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普遍的な美とは? (図解)

はじめに

こんにちは。多摩美の統合デザイン学科2年のやまかずです。
クリエイティブディレクター志望のデザイナーです。

どのようなものを人間は普遍的に美しい・面白い・心地良いを感じるのか?」を僕は美大に入ってからずっと考えていました。何故なら、僕は「数が正義!」だと考えるタイプなので、共感度の超高い、みんながウケるものを作りたいと考えているからです。
こういうことをずっと考えていたからか、2年生の最後(現在)には答えが出たので共有しようと思います。

まず答えを言うと、
共感性が高いと美が現れる。普遍的な美は究極のシンプルであり、誰にも嫌われないもの。その一方、共感性が低くなればなるほど、複雑で、より強大な美が現れる。と言うことがわかりました。

では、何故なのか具体的に理由を説明していきます。


 ※ 読む前の前提 
まず、お笑い、デザイン、音楽等は実は「人に快感をどのように与えるか」と言う点で根本は繋がっていて、やり方が違うだけ。なので、「面白い・感動・心地良い・ノリノリも、美」だということを理解しておいてください。


- 目次 -

普遍的な美とは?
 1.先天的な美
 2.万人に好かれるものって実はそんなに面白くない
 3.万人に好かれるものを追求する人々
 4.後天的な美の正体
これを知り、どう行動するか
 5.不易流行
 6.これから、美はより多様化する。
 7.真理(先天的な美)の見つけ方
 8.流行(後天的な美)の見つけ方
 9.あとは、自分の価値観に沿うだけ


1.先天的な美

まず、人間が快感を感じるパターンは二種類に分けられます。1つ目は「先天的に美しいと感じるもの」。2つ目は「後天的に美しいと感じるようになったもの」です。

まず、1つ目の「先天的に美しいと感じるもの」について説明していきます。
ダーウィンは美をこのように説明したそうです。

「美の体験というのも生存や繁殖に、最も適した選択を行うよう仕向けるために関心や魅惑やさらには執着までを引き起こし持続させる進化の手段であることがわかります。美というのは、言ってみれば自然が遠くから力を働かせる方法なのです。」 … 「だから進化は美しくするというトリックを使うのです・単に見ているだけで喜びを感じるような魅力を持たせるのです。」
引用元:TED 「美の進化論的起源」デニス・ダットン

例えば、人間は、甘いもの、脂質、タンパク質がものすごく好きですが、蛇や崖、暗闇を嫌います。何故このような好き嫌いが人間に備わっているのかというと、人間は生存するためにそれらに美・拒絶を感じるようなシステムを脳につけたというのです。人間にとって良かったことはいずれ美として記録され伝達されるんだと思います。パフォーマンスや、スキルも、それがあることでお金が得られて、食べ物が得られるということがあるので、そこに美を感じるように進化したんじゃないかと思います。

次から、2つ目の「後天的に美しいと感じるようになったもの」の正体について話していこうと思います。


2.万人に好かれるものって実はそんなに面白くない

これはよく言われる話です。実はこれが「後天的に美しいと感じるようになったもの」の正体を知るために重要なことなので説明します。
まず、これと同じようなことを言っている例を3つ紹介しましょう。1つ目は、「君の名は。」への漫画家の江川達也さんの批判です。

プロから見ると全然面白くないんですよ。作り手から見ると、作家性が薄くて売れる要素ばっかぶち込んでる、軽いライトな…」

(引用元:「プロから見ると全然面白くない」「売れる要素ばっか」 漫画家・江川達也氏が『君の名は。』批評で炎上 / livedoor news)

2つ目は、M-1グランプリ2019での立川志らく師匠のジャルジャルへの評価です。

「いや実は私ずっと見ていて、一つも笑えなかったんですよ。だけども、ものすごく面白かった。これがプロの芸人を笑わせる芸なのかなと感心して。
プロがゲラゲラ笑うようなのってのはそんな面白くない本当は。でも頭の中はめちゃくちゃ面白かった。」
(引用元:M-1グランプリ2019 決勝 ジャルジャルのジャッジシーン)

3つ目は、ダウンタウン松本人志さんは書籍「遺書」の一部です。

笑いなんて、百人中百人が笑うことは、ほんとうはそんなにおもしろいことではないのだ。 レベルの高い笑いが分かる人間の絶対数は、かなり少なく、そのパーセンテージは2,3パーセントぐらいだろう(もっと少なかったりして。)」
(引用元:「遺書」pp.9-10  松本人志)

僕は万人に好かれるものこそ正義で、それが一番面白いし、美しいと思っていました。でも、ある分野のトップにいる人たちがこのように言っているのでおそらく正しいんだと思いました。
でも、それがなぜなのか考えている時に、万人に好かれるものを人生で追求している人たちを見つけました。


3.万人に好かれるものを追求する人々

彼らのように本当に面白いものを追求したら、万人がウケるものにはならないと話す人がいる中、万人をターゲットにしている人たちがいます。そんな3人を紹介します。明石家さんまさん・Apple・深澤直人教授(うちの学科の先生なので!)です。

