芸術を信じて疑わない人たちへ

声楽家の友人と会うと、たまに

「これからのオペラ業界はどーしたらいいんだ!!?」

みたいな話をすることがある。

ぶっちゃけ、日本のオペラ業界は大変である。
バブル期までは企業の寄付や行政の助成金で予算がジャブジャブあったので、ひとつ作るのに数億円規模!みたいな公演もあったらしい。

それが、バブルが弾け企業からの寄付や協賛は減り、民主党政権時代の事業仕分けで、文化事業への助成金も軒並みカットされ、羽振りのよかった時代に比べるといまはスズメの涙ほどの製作費で作品を作っている。

それに、世間にお金が余っていた頃は、ひと席数万円みたいなクラシックコンサートのチケットもジャンジャカ売れたみたいだけど、いまは世界的に有名な演奏家が来日してもチケット完売は難しい。けっこう関係者に招待出してたり、安く売って、なんとか座席を埋めてたりする公演も少なくない。

ミーハーな消費者の多い日本で、世界レベルの演奏家のコンサートがその状態だから、日本人による日本で作られるオペラは、まあ、ご想像の通りの状況。

もちろん、オペラやクラシック音楽の業界だけでなく、いまはどの分野も厳しい時代なのは承知の上です。

まあ、そんなこんなで若手の演奏家は、先生や先輩たちの「昔はよかった話」をただただ聞かされながら、自分が身を置いている2016年の日本オペラ界の状況に寒々しい思いをしている。

(昔は、年末に第九を何本か歌うだけで家が建ったらしい。オペラだけで生活してたって人の話も聞いたことある。すごーい。)

とはいえ僕の周りの仲間は、「昔に戻そう!」とか無茶な野望を掲げてるわけではない。

あんな羽振りのいい時代そのままに、戻ることはできないのは重々承知の上だ。

現代のキビシさをわかりすぎるほどわかっていて、それをふまえてさてどうしようかと、次の時代でのオペラやクラシック音楽の生き残り方を、個々人それぞれに考えていたりする。

これは、希望の光でもある。

だって、プレイヤー、第一次の事業者が問題意識を持ってるってことだものね。

ただそういう話を仲間うちでするときに、ちょっときになることがある。

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クラシック音楽がオペラの会場にきてくれる人を、たくさんふやしたいわけだけれど、どうしたらいいんだろうと話をしているとたまに

「オペラは素晴らしいんだから、残って当然なんだ」

とか

「いちど触れてもらえればクラシック音楽の価値は理解してもらえる」

とか

「わたしはあの前奏曲を聴くとワクワクしてきて、身体にエネルギーが満ち溢れる。音楽には力がある(だからたくさんの人もその魅力に気づいてくれるはずだ)」

みたいなことを言う人がいる。

うん、わかるよわかる。
ぼくもクラシック音楽やオペラが大好きだから、その価値はとてつもなく高いものだと思ってるし、聴けばワクワクもするしゾクゾクもする。

でも、そんなときぼくは少しだけ意地悪になるようにしている。

「え?それってほんと?いまの日本のクラシックやオペラ聴いて、楽しいってすぐ思える?ポケモンGOかプレステVRのほうが100億倍楽しくね?」

って、聞き返したりする。

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オペラやクラシック音楽は素晴らしいし、楽しいし、価値がある。

これは、それらを愛している、僕らの論理だ。

世間はそうは思っていない。というか、そう思っていたらコンサート会場にはすでに人が溢れている。

世間の大体の認識はこうだ。

オペラやクラシックは素晴らしい(けど退屈)

オペラやクラシックには価値がある(けど敷き居が高い)

オペラやクラシックは楽しい(なんてこと一度も思ったことないし帰って逃げ恥みよーっと)

ね。きっとこれが真実。

僕たちオペラやクラシックが好きな人はすでにコンサートへ足を運んでいる。

新たに動員したいのは、普段コンサートに来てない人たちだ。

だのに、その人たちへ「オペラやコンサートに来てください」と言うときに、こっちの理屈を押し付けてて、果たして彼らの行動は変わるだろうか。

「オペラやクラシック音楽はつまらない」というところから議論を始めないと、何も変わらないのだと思う。

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こういうことを言うと

「オペラやクラシック音楽は芸術だ。その崇高さを他の娯楽と同じ土俵で比べるな!」

とか言う人も出てくる。
その気持ち、よーくわかります。

でもね、現実問題そんな甘いこと言ってられない。

僕たちはね、"Twitter"や"VR"や"逃げ恥"や"君の名は。"や"ローストビーフ丼"と、消費者の可処分所得と可処分時間を奪い合わなきゃいけないんだ。

みんなが持ってるお金や時間は有限。この限られたパイをどれだけオペラやクラシック音楽に使ってもらえるのか、それが勝負。

多くの人は、スマホやテレビやグルメやフォトジェニックな体験にそのパイを使ってる。あるいは仕事。

オペラやクラシック音楽に興味がある人を増やしたいという作業は、僕らが望まなくても、InstagramやポケモンGOと競合を張るということになる。

なので、「オペラやクラシック音楽は芸術だから、その良さを伝え続ければ価値は理解してもらえる」という考え方は、申し訳ないけれど百害あって一利なしだ。

だからって、オペラやクラシック音楽の芸術性や崇高な価値を否定してないがしろにしたいわけではない。そういったものは、いままさにそれらに関わっている僕らが守護者として、ちゃんと後世に伝えていかなければならない。

でも、それと、次の時代でオペラやクラシック音楽を生き残らせるのとは、別の話だ。

うーん、別の話というか、別の考え方をもって臨まなきゃいけない話、だ。

次の時代のためにオペラやクラシック音楽のマーケティングやブランディングを最適化する、と言い換えてもいい。

絶対的にこの視点が必要なのだ。オペラ業界、クラシック音楽業界には。

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芸術が芸術だからって、勝手に評価されて保護される時代は終わった。

だからこそ、なにをすべきかを考えなければならない。

そのためには、いちど、オペラやクラシック音楽を愛する僕らがそうじゃない一般大衆の立場に立って、オペラやクラシック音楽の価値を疑うところからスタートしなくちゃいけない。

だから僕は、「オペラって本当にそんなに面白いか!!??」と、これからも議論をふっかけ続けていこうと思う。



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芸術を信じて疑わない人たちへ

山野 靖博(ぷりっつさん)

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コメント1件

そういうことって、伝統的な芸術だけでなく、他の分野でもかなり前から言われていますよね。そういう視点って大事だと思うのですが、特に日本だと例えば「このイケメンテノールに注目!」みたいな感じで間口は広がっても、そこから先、玄関の扉の向こう、部屋の奥に連れて行こうとしないんです。文学やスポーツなんかも然り。
なんというか、「一般大衆の立場に立とう」とすることが、「一般大衆の理解力・咀嚼力を信用しない」ことにつながっているような気がします。それがどんどん加速して、伝わってほしたかった魅力や本質から遠ざかっていくのが、音楽ファンとしてとても歯がゆいです。
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