見出し画像

研究余滴:価値循環のデザインをめぐる経営経済学史(2)

前回の続きです。

前回は、文字どおり〈経営経済学〉でしたが、今回はマネジメント、より正確にはビジネス・リーダーシップ(Unternehmungsführung)をめぐる議論へと移ります。

Unternehmungsführungをどう日本語に訳すのか、以前かなり悩みました。Führungは管理と訳されることが多いのですが、ドイツ人にとって嫌な記憶を想起させるFührerはリーダーとも訳せますが、とある特定の人物をもあらわしています。Führungは「まとめ、率いる」という意味合いを持っています。なので、〈企業統率〉という訳語を充てたこともあります(これは、私が最初ではありません)。ただ、ちょっと堅苦しいのみならず、現代的にはミスリーディングを招く危険性もあるように感じたりもします。そのため、ドイツ語を英語に置き換えるという、いささかカッコの悪いやり方ですが、最近は〈ビジネス・リーダーシップ〉という表現を充てています。これについては再考したいと思います。

シュミットによって提唱された企業用具説は、成果使用構想としての企業理念や企業政策にも焦点を当てていました。そのベースに企業用具説があるだけに、よく知られた戦略論とは趣を異にします。そういった議論の展開を明らかにするのが、今回のねらいです。

6.  politicsとしての企業政策:コンフリクトと企業目標体系

組織の目標が多様な関係者・参画者が個々に抱く動機の合成として導き出される(もちろん、単なる足し算で済む話ではありません)という発想は、バーナード(Barnard, C. I.)による組織論を基礎としたサイモン(Simon, H. A.)やサイアート(Cyert, R. M.)、マーチ(March, J. G.)らによって提唱された連合体モデルとして示されていました。企業用具説も連合体モデルの影響を色濃く受けています。

ただ、連合体モデルにしても、企業用具説にしても、生じるコンフリクトの問題を十分に受けとめきれるだけの理論的構成にはなっていませんでした。企業用具説はコンフリクトを正面から捉えようとはしていましたが。

ここに食らいついていったのが、シュミットのゼミナリストであるクリューガーであり、コジオールのゼミナリストであるドゥルーゴス、そしてドゥルーゴスのゼミナリストであるドロウたちです。

クリューガーとドゥルーゴス&ドロウのあいだには相互参照がきわめて少なく、いささか何かあったのかと思わしめるところもありますが、関心領域やアプローチは重なります。それは、利害コンフリクトの問題を社会学的に捉えたうえで、政治学の分析手法を用いて、その克服への可能性を問うたという点です。

正直を申して、このアプローチに私はすごく食指をそそられているわけではありません。ただ、企業政策が誰の利害要求によって方向づけられ、またかたちづくられるのかという問題は、きわめて重要でもあります。そういうのを意識していなくても、やはりポリティカルなプロセスは生じえます。

その点を意識して、企業政策(=目標や方針の体系・構想)を形成するというのは欠かせない視座です。それを含み込んで提唱されたのが、ブライヒャーの〈統合的マネジメント構想〉です。

7.  統合的マネジメント構想:社会システム理論と企業用具説の合流

タイトル写真にも掲げたブライヒャー(Bleicher, K.:1929-2017)の『統合的マネジメント構想』ら初版が1991年に出され、逝去の前年まで改訂がなされ続けた(最終版の公刊は没後)、ドイツ語圏の経営管理論 / ビジネス・リーダーシップ論のなかでも定番化した理論構想の一つです。

ブライヒャーはコジオールのもとで組織論の研究から始めました。年齢的にはシュミットとほぼ同年代です。クリューガーはもちろん、シュミーレヴィッチよりも年長です。コジオールのゼミナリストはまことに多く、領域も多岐にわたっています。ブライヒャーは組織構造をめぐる議論を出発点に、1970年代にはアングロサクソン系の理論の包摂や、社会システム理論による組織論や管理論の基礎づけにエネルギーを注いでいました。とりわけ、ドイツ語圏の経営学者のなかでもかなり早期にルーマン(Luhmann, N.)の学説を摂り入れていたのは興味深いところです。

さて、1970年代というのは世界的にみても“動揺の季節”であったようです。ドイツをはじめとするヨーロッパもまた同じで、第一次石油危機に由来する1974年から75年にかけての経済危機は、企業の縮小も含めた維持や発展の可能性を考えさせることになりました。

