ペヨトル興亡史Ⅱ ⭕カフカ◉弟◉病院Ⅱ/病院にてⅡ

◉病院にてⅡ
天井の染みが気に入らないよ。どうにかならないのかね。
母は病院の天井のを見上げて、何の形にも見えない染みを焦点の定まらない目で見ている。ああ、そうね。と相槌だけうって、Kは実家の天井の節目を思いだしている。母はゆるゆると眠気に身をまかせている。子供の頃は、よくもまぁ長いこと寝ていたな。幼稚園、小学校の頃、良く熱を出していた。40度近いこともよくあった。身体が弱くて緊張症なので遠足の前の日になると熱を出した。春秋2回12回ある小学校の遠足のうち、10回も熱を出して行っていない。熱をだす、その度に客間の六畳間に寝かされ、することもなくただただ天井を見ていた。いつも寝ていた四畳半の天井の模様とは違って木目が程よく流れていた。予防注射にも弱くジフテリアの予防注射で40度の熱を出した。ジフテリアと診断され隔離されそうになった。肺炎で死にそうにもなった。熱に火照り布団に拘束されていつも見るものは天井の板の節目模様。熱にうなされると、木目が少しずつ流れ川になる。その中から怪物の目が出てきたり、その目が墜ちてきて胸の上で小鬼になって踊りした。「鬼が踊っている」冷静に観察結果を言うと、父親はもう死ぬと慌てて夜中病院にKを連れて駆け込んだ。途中お稲荷さんの森がぐるぐると自分の周りを廻った。そうだよな寝ていると天井が気になるんだよな。あれからずいぶんたっている。こんどは僕が助ける番だ。
母親は、祖母の死んだ歳を超えようとしていた。入院する前、母親はだいぶ記憶があやふやで、認知症の傾向が顕著に見られれていた。
「あたしは94歳になったからね、山田の一族で一番、長生きしている」
「えっお母さん91歳でしょう、僕は、お母さんが25歳の時の子だから自分の年齢に25歳を足すとお母さんの歳になる。間違いなく91歳でしょう」
「そうかね。すっかり分かんなくなっちゃってるね。そうかね。あんた、覚えていないかもしれないが、お婆さんはね(母親の母親)は、栄養失調で死んだよ。知っている?」
「知っているよ。よく。」
「おばあさんが、死んだ時のことを覚えている?」
覚えているよ。酸素をきった時のこと。一緒に行ったじゃない。
「あんたは、おじいさんって言わなきゃならないのに、私たち姉妹が、おとうさーんと言って号泣したので、おんなじにおとうさんて泣いて、私たち姉妹は苦笑しながら泣いたんだよ。」
それはお爺さんが死んだ時のことでしょ。それもよく覚えているけど。お爺さんの入院したときの姿、良く覚えているよ。少し前に見舞いした時のことも。水飴を分けてもらったのも。それ何、それ何って、ベッドのしたに隠してある水飴に興味を示した。欲しいのかと、お爺さんは、やったら良いと母親に言った。もらって嬉しかった。真二はまだ赤ん坊で、それでも癇の虫が強いというのか、泣き叫んでいた。その時に、この子は優しい子だなと弟のことを言った。5歳の僕には、学生運動か芸術家になるかもしれないから、気をつけたほうが良いと祖父・山田孝雄は言った。水飴の記憶は強くあるが、この子は危ないというのは、自分が聞いてたのか、母親がそう教えてくれたのか少し定かではない。でも弟が良い子というのは植えつけられた。Kにとって山田孝雄は、預言者であった。そう子どもながらに信じたのだ。理由はない。親は逆に思っていたので吃驚した。その時のKは昼あんどんのようなぼーっとした子だったから。
祖父・山田孝雄は、仙台米ヶ袋の東北大学のすぐ目の前にある家に住んでいた。遊びに行くと、祖父の書斎にねだって独り寝せてもらった。能面がそれぞれの柱に括りつけてあった、天井の木目は実家とは違い乾いていた。深夜になると面が舞っていた。黒いボディに面を付けていた。能は見たことがない。両親に舞台に連れて行ったもらったことはない。面から思う舞いだった。目を瞑り続けていたのか、目を見開き続けていたのか、踊りも定かではない。

母親がうっすらと目を開けた。真二はどうして声をかけてくれないんだろうね。
…?
嫁さんと一緒に来たのに、声をかけないままかえっちゃったんだよ。
なんで?
知らないよ。
あんたとは良くあっているけど、真二とは前からだいぶあってないんだよ。家に居る時も来るのはお嫁さんだからさ。
そうなの?
お嫁さんは良くしてくれるから…でも、他人でしょ、いろいろ言えないことがあるのよ。介護のご飯が美味しくないとか。
今のお母さん、御婆さんが入院したのと同じ状態だよ。ここでも食べなかったら、植物人間になっちゃうよ ちゃんと食べてね。

家でも怖がってたじゃない。おばさんみたいにはなりたくないって。

聞いているの?
うん。天井の染みが気に入らないね。あそこから夜に光りが入ってくるんだよ。あの染みどうにかならないかねぇ。真二お金返してくれるないかねえ。あの子、50歳すぎて婚活で嫁さんみつけたんだと。契約があってそれを守らなかったら即座に離婚なんだって。
いいよ、そんな話は。弟には何度も言っているけど、お母さんの了承済みだって。
真二からはいつお金返してもらえるの言ってくれた?
真二は電話にでないし、メールしてもそのことには答えない。オレオレ詐欺に引っかかったんだからと。月に3万円の小遣いで足りていると、一方的に書いてくる。対話しないんだよ。一方的に言うだけ。
そうなの困ったね。私のお金なんだけどね。
そろそろ時間なんでソーシャルワーカーのところにいくね。ソーシャルワーカーにお金のことも弟のことも相談してくるよ。


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