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グレートコメットの音楽や劇作の要素についての突っ込んだ話!(上級者編)


誠意稽古中であります。

「ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレートコメット・オブ・1812」

書きたいことは本当、山ほどあるんですが、そのなかには大人の事情で書いちゃいけないようなことも盛りだくさんなので、いまご紹介できる範囲で、いろいろ書いてみたいなと思います!


本作は、デイヴ・マロイによってスクリプトとスコアが書かれ、2012年に初演されました。最初は87席の劇場からスタートしたんですって。

そこからさまざまな劇場を経て、2016年にはブロードウェイのインペリアルシアターにて、ジョシュ・グローバンがピエールを演じる形で上演されています。

ちなみに、最初のオフブロードウェイでのプロダクションでピエール役を演じたのは、作者のデイヴ・マロイ本人だったようです。わお。


作品全体が「歌唱」によって成り立っている「Sung-through(日本で主に使われてるのは"ソングスルー"という表現)」のかたち。セリフが全部「歌」になってるってことです。日本でも「レ・ミゼラブル」や「ミスサイゴン」みたいな作品でおなじみの形式ですね。

「ソングスルー」の形式をとるからこそ、「あのシーン」が非常に引き立って強い意味を持つ、という効果があるので、これは素晴らしい選択だなと思います。


作者のデイヴ自身、本作を「エレクトロポップ・オペラ」と表現しているようです。

スコアはまさにその通り!!!!!!

トルストイの「戦争と平和」を原作としているところから、音楽的にもロシアの民族的旋律が多用されていたりしますが、

クラシックの現代音楽手法をはじめ印象派や国民楽派的な和声を多用した「オペラ」の側面や、EDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)の要素をふんだんに盛り込んだ「エレクトロ」なハウスやトランスっぽい感覚、

また、アメリカンミュージカルのベースのひとつでもあるスウィングジャズやニューオリンズジャズの香りを感じさせる楽曲もあったりと、音楽的にマジで多種多様!!!!

と書くと、「なんか難しそうだな・・・」と敬遠されちゃいそうなんですけど、「ポップ」と形容できるほどにキャッチーで、シンプルで、だからこそ心に染み入ってくるようなナンバーもあります。

ズバリ、「硬軟取り揃えましたっ!」って感じのスコアです。
ホントに僕好み。


今回、僕が重要だと思っている音楽的な要素は「クロマティックスケール」と「短二度の和音」、そして「ニ長調」といったものたち。

「クロマティックスケール」とは「半音階」ということ。半音で音が連なっていく音階のことです。特にこの作品においては「半音階の下降進行」っていうのがキーになるシーンがたくさんあって。

その「すっきりいかないかんじ」や「もったいぶったかんじ」が、劇中の登場人物たちの心理状態や関係性、はたまたそのシーンの"空気感"を鮮やかに描写しています。

「短二度の和音」っていうのは、半音で隣り合った音同士が、同時に鳴らされているっていうこと。例えば「ド」と「ド#」を同時に鳴らす、みたいな。

「不協和音」と呼ばれる類の音の響きになるため、歪んだ感じとか、過度な緊張感、攻撃性や不自然さを感じさせる効果を狙って選択されているんじゃないかなあ。単純に通り過ぎてはいけないモチーフだと、個人的には思ってる。

また、単に2つの半音同士が重なっているってだけじゃなく、コードの中でわざと「短二度」を含む和音を選択してたりもする。あるいは「長二度」の重なりを多用した和音を多用したり。

不協和音が生み出す「歪み」と、その「歪み」があるからこそ現れる「美しさ」みたいなものを、ものすごーく意図的にチョイスしてあるスコアだなって感じます。

おそらく、その根底には、「戦争と平和」というテキストが扱っている「人間の内面の複雑さ」と「複雑さゆえの美しさ」や、デイヴ・マロイ自身が持っている「人間観」が強く反映されているのではないでしょうか。

僕自身、「人間は醜く愚かだからこそ美しい」という価値観を強く持っているので、この作品のスコアが要求する人間表現には、とっても強く共感します。


さて、そんな「複雑で不協和」な音が作品を彩るわけですが、そういう音ばっかりじゃないんですよ。

ごくごくシンプルな響きや、あるいはとっても素朴なアレンジメント、あるいはベーシックなロシア民謡を彷彿とさせるメロディラインなんかも、本作品にとって、とっても魅力的な要素です。

特に、あらゆる事件が起こったあとに現れる「ニ長調の響き」は本当に美しい。

ピエールという人物はどうやら、「ニ長調」の響きによってキャラクタライズされているみたいです。


とまあ、随分と難しいことを書きましたが、そういう「専門的な視点」を楽しんでいただける方はぜひこういった点も楽しんでいただいて。

でも、「そんな難しいことはわからない!」っていう人でも、この作品の音楽が生み出す聴体験は、とっても素敵で楽しく、刺激的なものになること間違いなしです。

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あと、演劇的にも僕好みの要素が詰まっていて。

そもそもオリジナルのプロダクションが「Immersive Theater」という形式の劇場で上演されました。

「Immersive」ってのが、「没入する」といった意味で、「観客が劇空間に没入するような体験ができる」ような設計をしている劇場やプロダクションのことをこう呼ぶようです。

今回、日本のプロダクションでも「コメットシート」という舞台空間に作られた特別席を用意して、「Immersive」な体験を演出しようというコンセプトを掲げています。

じっさい、舞台の仮セットが稽古場に組まれていて、これがまあ凄まじい「没入具合」なわけですが、これがどんな風なものなのかはまだ、僕の口からは明かせないので・・・笑

公式からリリースされる情報を、ぜひぜひ楽しみにお待ちくださいませ。


また、スクリプト上でも「Immersive」な体験を演出するような工夫がされいて。

特徴的なのが「登場人物が三人称の語り口で言葉を放つ」という点。

例えば登場人物のAが、友人のBについて語るとき、これは確かに三人称になりますが、AがA自身の気持ちや様子を話すときには基本、一人称を用いますよね。

でもこの作品では、登場人物がその本人自身のことを描写するために三人称で語る、と言うような劇作法が取られているのです。これはとっても興味深い。

なぜそうなったのか、ということを解き明かしていくと、「デイヴ・マロイが小説「戦争と平和」からどのようにこの上演台本を作ったか」っていうところに行き着くみたいです。これはきっとどこかで公式に語られるんじゃないかな。

この手法によって、劇空間が頻繁に「収縮」する感覚があります。

よりメタな構造に拡大されたり、よりリアルでミクロな人間模様にフォーカスされたり。

同時に「Immersive」な劇空間の効果も相まって、「おいおい、第4の壁はいったいどこにあるんだい・・・!?」みたいなことになっています。笑

「第四の壁打ち破る系演劇」が僕は大好物だし、「メタ構造多用する系演劇」も大好物なので、本当に今回は大好物づくしなのです。あは。


ってことで、僕たちクリエイターの知的好奇心をバッキバキに刺激していくる「グレートコメット」という偉大な作品。

心を込めて、思いを馳せて、一所懸命に作っています。

みなさまにとって、エキサイティング且つヒーリングな観劇体験になりますように、という祈りを込めながら、あと1ヶ月とすこし、頑張っていきたいと思いますー!!!!



読んでくださってありがとうございました!サポートいただいたお金は、表現者として僕がパワーアップするためのいろいろに使わせていただきます。パフォーマンスで恩返しができますように。