ちなみに、1976年に共同決定法が成立します。また、北欧ではこの時期に〈参加型デザイン〉の考え方が生まれてきたことも、視野に入れてよいように思います。

ブライヒャーも1979年に『企業発展と組織の形成』という単著を公にします。彼が〈企業発展〉という概念を本格的に用いはじめた嚆矢です。同時に、この文献では企業用具説が援用され、企業はステイクホルダーの用具であるというテーゼに立脚して、企業が発展するとはどのような事態であるのかについて論じられています。

ブライヒャーの企業発展概念は、その後、いくらかの変容をみせますが、「企業がステイクホルダーに対して提供する効用を創出しうるポテンシャルを(環境の変化に応じて)変化させること」という定義がこの文献では示されています。

その後、ブライヒャーはしばらくトップ・マネジメント機構の実証的研究に進みます。これが、企業体制論として結実します。

企業体制論とは、ドイツ語圏におけるコーポレート・ガバナンス論と考えてほぼ問題ないです。ただ、ヨーロッパ(というか、ドイツ語圏&北欧圏)に特徴的な労働者の経営参加、つまり共同決定(Mitbestimmung)の問題が前面に押し出されてくる点や、監督役会(Aufsichtsrat:監査役会とも)と執行役会(Vorstand:取締役会とも)のあいだの監督⇄執行関係の議論がなされる点など、アメリカやイギリスでのコーポレート・ガバナンス論とはちょっと異なる特徴もあります。ちなみに、体制とはVerfassungで、これは憲法という意味もあります。英語でいうとconstitutionです。つまり、〈基本的な構造枠組〉が問題となるわけです。

さらに、経営陣へのインタビューを“Zeitschrift für Organisation”の主筆として数多く重ねています。

その理論的体系化が1991年の『統合的マネジメント構想』なのです。前著では統合的マネジメント構想のなかの〈規範的マネジメント〉について考察しました。

↑いや、そんなに高くないです(笑)

統合的マネジメント構想について説明しだすと長くなりますので、かいつまんで。

まず、ブライヒャーはマネジメントという概念を、以下のように捉えます。

①システム志向的経営経済学 / マネジメント論(ウルリッヒ):経済的社会システムとしての企業の形成・統御・発展

②企業用具説的経営経済学(シュミット):ステイクホルダーの欲望 / 期待実現→ステイクホルダーへの効用提供

この2つのマネジメント理解を糾合する概念として、ルーマンの複合性(Komplexität)概念を援用して、「複合性の克服」という理解を示しています。

複合性とは、ある要素が取りうる関係性のことで、「ありうる状態」とイメージするとわかりやすいかもしれません。ルーマンは認識不可能なくらいに無限の複合性がある空間を〈世界〉と呼び、そのなかであるシステムが想定した“周辺世界”を〈環境〉と捉えます。環境の複合性は、そのシステム自身の複合性より大きいのが普通です。かといって、環境の複合性と同じだけの複合性をシステムが保有することはできません。となると、関係性を選び出すということをしなければなりません。その基礎にあるのが〈意味〉であるわけです。

ブライヒャー自身は、このあたりを深掘りしていないので、私の解釈も入りますが、この観点はひじょうに興味深いです。というのも、その企業がいかなる意思決定をおこなうのかというのは、その企業(のメンバー)によって共有されている(と信じられている)意味に依拠しているからです。実は、経済的合理性もまた企業によって理解が異なるのは、その根底にある意味(意味体系:Semantik)が異なるからです。

ブライヒャーは複合性の克服という概念を採りつつ、マネジメント(ビジネス・リーダーシップ)をめぐるさまざまな行為を考える際に、①と②の両面から考えるという姿勢を貫いています。

そこから、企業理念(Unternehmungsphilosophie)の議論に進んでいきます。ブライヒャーの議論はなかなか読み取りにくいところもあるのですが、いささかの解釈を加えて「企業の社会経済的存在意義を明示する言明」と規定しておきます。そこでは、企業がどのような自己認識を示すのかが問われます。これは、社会、より具体的にはさまざまなステイクホルダーとの関係性のなかでの自己認識であったり、組織としてのありようの自己認識であったりします。

この企業理念を基点にして、さまざまなマネジメント行為が体系的に描き出されます。

その際、2つの視軸が設定されます。水平軸と垂直軸です。統合的マネジメント構想は、以下のような図で示されます。

水平軸とは、マネジメントの諸行為を階層として貫いて見る視軸です。ここでは規範的マネジメント・戦略的マネジメント・業務的マネジメントという区分が設定されています。わかりやすく言えば、トップ、ミドル、ロアという区分をイメージしてもらってよいです。ブライヒャーは大企業を前提とした議論を展開しているので、中小企業の場合、これは当てはまりにくくなります。

