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大食いでムキムキの刑法学者

(2019年4月1日10時30分に記事の一部を修正・削除しました)

去年の9月、九州大学で火災が起こり、男性の遺体が見つかった。憲法を学んでいた元院生で、研究室に火をつけ自死したものと考えられている。彼はドイツ語が堪能だったか、非常勤を雇止めになるなど生活は困窮し、肉体労働のアルバイトを2つ掛け持ちしていたという。彼を良く知る研究者は、新聞社の取材に「院生はみな厳しい現実を共有していた。私が彼だったかもしれない」(※)と答えた。

同じ年の10月、A大学大学院で刑法を学んでいたサトウさんは、同大学で助教の職を得た。サトウさんも刑法の研究をしながら、大学内で事務のアルバイトを2つ掛け持ちをする生活を続けていた。

そのバイト先の一つで私はサトウさんと出会った。1年半ほど前のことだ。私は大学を卒業してWEBメディアに就職したものの、3年で辞め、フリーランスのライターになった。安定収入を探していた私に、当時院生をしていた友人が紹介してくれたのがそのアルバイトだ。同僚には大学院生が多く、その中でも一番長く働き、一番頼りにされていた男がサトウさんだった。サトウさんはシフトがない日でもよく顔を出し、

「大学の近くのステーキ屋が半額だったので、肉を1kg食べた」

という話をした。ラーメンやつけめん、チャーハンをいかに安く多く食べられるのかが、彼の関心のようだった。どの季節も半袖を着ていて、冬でも半袖に薄いコートを羽織っただけだ。そこから伸びる腕は太くたくましい。

サトウさんは1985年生まれ。群馬県で生まれた。5歳のとき、父親の転勤で台湾に引っ越し、高校進学のタイミングで日本に戻る。高校は東京だったので、「群馬県民としてのアイデンティティはかけらもなく、群馬弁も喋れない」という。A大学の法学部に進学し、刑法を専攻し、博士課程ではドイツの国立研究所で3年間助手を勤めた。帰国後、2017年の夏に博士課程を修了し、2018年の10月にA大学の助教になった。

◇ ◇ ◇

――サトウさんはよく食べるイメージがあります。

最近はキロ単位で食べていますからね。一風堂の向かいにスパゲッティ屋さんができたんだけど、380円で500g、500円で700g、700円で1㎏。それで、この前はアルバイトのメンバーと行って、みんなは500gでしたけど、ぼくは1㎏食べました。

――すごい。

子どものころからよく食べていました。朝食べて、朝食べて、昼食べて、夜食べて、夜食べて。

――サトウさんの筋肉はすごいですが、筋トレをはじめたきっかけは?

幼少期からずっと鍛えていました。もともと勉強よりスポーツが好きで。筋トレしないと、やっぱり肩こりする。あとわがままなボディになってしまうので。

――ダイエットもかねて筋トレを?

ええ。

――ご飯を減らそうとは思わない?

お腹すくもんね。

――プロティンを飲んだりしましたか?

飲んでいた時期もあるけれど、いまは無くなったので飲んでいません。けっこう値段が高いので。

――その筋力は研究に役立っていますか。

師匠(※指導教官)に「研究は体力勝負だ」と言われたことがあります。ぼくは風邪もひかないですし、なんでも食べられますし、どこでも生きていける。大学院でドイツに留学したのですが、ドイツは冬が過酷で、ひ弱だったら本当に死んでしまうかもしれない。そうならないためには、体力と精神力が大事です。

睡眠も大事。ぼくはどんなに忙しくても必ず12時に寝て、朝の6時、7時に起きます。試験勉強や締め切りでも徹夜をしたことがありません。

――ドイツ留学はどんな様子でしたか?

ドイツの国立研究所から「誰か活きのいい若手はいないか」とうちの師匠に連絡がきて、「じゃあ君行ってきて」と言われたんです。博士課程2年目のときでした。3年間滞在して、各国の刑法の現状を紹介するプロジェクトの日本代表として参加しました。

研究は大変でしたね。基本的に法律論はドメスティックなものなので、いざ各国が集まって統一のスキームでまとめようとすると構成が全然違うので難しい。でもそういうときに、権力の強いアメリカやイギリスは、「俺らに合わせろ」と言ってくるんです(笑)。

――各国の精鋭たちと仕事をしていたんですね。ドイツから帰ってきたら、色んな大学から助手になってほしいと声がかかったのでは?

それが違うんですよ。助手になったら学費が免除になるのですが、それは実力というよりもタイミング。先輩がなったら自分はなれないとか、各師匠の政治力もあります。ぼくはむしろ「ドイツで助手だったから日本ではいいでしょ?」という感じで、回ってきませんでした。

ドイツにいたときは、奨学金ももらっていたし、研究所からの給料もあったので、割と裕福だったんです。帰ってきてからは、ドイツでの貯金を切り崩しながら、アルバイトを二つ掛け持ちしていました。そこから学費、一人暮らしの家賃、生活費、研究するための本や学会の旅費……、博士論文を書き終わることには貯金を崩し終わっていましたね。そこから就職するまでの1年間はアルバイトだけの収入で生活していました。

――生活は苦しかったですか?

まぁ、でも大学院生はそんなものだと思います。研究者なんだから、多少のお金の少なさは我慢しないといけないと思っています。でも稼げなくてこの業界から去っていく人はいる。最近ちょうど2歳下の後輩が、研究をやめると聞きました。年に何人かは辞めていきます。

科研費についても世知辛い状況です。でも「お前らの研究に何の意味があるんだ」と聞かれるとシュンとしてしまう。刑法の研究をしてもGDPが良くなったりしないでしょう。そもそも犯罪者はお金がないし、お金がないから犯罪をしている。一人でも多く命を守れればいいなと思うけれども、その因果関係は計算できない。

刑法を不要だと思っている人はいませんが、非常時にしか注目されません。刑法が前面に出てしまう社会は嫌だとは思いつつも、予算の配分としては後回しにされてしまう。

――お話を聞いていると、自分の努力ではどうにもならない部分が大きいんですね。

論文が評価されるかどうかにも運が絡んできますしね。就職に至っては、論文をいっぱい書いているのに就職できない人もいれば、全然書いていないのに就職できる人もいる。なんなんだ! なんだそれ! って思います。

――恨みつらみはありますか?

恨んでたらなにもできないですしね。恨みつらみがある人たちはネットとかに書き込むのかもしれませんが

――書き込まないんですか?

書き込まない。そんな、生産性のかけらもないことはしないですよ。サーバーのメモリがもったいない。

――いまやっている助教の仕事はどうですか。

今もやっていることは事務作業ですね。紀要の編集や出版社とのやりとり、シンポジウムの準備やリーフレットの作成、ホームページの更新……それでも午前中で終わるので、自分の勉強ができます。今までは、朝から夕方までアルバイトをしていて、そのあとから勉強をしていたけれど、やっぱり疲れていた。いまは論文もたくさん書けるようになりました。

――よかったですね。研究をする人にもう少しお金が回るといいなって心から思いました。

そうねぇ。いま水道でさえも民間に任せようという話になっていて、そのたびに「水道管に金が回らないなら、刑法なんて絶対回ってこないな」と思っています。でもほんのちょっとでいいから欲しい。疲れるまでバイトしなくても、生活できて本を買うことができる、それくらいのお金でいいので……。

(※)2018/09/16付 西日本新聞朝刊「九大箱崎キャンパス火災 元院生の男性 放火し自殺か 身元判明、福岡東署」より引用

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