アンサンブルの仕事

先日、演出家の藤倉梓さんのツイートが
ちょっとした話題になってました。

これね。

文字にも起こしておきましょう。

「アンサンブル」を「その他大勢」だと解釈している人が多いのだろうか?フランス語で「Ensemble」は「Together」と直訳される。一緒に、創る。自分を殺して他者を目立たせる、とか、誰かを支える、とかではない。仲間と一緒に創る。その素晴らしさを呼吸したくて舞台に立つのではないのか。


すげーわかる。マジでわかる。


もう一歩だけ考察を進めて、
アンサンブルという役割として舞台に乗るためには
どんな仕事をしなければいけないのか
僕の考えを書いてみたいと思います。

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アンサンブルが舞台で担う最大の役割は
「時代や場所や状況を創る」ということではないかなと思っています。

プリンシパルさんを立てるためのその他大勢ではなく、
物語の世界観に説得力を持たせるために
芝居や、歌や、踊りの技術を駆使して、
その場に「ひとりひとりが生きる」ことが重要です。

舞台とは、虚構の世界です。

がらんどうの舞台の上には、本当にがらんどうな空間しかありません。

そこに、演劇人たちは、
リノリウムを敷き、大道具を建て込み、装飾を施し、スモークを焚き、
照明を当て、衣装を身にまとい、小道具を用い、身体を使って、
まったく虚構の世界に、リアルな手触りと鼓動を与えようとします。

それぞれのセクションが、その虚構の世界にリアルな輪郭を与えるために
死に物狂いで仕事をします。そりゃもう、必死に。

俳優が担うのは、裏方さんたちが作ってくださった世界のなかに
「リアルに生きる」という役割です。

プリンシパルさんたちが演じる役は、物語の展開に対して
大きな影響を与える存在であることが多いです。
なので、描かれるのは、彼らの葛藤や心情の変化、
政治的主張、民族的思考、信仰、人間性、など
とてもパーソナルな部分です。

それは、セリフや、歌や、踊りといった、
明確な「アクション」として台本や楽譜によって要求されます。

けれど、アンサンブルキャストが担当する役には、
多くの場合、そういったパーソナルな要求はされません。
ひとりで喋るセリフがある割合は少ないですし、
歌も大勢のなかのひとりとして歌ったり、踊りも群舞だったり。
スポットライトで抜かれることなんて、ごくごく稀です。

では、そんな、一見舞台上では「目立たない」役たちには
戯曲上、どんな要求がされているのでしょうか。

その、求められていることこそがまさに、
「時代や場所や状況を創ること」なのだと思います。

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たとえば、アンサンブルとして参加した舞台にて
俳優が「群衆1」という役を与えられたとしましょう。

この時に俳優は、何を考えればいいのでしょうか。

「舞台の隙間を埋める、その他大勢なのだから
 その場に、衣装をつけて、メイクをして、立ってればいいな。
 どうせ、照明もロクにあたらないのだから。」

みたいなことを思っていたらいいのでしょうか?

いいえ。ぜったいに、違います。

「群衆1」という役が戯曲から求められているのは
その場面、その時代、その状況にあった人物として、
その場に生きること
、です。

7月革命後のパリ市民なのか
1960年代ブリルビルディングのミュージシャンなのか
維新前夜、京都に潜む薩摩藩の武士なのか

そういった大枠の時代、場所のなかで
その人物がどんな肩書きで、どんな人生をおくってきて
その場には何をしにきていて、これからどこへ行きたいのか。
気にかかっていることは何か、悩みはあるのか、
解決しなければいけない問題はあるのか。

そういった、僕たちが生きているのと同じような状態で
その舞台のその場面に生きる、そのことが必要なのです。

舞台上に立つすべての人間、いいえ、
その舞台に携わるすべての人間が、
その場面、そこに生きる人々の人生をリアルに信じるからこそ、
ただの板の間の空間に、リアルな虚構の世界が生まれるのです。


「自分はその他大勢だ」と思いながら生きる人はいません。

誰もがその当人にとって、切実な問題や悩みや夢を抱えて生きています。
仮に、「自分はその他大勢だ」という思いを抱きながら生きてたとしても
その思いは、当人にとっての、のっぴきならない切実な思いなはずです。

生きている人間が抱きしめている思いや、気持ちや、考えというのは
とっても「濃い」のです。
その「濃い」思いを抱きながら生きている人間というのは、
ただそこにいるだけで、周りに影響を与えるのです。

アンサンブルキャストが担うべき「群衆1」も、
そのように「濃い」思いや夢や願いや希望や絶望を抱いて生きている
僕たちと同じような、プリンシパルキャストが演じる役と同じような、
リアルな人間なはずなのです。

その場面を、時代を、ひとりの人間として、リアルに生き抜く。
アンサンブルとして作品にキャスティングされた俳優には、
そういう矜持が必要なのだと思います。

しかも、アンサンブルとして舞台に立つと、
いろんな場面に、別々の役で登場しなければいけない
みたいな香盤になることが多いです。
ってことは、そのすべての場面、すべての時代、すべての人物を
リアルに生きなきゃいけないってことです。

これって、言わずもがな、けっこう凄い技術が必要なんですよ。

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アンサンブルが素晴らしい舞台というのは、
その舞台の世界観が、より揺るぎないものになります。

観ているお客様が、舞台上の出来事を「心から信じることができる」のは
プリンシパルもアンサンブルキャストも、舞台上の全員が
リアルに色濃く、その場面や時代の空気感を描写しているからです。

そんな舞台に出会うと、僕は幸せな気分になります。

「ああ、舞台ってこうだよな」って胸が震えます。

僕も、そんな世界を作り出せるような俳優になりたいなと思います。
アンサンブルだろうがプリンシパルだろうが関係なく、
戯曲が求める世界を生きることができる俳優に。

あー、真面目になっちゃった。てへ。



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