1つ目は明石家さんまさん。彼はある番組でこんな話をされていました。

「紳助と松本はシンカ―(変化球)で、俺は直球だ。シンカ―にこだわる人間は、その切れが落ちるのかなにかはわからないが、辞めていきよるな。結局直球を投げよる。」
「紳助、松本は変化球で攻めるのを諦め、直球を投げるようになった」
自分(さんま)は昔からずっと直球だけどな~

(引用元:明石家さんちゃんねる | 明石家さんま、千原ジュニア対談)

つまり、さんまさんはみんなを笑わせるということを哲学にしているんだと思うんです。そして、笑いはシンプルで分かりやすい

2つ目は、Appleです。Apple製品は、誰もが美しく感じられる普遍的な美を追求しています。そして、それはものすごくシンプルです。

イノベーションデザイン会社BtraxのCEOのBrandon K. Hillさんはシンプルなデザインについて次のように話しています。

トレンドを追いかけたデザインは時代と共に廃れ、ダサくなるが、基本に忠実に無駄を極力排除した洗練されたデザインは、何年経ってもその魅力が色あせる事は無い普遍的=タイムレスな存在であり続ける事が出来る。
世界的に有名なサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジが完成後70年以上経った今でも人々に愛されている理由は、機能性を追求し、装飾やギミックを極力廃したバランスの良いデザインの素晴らしさであろう。
(引用元:なぜデザインはシンプルな方が良いのか

3つ目は、深澤直人教授で、先生は世界をターゲットに、ものすごくシンプルで普遍的なプロダクトをデザインをされています。naotofukasawa.com)大学の授業でも、デザイナーは集合的無意識、普遍的な美を探しているという話をされていたことがあります。
そして先生は、Deign indabaのトークで次のように話されています。

「美は、人とモノと環境の関係の美しさのことをいう。どこにあっても美しい形などない。その状況や環境がそこにあるものが美しいと感じさせているのである。みんなが美しいというものは、みんなが同じようなコモンな場や環境や状況や行為や経験を共有しているから同様に美しいと感じられるのである。
(引用元:Naoto Fukusawa on why objects shouldn’t stand out too much / YouTube

つまり、「美しい」とは周囲のものとの関係性や、経験による共感性で生まれるものということなのです。

この3人を通して分かったと思うんですが、万人に好かれるものを目指した人々は、結局シンプルになっています。


4.後天的な美の正体

先ほどの深澤教授の話の中に、「みんなが同じようなコモンな場や環境や状況や行為や経験を共有しているから同様に美しいと感じられるのである。」と言う話があったと思うのですが、これが美の答えだと思うんです。例えば、Aさん、Bさんの二人がいて、ある程度共通するものがあります。共通する範囲で作らなければ誰にでもウケるもの、美しいものにはなりません。

つまり、普遍的な美は無個性に近づいていくため、シンプルであり、共感性が高いんです。そして1つ目で紹介した「先天的に美しいと感じるもの」がこれに含まれます。

そして、逆に複雑性を増していくと(個性的なデザインにしたり、コアなギャグを言うなど)、ある人には強力に美しいけど、ある人には美しくないと言う現象が起こります。「これが後天的に美しいと感じるようになったもの」であり、最も美しいものです。しかし、一人一人経験したものは違うので、共感性は低いです。

つまりどういうことかというと、共感できるものの量の多いほど美なんです。

一体なんで共感できるものの量が多いと美しいのか気になったので考えていると、自分の好きなものって過去に一番触れてるものなんですよね。赤ちゃんってまず何かに触れて、それに慣れたらその付近のことに触れていきます。段々最初に触れたものから興味範囲を広げていくんです。つまり、慣れ親しんだものが美なんだと思うんです。これは心理学の一つ、単純接触効果(ザイオンス効果)から考えれると思います。単純接触効果とは、何度も何度も会うだけで段々それが好きになるという効果です。これは、慣れ親しんだらそこに美が生まれるということの証明になっていると思います。

漫才の技術に「天丼」と言われるものがあります。同じものを何度もやればだんだん面白くなってくるというものです。これはまさになんども言うことで、慣れ親しんだからこそそこに美が生まれているんだと思います。


この共感性が積み重なると美になるという話の具体例を少しあげておきます。無印良品に「駅の時計」という商品があります。これは大学の授業で深澤先生が紹介されていたもので、駅の時計をモチーフにしているから良いということでした。当初僕は意味が分かりませんでしたが、今では、確かに他の時計と比べるとどこか愛着・美しさがあり、それはこれまでなんども体験してきたからかと納得しています。これが普遍的な美があるものです。


そして、逆に共通しにくいものを追求するとどうなるのでしょうか。そういう方を3人紹介しましょう。
水曜日のダウンタウン、チーム有吉、クイズタレント名鑑などを手掛けるプロデューサーの藤井健太郎さんは書籍でこのように話されています。

