ミヤ子さんの「滑落経験談」

上高地で働いているとき、「ミヤ子さん」(仮名)という常連さんがいた。

上高地にはファンがいて、毎年決まった季節に何回か長逗留していくひとがいる。なかにはインパクトのあるひとも何人かいて、一番印象に残っている「ミヤ子さん」のことをなぜか思い出した。

ミヤ子さんは、身長は140cm台と小柄で細身、おかっぱにそろえた黒髪と丸メガネが特徴だった。年は確かもう70近かったが、おそろしく童顔なので実年齢には見えない。多分、気持ちも元気だから余計若く見えたのかもしれない。

本人いわく、若いころは地方銀行でバリバリ働いていたが親の介護のため離職し、今は悠々自適に暮らしているらしかった。

この方、声は甲高くて大きく、とーってもお話好きの女性だ。

わたしの職場の上司は聞き上手だったので、とくにお気に入りのようでカウンターに立ち寄ると1時間はしゃべっていく。その上司がいないときは他の聞き上手なスタッフを捕まえて長々としゃべっていく。

登山歴も長いらしく、上高地に来ると周辺の山もヒョイヒョイとよく登っているようだった。

そんな元気の塊ミヤ子さんが、あるときなんと、山から滑落した。

ミヤ子さんは毎年のように穂高に登っている。今回も同じように穂高を目指し慣れた岩場を登っていたが、うっかり足を滑らせたそうだ。

落ちる瞬間、

「ミヤ子さんも、これまでか・・・。」

と死を覚悟したらしい。

あの元気なミヤ子さんが、人生の最後を悟った瞬間。

しかしミヤ子さんは生きていた。

血だらけになったけれども、近くの山小屋まで自力で歩ける状態だった。その小屋の人たちとも顔見知りのミヤ子さん、これでひと安心。

と思いきや、小屋のスタッフは興奮のせいか元気に振るまう彼女が実際以上に大丈夫に見えたみたいで、「自力で歩けそうだしまだ時間もあるから今日中に上高地まで下山した方がいい」と勧めた。

本人も正常な判断ができない状態だっただろうから、促されるまま下山したのだそうだ。

下山ルートは途中で初心者コースと難易度の高い上級者コースの分岐があり、疲労困憊していたミヤ子さんは、うっかり上級者コースから下山してしまった。

結果、あと4時間ほどで上高地、というあたりで力尽き、そのまま夜を明かしてしまった。

秋口になるかならないかくらいのころだったと思うが、ダウンを着込んでも寒いくらい夜は相当に冷える。滑落した体に余計に堪えただろう。寒い山の中、岩場のうえでひとり過ごす夜は一体どんな感じなんだろう。心細く小さくなるミヤ子さんをつい想像してなんとも言えない気持ちになった。

朝になっても動き出す元気がわかず、もはや遭難状態だったが、翌朝下山してきた小屋のスタッフに発見され、なんとか上高地まで戻ってくることができたそうだ。

ミヤ子さんが頭や腕にぐるぐる包帯を巻き、ひび割れた丸メガネをかけて現れたときには、スタッフみんな

「ど、どうしたんですか・・・?!」

と言葉を失った。

これまで見たことがないくらい、ミヤ子さんは意気消沈していた。あんなに元気なおばちゃんだったのに。

聞き上手で優しみに満ちているスタッフが、ミヤ子さんの話を「うんうん」と聞いてあげていた。

山というのはいつ何が起こるかわからないもんだなぁ。

インパクトがあった出来事のせいか、わたしの頭に残る最後のミヤ子さんの記憶だ。

わたしはそのあと上高地を離れてしまったので、ミヤ子さんが今でも足繁く上高地に通っているのかは知らない。滑落を経験して、人が変わってしまったのか、はたまた今まで通りの元気でおしゃべり好きなおばちゃんに戻ったのか、そして今でも元気にしているのか。

だいたい、もうすぐ出産を控えているというのになんで今、ミヤ子さんのことを思い出したんだろう。とにかく元気でインパクトの強いひとだっただけに、この滑落エピソードが強烈すぎてついnoteにしたためてしまった。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

頂いたサポートはムスメと山で飲むお茶代にします*

いいひと!ありがとうございます
21

mayo

#アウトドア 記事まとめ

noteに投稿されたアウトドア系の記事のまとめ。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。