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「俊寛さん」/川村毅


記事作成:2018年2月28日


2月27日に開催された、演出家 中原和樹主宰の、芝居の定期稽古のシーンスタディの題材でした。


2010年に上演された現代劇の台本ですが、「俊寛さん」と聞いてピン!と来る方はどれほどおられるでしょうか?

ピン!とこられた方の感性や、文学・日本の伝統芸能についての知識や興味関心、素敵だと思います。

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この作品は、能の「俊寛」から着想を得ています。

「俊寛さん」は「現代能楽集」というシリーズの中のひと品として書かれているので、やはりそのベースには「俊寛」という能の演目があるわけですね。

「俊寛」は平安全盛期の僧侶・俊寛が、同志の藤原成経(ふじわらのなりつね)、平康頼(たいらのやすより)と共に、島流しになるという状況が物語の核になっています。

平家打倒の陰謀を企てた、というのがその罪科なのですが、孤島での生活を送る3人の元に、清盛からの使いがやってきて、大赦の朗報を伝えます。

しかし赦免状にはなぜか成経と康頼の名しかなく、俊寛がひとり島に取り残される、という筋書きです。


「俊寛さん」も同様の状況設定を用いています。

舞台は島(能とおなじ鬼界ヶ島という名)、そこには俊寛と成経と康頼という名の3人がいます。

どうやら成経と康頼は罪を犯してここに流された模様。俊寛はふたりの前での告白によると「冤罪」でここにいるとのこと。

そして、この3人のところにも赦免師がやってきて、大赦を言い渡しますが、赦免状には成経と康頼の名しかなく、俊寛だけが島に取り残されます。

ここまでが、「俊寛」と「俊寛さん」の同じところ

けれど、違うところもたくさんあります。

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「俊寛」では水で宴会の真似をするが、「俊寛さん」には酒が出てくる。

「俊寛」では罪科が平家打倒の陰謀だが、「俊寛さん」では横領に社内不倫。

「俊寛」では都は京都だが、「俊寛さん」では東京。

「俊寛」ではみな都へ帰りたがっているが、「俊寛さん」では東京へは戻りたくない・戻る場所がないと言っている。

「俊寛」では謡の言葉で物語が進むが、「俊寛さん」では前半は古い言葉で台詞が進み、後半は現代の口調に変わる。

「俊寛」にはタコや海亀の卵が出てこないが、「俊寛さん」には出てくる。

「俊寛」の使いの名は明言されないが、「俊寛さん」の赦免師1の名前はロバートらしい。

「俊寛」の使いは持ってないが、「俊寛さん」の赦免師は拳銃を持っている。

「俊寛」では成経と康頼が島内を熊野三社に見立てて祈りを捧げたりしているが、「俊寛さん」では海亀の卵を見つけてその調理法で対立したりしている。


とまあ、細かくあげればキリがないのでこの辺にしておきますが、「流刑」「鬼界ヶ島」「大赦で帰れるふたりと、帰れない俊寛」という構造は共通しているけれど、ぜんぜん違うところもたくさんあるというのがわかります。

なぜ、こんなことになっているのでしょうか。

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先ほど、「俊寛さん」は「現代能楽集」というシリーズの中のひと品として書かれていると説明しましたが、「現代能楽集」と聞いて、さらにピン!ときた方はいますか?

ピン!ときた方。きっと文学やお芝居が大好きなのでしょう。一緒に飲みに行って、文学や芝居の話、したいですねぇ。

「現代能楽集」は、三島由紀夫による「近代能楽集」を強く意識して書かれていると想像できます。

1956年に出版された「近代能楽集」は、国内のみならず、海外での評価も高い重要な戯曲です。

「近代能楽集」も能の謡曲から着想を得、それを近代劇に翻案したもの。「卒塔婆小町」や「葵の上」「弱法師」なんかは近年でも上演されたりする人気の作品です。


三島が書いた「能楽集」が「近代」で、それに対して「現代能楽集」と名打つからには、劇作家としてかなりの気合いと覚悟を持って向き合われた仕事なんだろうなということが想像できます。


