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Suns River Project

人生で体験する最大のイベントは間違いなく「産まれる」と「死ぬ」だと、僕は思う。

僕は産まれる方はもう体験してるけど、覚えてない。


ただ、赤ちゃんが泣いて産まれてくる事からすると、きっと恐ろしく過酷で、生死をかけた一大チャレンジだったんだと思う。

よくがんばった。


「死ぬ」はまだ体験した事がないけど、どうも明るい光を見るらしい。

死んだ僕のおばぁちゃんも、額のやや上の一点を見つめるように目を丸く開いて、

弱々しい口元だったけど「わぁっ」と最後の一息で小さく言ったような表情をしていた。


望まない環境に不安を抱えたまま一人で放り込まれるところも、

暗い道のりの先に眩しく輝く光を見るところも、

「死ぬ」と「産まれる」は、まるで同じイベントかのように似ている。


僕は「三途の川は泳いで渡る」って決めてるんだ。

僕という人間は、言わなくていい事を言い、やらなくてもいいジャンプをして、さんざん痛い目にあってうまく生きてこれなかった。

「準備不足だったんじゃないか」って僕は思うんだ。

「どう生きるのか」って事を「産まれた後の生」の中で考え始めたからなんじゃないかって。


水泳だって同じでしょ。

レース中にレースプランを練ってたら、そりゃ負けるでしょ。


「勝つための準備をして、勝てる状況を作ってからレースをする」から、

自分も周りも、練り尽くされたプランに引きずり込まれて、勝てる。

「大勝負の勝ち負けはレースで決まるんじゃなくて、レースの前にすでに決まってる」

それが普通でしょ。


勝負の醍醐味は、レースやレースの結果そのものにあるんじゃなくて、その背景、そこに至るまでのプロセスにあるのは、みんな知ってるじゃん。

「勝ち負けの偶然を、システマチックな仕掛けに落とし込んで、引き寄せる」

そこでしょ、醍醐味は。


僕は、生きていて生きにくいし、向かうべき先がよく見えなくて苦しいんだけど、不思議と後悔だけはないの。

後悔はないけど、同じ失敗はしたくない。

次のビックイベントには十分な準備をして、最高のパフォーマンスで挑みたい。


僕はその「目的」のために、「今」の「生」を泳ぐ。

「産」まれて、「生」きて、「死」ぬ。

これはそのためのプロジェクトなんだ。


平成大晦日  produced by yamato bear. 2019.04.30

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