉に生きていた。板で死にたい…次は旅に死にたい…室伏はそう思っていたのか。
見てる人は身体が後ろに倒れるように見える。俺には空が斜めに切れて自分の方に落てくるように見える。だから伐倒は外でやるのが好きだね。特に夜の雪の中で、全部が白く溶けて切れ目のエッジがねなくなって、瞬間、別の色に染まるんだよ。それが場所によって違う…。夢でも室伏は雄弁だ。
メキシコ空は写真のように明るかったのだろうか。それとも…
空港の灰色の床が目に近づいてきてバン——暗転、そんな風だったのだろうか。68歳。
Kの歳と同じだ、室伏を書きながら、かろうじて生きている自分を認識する。
だん、だん。身体を壁にぶつけて踊る室伏の振動が身体に刻まれている。だーん。これは倒れた時の音。死ぬときにつくため息のような息で、身体が大きな息をして崩れたのだろうか、それとも痙攣するように。どちらであっても舞踏だろう。死に際は土方巽を越えたかもしれない。

6ヶ月たって、室伏鴻全集のデザインがステュディオ・パラボリカに持ち込まれていた。
中原蒼二、鈴木創士…という編者。
ダンスとは身体の外にでることだ。肉体の中に梯子をかけて降りていくことを知ることによって、
今度は、言葉もまた確かに「外」に出て行き、肉体の「外」に触れるのです。

『室伏鴻集成』を読むにつけ、室伏鴻の言葉に、もっとつきあえば良かったと思う。

「あらゆる言葉を障害と感じ…」

カラダが障害であるより以前に、言葉そのものが、すべて障害性を有しているのである。
彼はすべての出発を、この「言葉の障害性」から始めたに違いない。
 これは集成に向けて書かれた笠井叡の言葉。タイトルは土方巽よりも土方巽。

室伏鴻は、土方を越えようとした最右翼だった。土方巽の周囲に居たダンサーたち、たとえばビショップ山田、殺してでも土方を越えようと(禅宗の黄檗と臨済の関係のように…)しながらも、先生と仰いでしまう、自分に二重の枷、枷の十字架を負ってしまい、身動きがとれなくなってしまう。踊る才があればあるほど、惚れた身はいうことをきかない。(その十字架を負わせてしまうのが、土方巽の魅力であって、小林嵯峨は会って気がついたら床に転がっていたと…)室伏はその中で、土方を越えられる冷徹さを最も持っていたのではなかろうか。
室伏自身の書いたものを読んでいくと、刺客たらんとする意気込みが感じられる。

笠井叡の言葉を詳しく引用すると…。
彼は単純に言語以前のカラダを求めたのではない。その求める道具としての言語そのものの「障害性」に生涯戦い続けた。例えば、一人のダンサーに「あなたはなぜ踊るのか?」と尋ねるならば、「私はコトバというものを。全く信用していない。」というか、或いは「言葉では決して表現できないものを、沈黙の身体言語で語る」と、答えるかもしらない。しかし、この二つはいずれも非である。こう答える限り、ダンスほど「卑劣な行為」はこの世に存在しない。室伏鴻ほど、この「コトバの障害性」を感じ続け、地上の一切の言葉に絶望しつつ、「ダンス以前のダンス」と創造した者はいない。

身体と言葉は、相互に拘束を強めながら、裏切り、お互いの外へ出ようとする。
おそらく「踊り」は、「踊りの作品」には、言葉が必要なのだ。
土方巽も笠井叡も、そして室伏鴻も多くの言葉を記している。
多くなくとも…一首の歌が踊りの[発起]となることもあろう。それは泉勝志にみたことがある。

しかしながら、もちろん言葉と身体の合わせは、そう簡単ではない。

携帯の声に聞いてみた。
「室伏から離れた理由はなんだったの?」
「裁判起こされてね。踊り続けられるように仕事を入れる仕組みを作って動いていたんだけどね。そして動けるようになったいたんだけどね…」
うーん。Kは返す言葉なく苦笑いした。
声の主は、顔は見えないけれどいつもの笑顔だった。
「りっぱなことをたくさん書いているんだけどね。」
「えっ、それだけのことされて、室伏の言葉を褒められるんだ。踊りも?」
「もちろん」
向こうで頷く気配がした。
「男は…
すかさずKは
「しょうもないよな…」
と言葉を繋いだ。彼女がその先を言わない人だと知っているから。

山の上の舞踏団の話はひとまず終わる。
もう山の上に舞踏団を置くグループはこれからもでてこないだろう。

#山の上の舞踏団 #山の人魚 #室伏鴻 #鈴木創士 #中原蒼二 #夜想 #今野裕一 #土方巽 #大野一雄 #笠井叡

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?