能の演目というのは可能な限り華美な装飾を取り払い、それゆえに香り立つ幽玄的な描写に魅力があります。

その描写は、風景や事象についてもですが、人間の心の不思議さや複雑さ、時間や空間といったものの多面性・多様性・奥深さ・広大さみたいなものにも及びます。

これは僕の考えですが、能のフォーマットによって表現される劇空間においては、そこで扱う心情や世界観が「宇宙的」であるからこそ、物事の本質的なエッセンスをその場にポンと置き据えることができるんじゃないかと思っています。

「近代能楽集」も「現代能楽集」も、能の表現形態によって焙り出された「人間の本質」や「宇宙の本質」といったものを核として抜き出し、それを「いま生きているところ」に配置することによって、

それとの関係性の中で「いま生きているところ」の実態がより浮き彫りになってくるという効果を狙い、書かれたのではないかなと思っています。

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さて、「俊寛さん」。

僕はこの戯曲、「俊寛」という能の下地を使って、現代の「リアルとインターネット」について書いた作品ではないかと思いました。

表面上だけ読めば

康頼 うまそうでござるな。
成経 玉子などたいそうひさしぶり。
康頼 目玉焼きでござるな。
成経 いやいや、半熟のゆで玉子にござる。
康頼 ソースをかけるでござる。
成経 いやいや、醤油にござる。

(「俊寛さん」川村毅/論創社『春独丸 俊寛さん 愛の鼓動』51〜52ページ)

みたいな、「古語体を使いながら話してる内容が現代」というねじれた表現を使っているので、コミカルに感じがちなんですが、その「コミカルさ」は遊びとしての側面と、「そう表現することによって生まれる必然性」の側面と、両方があるはずなのです。

また、俊寛さんの年齢が自分たちとほとんどかわらないということがわかった瞬間に、成経と康頼の言葉遣いが「ござる調」から、現代の若者ことばみたいに変化するポイントがあるのですが、ここも表面だけなぞるとただの「コミカル」に見えがち。

けれど、僕たちの生きている現代、そういうことって結構あるじゃないですか。

例えば大学。例えば会社とか、仕事先。

最初は社会的に丁寧な敬語を仰々しく使っていたのに、いざ同い年だってわかったらすぐに「なんだー!同い年なんだー!」みたいになる場面。

2010年あたりのネットだとそれが顕著だったんじゃないかという記憶があるのですが、はじめはネットスラング的に発達した敬語みたいなもので会話をしているのに、じっさいの年齢や趣味・興味に共通点が見つかると、途端に打ち砕けた話し方になる、とか。

「俊寛さん」の成経と康頼はそれぞれ、横領と社内不倫の罪で家庭にも会社にも帰れない思いをしてたり、そもそも東京には居場所がなかったりと嘆きます。

そして「鬼界ヶ島に骨を埋める覚悟でおります。」「流刑のみと言えども、この島は本当に楽しい」などと言います。

リアル(現実社会)で居場所がない人にも、インターネットは居場所を与えました。

匿名性が高く、リアルでの罪をなじられることもなく、楽しく、気軽で、安全な居場所を、インターネットは創出したのです。

インターネットの世界から、リアルな世界へ帰りたくない、と感じている人、いまでもたくさんいるのかもしれません。

僕が中学生だった15年ほど前に、「インターネットでのゲームにハマり、引きこもる若者」みたいなトピックが社会問題として取り上げられていた記憶があります。

その構図はそれからどんどん発達して、プロフ文化やSNSなどの普及で、リアルよりも快適で刺激的な居場所いう側面も持ちながら、インターネットは社会に組み込まれていきました。


「俊寛さん」では、鬼界ヶ島から連れ去られる成経と康頼は、「帰りたくないよお。」「船を戻してくれよお。」と嘆きながら海の向こうへと船で運ばれていきます。

「社会と断絶されているのに、そこから帰りたくない場所」とは、なんなのか。

これを僕は、「ある時期のインターネット」と読み解きました。




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