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「ジャージーボーイズ」終演のご報告。


昨日、11月11日。

およそ2ヶ月に渡ってお届けしてきましたミュージカル「ジャージーボーイズ」が、無事に大千穐楽を迎えることができました。

改めて御報告と御礼を申し上げます。

会場に駆けつけてくださったみなさんも、劇場の外から応援をしてくださっていたみなさんも、本当にありがとうございました。


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僕にとって今回の「ジャージーボーイズ」再演は、発見の連続でした。

思い返せば2年前。

大学からずっとオペラの勉強をしていた僕が、初めて「ミュージカル」という舞台表現芸術に足を踏み入れるきっかけとなったのが、「ジャージーボーイズ」の初演でした。

当時は本当に右も左もわからなくって、芝居に緊張しちゃうし踊りもてんでダメだし、稽古場では"My mother's eyes"のあとにデカルロさんの椅子をハケるきっかけを落としまくったりと、

方々にたくさん迷惑をかけながら、がむしゃらに乗り越えた初演、というかんじ。

その初演の大千穐楽のカーテンコールで、あっきーさんの口から「再演が決定しましたー!」という爆弾発表があって。

何も知らされていなかった僕らは本当に驚いたし、その時点ではまだ再演に出られるかどうかも全く決まっていなかった。

けれどもその時から、こんな風に考えていたように思います。

もし再び、「ジャージーボーイズ」の舞台に立てるのならば、その日までの日々で得た経験や自分の蓄積を総動員して、初演よりもより良く作品に寄与できるようにしよう、と。

言い換えるならば、「これまで過ごしてきた2年の経験は、ジャージー再演の日を目標に積み上げてきたものだった」ということです。僕の中では。誇張ではなく。


自分がどこまでできたか、についてはは、満足いったところもあれば、もっとできたなと思うところもある。満足いってはいるけれども、もっと別のやり方もあったなと思うところもある。これは表現者としての思い。

でも、その僕のパフォーマンスが「実際のところどうだったのか」を決められるのは、見てくださったお客様だけです。

楽しんでいただけていたら、嬉しいなあ。

「山野、まだまだここが足りないぞ」という言葉も、真摯に受け止めます。



少し話が逸れたけれど。

だから、この2年、僕にとって「ジャージーボーイズの再演」が始まる瞬間は常に、「帰ることを夢見る場所」でもあると同時に「目指すべき目標」でもあったのです。

そして再演、旅公演を経たことにより、僕の中での「ジャージーボーイズ」という作品は、「帰るべき場所」という意味合いと、「まだまだ掴むことのできない目標」という意味合いを、より濃くしたような気がしています。

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おそらくみなさんもご存知の通り、初演から再演に楽譜や台本にはその根幹を変えるような大幅な変更はありませんでした。演出プランについても、核心部については全くぶれることなく継承されました。

にもかかわらず、ですよ。


今回の「ジャージーボーイズ」は稽古場でも本番でも、初演とはまったく違う世界、まったく違う風景を、どんどん見せてくれました。

台本からも、楽譜からも、まったく新しい景色が次から次へと立ち上がってくる。

それは、とってもセンセーショナルで、エキサイティングな体験でした。


ひとつ、新しいキャストが参加したからという要因もあったかもしれない。

もうひとつ、旅公演があったためにクリエとは違う会場を経験できたという要因もあったかもしれない。

でもきっと、それだけじゃないと思うんだよな。

これは、「たぶん」なんだけど。

きっと僕だけじゃなくって、初演から携わってきたキャストやスタッフがみーんな、ひとり残らず、「それぞれこの2年で培ってきたもの」を再演のステージの上に、「これでもか!!!」と注ぎ込んだからだと思う。


「あの人、2年前と同じことやってるよね」

って人が、本当にひとりもいなかった。

稽古場からして、それぞれがそれぞれに必死で考え、実践し、失敗し、改善し、さらなる最善策はないかと探し続けていた。

これって、本当にすごいことだと思う。

クリエイティブな現場のみならず、さまざまな仕事現場においても重要な姿勢だと思うけれど、この姿勢を全員が持っている現場って、じつはそう多くなかったりするでしょう?

だからある意味、この「ジャージーボーイズ」の現場は、ひとつの奇跡だと思います。


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今回の再演で得たものは、本当にたくさんあります。

特に、ハウスがご近所の阿部さんからはたくさんの貴重で的確なアドバイスをいただいたし。

飲み会の席やその帰り道で畠中さんと話した事柄は僕にとって宝物のようだし。

げきぴあさんでのインタビューの機会をくださった伊礼さんとは、その場以外でもたくさんお話をしたし。

Spiさんが「あそこのシーン、こうやりたいんだけど」って提案してくださったことも刺激的だったし。

っていうか、キャストのメンバーはそれぞれがそれぞれに飛び抜けた才能を持ったプロフェッショナルだから、ひとりひとりのパフォーマンスを見ながら「どこか盗めないか」っていつも考えていたし。

あー、地方で飲みながら聞いた島健さんのいろんな話も、本当に楽しくて幸せだったし。

藤田さんとも前回よりも率直に、お芝居のことを話せるようになったし。

同じ作品であっても、上演する土地、劇場、そこにいてくださるお客様の雰囲気が違うだけで、まったく異なる立ち上がり方をするってことを改めて実感できたし。

ずっと僕のことを「山野くん」って呼んでいた舞台監督のケータさんがある日とつぜん「ヤス」って呼んでくれるようになったのも嬉しかったし。

久留米の夜、飲みにいった店で演出部のクマさんと一緖になって、けっこう深い時間までオペラ談義・芝居談義をしたのも素晴らしかったし。

ヴォーカルデザインの福井小百合さんからは、これでもかこれでもかと新しくさらに高い要求をもらって、自分のなかでの「ヴォーカリング」に対する判断材料がより仔細に、繊細になったし。

そしてなによりあっきーさんこと中川晃教さんからは、本当にさまざまなことを学びました。

歌のこと。芝居のこと。生き方のこと。仕事をするということ。
みんなで作品をつくるということ。

そういうことを、あっきーさんは、背中でも、ご自身のパフォーマンスでも、そして何気ない会話の端々でも、僕たちに伝えてくれました。


何の因果かはわかんないんだけど、僕にとっての初ミュージカル「ジャージーボーイズ」も、その次の「ビューティフル」も、「TEHTH」も、「ジャージーコンサート」も、そして今回の「ジャージーボーイズ」も。

ずっとあっきーさんと一緖だったのです。

そして、来年も「銀河鉄道999」という舞台でご一緒させていただくわけで。

あっきーさんとの出会いは、僕の人生において、なにかすごい意味を持っているんじゃないかなって、そう思っています。

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さて。

これにてひとまず「ジャージーボーイズ」はおしまい。

本当に楽しく、刺激的で、ファンタスティックな日々でした。

いつも、客席に座ってくださって、ありがとうございました。

みなさまの拍手や、笑い声や、真剣な眼差し、涙、笑顔。

そのすべてにカンパニー一同、いつも支えられていました。

この作品を、愛してくださって、本当にありがとうございました。

できることならこれからも、この作品を愛し続けてくださったら嬉しく思います。

そして願わくば、またどこかでお会いできますように。


山野靖博




読んでくださってありがとうございました!サポートいただいたお金は、表現者として僕がパワーアップするためのいろいろに使わせていただきます。パフォーマンスで恩返しができますように。