そこで、私は以下のように整理しています。ちなみに、これはブライヒャーが別の論文で述べていることを敷衍したものなので、恣意的な解釈ではないはずです(笑)

規範的マネジメント:企業の社会経済的な存在意義の基礎づけ(根拠づけ)

戦略的マネジメント:事業の経済的な方向づけ

業務的マネジメント:現場業務の円滑な遂行の促進

規範的マネジメントでは、「なぜ、われわれは存在するのか」「何のために存在するのか」「何を大事にするのか」という問いが基軸にきます。戦略的マネジメントでは、それにもとづいて「いったいどんな事業をどのようにおこなっていくのか」が問われます。そして、業務的マネジメントでは、現場での仕事を効果的におこなうための促進方策が何かといった点が問われることになります。

ブライヒャーは、管理論・戦略論の伝統に即して、規範的マネジメントを上位に、業務的マネジメントを下位に置いているわけですが、ここは再考の余地があります。もちろん、規範的マネジメントは企業のトップ、あるいは率いていく役割を担う人が主として考え、実践していかなければなりません。けれども、現場で活動する人が規範的マネジメントについて考えてはならないのかというと、そうではないのです。また、トップが業務的マネジメントについて考えなくてよいのかというと、これまた違うわけです。

なので、私はこの区分をパースペクティブの範囲の違いと考えています。

これだけなら普通なんですが、ブライヒャーはもう一つの視軸、垂直軸を設定します。これは、感覚的にはわかりやすいのですが、言語化が難しい。以下に述べる活動・構造・行動のうち、活動が真ん中に位置づけられます。

活動:これからどんなことをしたいのか=行為期待

構造:活動を可能にする明文化されたルール体系

行動:メンバーによって共有された暗黙的(非明文的)なルール体系

一般的に“戦略”とかいう言葉で考えられているのは〈活動〉で、組織構造は〈構造〉、企業文化・組織文化などが〈行動〉にあたります。

これらの相互作用については古くから議論されてきたわけですが、ブライヒャーはマネジメントという営みを考える際に、それらがどう関係しあうのかについての枠組を提示しているのです。

先ほども書いたように、これは大企業を前提としています。中小企業(ベンチャー、スタートアップも含めて)の場合は、構造的側面についてそれほど考慮しなくていい局面もあるでしょう。ただ、企業活動が持続的なものとなってくると、自律的な組織にしていくとしても、その基本原則としての構造は存在します。構造というと、がんじがらめの印象を惹き起こしますが、必ずしもそうではない点、留意しておきたいところです。

ブライヒャーの統合的マネジメント構想は、企業のマネジメント / ビジネス・リーダーシップの営みを整理しながら考えるうえで有益であると私は考えています。とりわけ、彼がルーマンの社会システム理論を基礎に置いたことは、統合的マネジメント構想の図そのものからは見えてきませんが、重要な意義を持っています。

というのも、ブライヒャーは企業発展を実現していくうえで〈ポテンシャル〉〈ポジション〉という概念を用いているのですが、これはまさに環境との関係性、より具体的には企業に対するさまざまなステイクホルダーの期待との関係性によって、その企業がもつポテンシャルの有効性も変化し、また企業がどのような立ち位置=ポジションで活動すべきかも変化してくるという視座を提供してくれるからです。

加えて、オーストリア学派経済学で議論が展開されてきた企業者論との接合も可能になります。このあたりは、別途議論したいと思います。

私事ですが、大学院に進学する際(1998年の秋)、よりどころとなる文献を探している折、たまたまとあるドイツ語の教科書的文献にブライヒャーの統合的マネジメント構想が紹介されているのを師匠とともに発見し、師匠から「これ、図書館で探しておいで」って言われたのが、ブライヒャーとの最初の出会いでした。師匠は前の投稿で紹介したシュミットの『企業経済学』3巻本を翻訳され、その後、シュミーレヴィッチの企業体制論、さらにドイツにおけるコーポレート・ガバナンスについての研究を展開してはります。ここまでに書いてきたとおり、シュミット、シュミーレヴィッチ、ブライヒャーはコジオールのゼミナリステン(ゼミ出身者)です。偶然とはいえ、つながる学説に最初の段階で接しえたのは、私にとって今なお続く幸運の一つです。なので、ブライヒャーに関する叙述がべらぼうに長くなってしまいました(笑)

シュミットやブライヒャーの影響をうけつつ、同時に独自の企業組織論を展開したのがクリューガーです。次節で、彼の所説について簡単に見ておきたいと思います。

ただ、長くなったので、いったんここで切って、別投稿にします(笑)

8.  構造重視から過程重視、そしてネットワーク重視へ

ということで、これは次投稿に。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?