走る 闘うはダサいか?~ジェフレディースの進化

ジェフレディースのチームコンセプトは「走る 闘う」である。私はかなり熱心なジェフレディースサポであるが、このキャッチは、いささか恥ずかしかった。自分の言葉で語るのは気が引けるので、ジェフレディースに在籍していた筏井りさ選手が浦和レッズレディース移籍後のインタビューを抜粋すると「サッカーで走る、闘うのは当たり前。ジェフレディースの強みは、走ることが自分たちの強みであると、信じていること」と揶揄とも聞こえる発言をした。同感だった。この陳腐なキャッチコピーは、オシムのボールも人も動き続けるサッカー、の影響で発案されたものと推察されるが、このキャッチで具体的にどんなサッカーか、想像できる人はいないだろう。少年サッカーチームでも、もっと気の利いたチームコンセプトを作っている。ということで、ジェフレディースは私にとってかけがえのない存在ではあるが、チームコンセプトには見て見ぬ振りをせざるを得ないものだった。

ここ数年、三上ジェフも藤井ジェフも442の守備専攻のシステムで、ボトムからビルトアップする戦術はあまり採用せず、サイドに蹴り主戦場とし、カウンターを受けやすい中央での攻防は避ける戦術。これはチームの個の力を考えると、最も妥当なものだった。その戦術で、三上ジェフはカップ戦に2年連続決勝に進み、初制覇を成し遂げ、藤井ジェフはリーグ戦過去最高位タイ、皇后杯準決勝進出と成果を出した。

その戦術に転機が訪れる。昨年の皇后杯で作陽高校にクリーンシート負け。ここからは推測だが、チーム戦術の攻撃比重を高めなければならないという、上層部からのミッションが課せられたのではないか?
藤井奈々監督は、標榜した守備で魅せるチームとは相容れないものであり辞任。レノファ山口のアカデミーディレクターだった猿澤真治氏招聘に至ることになる。

猿澤監督は金田喜稔や木村和司を排出した県立広島工業から大体大を卒業後、中学教員の傍らローカルのトレセン指導を経、ナショナルトレセン指導に加わる。JOCの派遣でフランスサッカー協会のフランスナショナルサッカー学院で一年アカデミーの指導スキルを学んだ。体育教師の雰囲気がいまだに残るが、サッカー指導では先進的な教育を受けてきた人である。またベンチでの振る舞いやインタビューでの発言から、秀でた人格者と感じる。

今シーズン、試行錯誤を経ながら出来上がったのが、343システムである。サイドの脆さに欠陥を抱えるこのシステムは、守備時両ウイングがサイドでのバトルを敢行しながら、DFラインに加わり5バックになるため両ウイングの運動量、デュエルの強さが求められる。そして、猿澤監督は過酷なタスクをサイドに求める。相手のサイドにボールが渡ると深い位置でもプレッシングを敢行。前に立つレベルでは不合格。すぐに猿澤監督の声が飛ぶ。ボールを奪いに行くほど強烈なプレスでなくてはダメ。そして外側レーンに深いボールを出されたら追うのはサイド。分かりやすく言うと、ハリルJAPANでの原口元気のサイドでの奮闘ぶり、あれをそのまま敢行させているのだ。右サイドの大熊環は中学時代からよく知っているが、先日は、彼女が試合中足つったのを初めて見た。ベレーザ戦は途中交代したが、もう疲労困憊、これ以上走れないという態でベンチに戻ってきた。
大熊環のその姿は「走る、闘う」を表象した生身の人間が現実にいることを示した。
左サイドの藤代真帆も中学時代から見ている選手。彼女はフィジカルも両足のキックも非凡であるが、上がると戻って来ないという悪癖がありこのシステムには一番不向きと思えたが、ベレーザ戦では、三浦成美をマッチアップで振り切りアシストを決める一方、小林里歌子とのマッチアップを買って出て、シャットアウトした。

そういう若手の姿はベテランにも伝播する。瀬戸口梢は素晴らしいキック精度を持つ選手であるが、守備強度が弱く、ボランチの適性に疑問があった。剥がされると二度追いしない淡白さも不満だった。猿澤監督の考えはわからないが、開幕戦はスタメンだったが次戦からはベンチ。数試合後、スタメンに戻ったキャプテンはボールを失ったら親の敵のように、味方と協同してボールを取り返しに行く相手に嫌な選手になっていた。

「走る、闘う」の象徴である成宮唯は、今やジェフレディースのトランジッションの核弾頭であり、攻守入れ替わりの場面では、彼女が必ず先頭に立つ。ボールを奪われ被カウンターの場面を潰した回数が一番多いのは、FWの成宮である。彼女も3年前、初めてサッカーの試合中に足をつった

サッカーとは、時間とスペースを奪い合うスポーツである、とバルセロナのシャビは言った。シャビに限らず、どんな指導者や選手でも、サッカーの戦術を説明する時、時間とスペースはメインテーマになる。ジェフレディースの新しいサッカーは相手から時間とスペースを奪うサッカーであることは、ベレーザ戦で実証された。強烈な前プレは、相手にプレーの選択をする時間を与えず、間合いをつめることで、プレーの選択肢を減らすことに成功した。課題は、自分たちの時間とスペースをどのように作り上げて行くか、更に少ない時間とスペースでプレーできるスキルを身に付けるか、目標がより具体的になった。レノファ山口で、猿澤監督が霜田監督の薫陶を受けたのは間違いないと思う。
今季、後半戦に失点が多く、逆転される、追いつかれる、ドローに持ち込めない試合が多かったのは、気候が大きかったと思う。これから、サッカーにふさわしい気候の中、戦術をますます洗練させて行く、ジェフレディースの躍進が楽しみである。課題は多いが今の成長スピードを持続して行けば未来は明るい。猿澤監督の試合中の指示を聞くと、シチュエーションでのポジション変更の約束ごとが非常に多く、頭を使う。人間は、頭を使う疲労度は身体疲労より負荷がずっと大きい。その負荷にも耐えうる頭脳に変化してきたのかと思う。

さて「走る、闘う」。今のジェフレディースの姿からは、「己の限界にチャレンジすること」と解釈できる。人はそれぞれ違うし、与えられた才能も異なる。だが、限界にチャレンジすることは誰でも平等に取り組める。ゴールもない。今まで見られなかった選手の姿に、そういう意識づけが浸透しているように感じる。そういう集団になれば、成長にも限界はない。最大の壁、ベレーザにクリーンシート勝利を納めたことは始まりに過ぎない。走る闘うを具現化する己のチャレンジは始まったばかりだ。失敗を恐れるな。恥をかくことを恐れるな。ジェフレディースを常に支持するサポーターがいることを忘れるな。ダサいチームスローガンも、取り組み次第で、こんなに美しく響くのだ。今の自分にとどまるな。サッカーは常に進化する。その進化の先頭に立つジェフレディースに成長して行こう。

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