自分の「好き」と「面白い」を突き詰める。
周りの意見を聞いて、良い意見を取り入れることも必要ですが、好きなことにこだわることが一番大切だと思います。
...
「あそこは嫌い」とか「あれはやりすぎ」とかがきっとあると思います。でも、みんながそこそこ楽しめるモノと、誰かが強烈に面白がれるモノだったら、後者の方が好きなので仕方がないんです。
(引用元:「悪意とこだわりの演出術」pp.18-20  藤井健太郎 )

彼はこの考え方で番組を続けた結果、視聴率は低いけど、強烈なファンが常に付いている番組が沢山生まれました。僕はそのファンの一人です。

また、立川志らくさんはある番組でこのように話されていました。

多いから正しいというのは、民主主義だから確かにそうなんだけども、私が落語会をやって来るお客さんは1000~1500人ですよ、それでも落語界ではすごいけれども、AKBがコンサートをやればどれだけ集まるんだと、二つこう並べた時に、数だけで私はAKBの下に行かなくちゃいけないということになる。
...
10万人のバカに嫌われても、敬愛する一人の人間に愛されればこんな幸せな人生はない。
(引用元:「俺の持論」 2017年11月4日放送 立川志らく)

彼は好きな人が比較的少ない落語界にいますが、それが好きな人たちにはものすごく敬愛されています。

また、写真家の奥山由之さんと、落合陽一さんは、SENSORSでこのような話をされてます。

奥山「少人数に刺さる作品を作る」「対象人数が狭ければ狭いほど、多くの人に伝わる。」
落合「それポイントで、日本とかだとみんなマスメディアに結構のっているから、少人数に刺さると意外とみんなに刺さる。なんだけど、本当に少人数に刺さらないものは、ワールドワイドでもある程度刺さる。つまり人間ってある程度一緒なんですよね。意外と感情がダブっている領域っていうのがそこそこあってですね。そこを目指すのには、自分が偏愛するほど好きなものじゃないとクオリティ下がると思っていて、それはすごく同意。」
(引用元:SENSORS|落合陽一が悶絶する写真集…ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 1/5)

彼の場合は少し違っていて、自分の好きなものがおそらく全員が好きなものと重なっているからこそ、成功しているんだと思います。(才能があるということです。才能って趣向なので。)

奥山さんの場合少し違うと思うのですが、他の方は結局どうなってるかっていうと、少数の人の強烈なファンが出来ています。そして、普遍的ではない、強大な美を作っています。


4.不易流行

松尾芭蕉の言葉で、「不易流行」という言葉があります。日本大百科全書(小学館)には、次のように意味が書かれています。

「不易」は時代の新古を超越して普遍なるもの、「流行」はそのときどきに応じて変化してゆくものを意味するが、両者は本質的に対立するものではなく、真に「流行」を得ればおのずから「不易」を生じ、また真に「不易」に徹すればそのまま「流行」を生ずるものだと考えられている。俳諧の本質的な性格を静的(不易)・動的(流行)の二つの面から把握しようとしたものであるが、新しみを生命とする俳諧においては、その動的な性格ーー新しみを求めて変化を重ねてゆく流行性こそが、そのまま蕉風不易の本質を意味することになる。結局、「不易」と「流行」の根本は一つのものなのであり、芭蕉はそれを「風雅の誠(まこと)」とよんでいるのである。
(引用元:日本大百科全書(小学館))

ここの話でいうと、「ずっと変わらないこと」=真理、「常に変わること」=流行のどちらかを追求しても、結局どちらも追求することになるということです。

そんな「不易流行」を達成した人物を3人紹介します。
一人目は新海誠監督です。映画「君の名は。」を作った彼はインタビューで次のように話されています。

――新海監督の作品では『ほしのこえ』『秒速5センチメートル』など、離ればなれになった男女はそのままであるパターンが多かったと思います。『君の名は。』では、なぜハッピーエンドにしたんですか?

もちろん僕自身が年を取って変わった部分もあるとは思います。でも、やはり大震災が起きた2011年が、大きなきっかけだった気がします。2011年以前、僕たちは何となく「日本社会は、このまま続いていく」と思っていました。もちろん、人口が減って経済規模も縮小していくなど、少しずつ社会が衰退していく予感はあったとは思います。でも、さほど起伏のない「変わらない日常」がこの先ずっと続くんだという感覚がありました。

そういう世界で生きるためには、変わらない日常から意味を引き出すことが必要でした。コンビニでもいいし、遅れてしまう電車でもいい。些細なところから、生きていくために必要な慈しみや、豊かな意味を引き出していくことが重要だったように思います。

そういった空気感の中では「初恋の相手を再び獲得して幸せになった」という起伏のある物語よりは「初恋の相手を失っても生きていく」という、喪失から意味を引き出す生き様を、映画で描くことが必要だと僕は感じていました。でも2011年以降、その前提が崩れてしまったように思います。

町は、いつまでも町のままではない。いつかは無くなってしまう。劇中で瀧が入社面接で言った「東京だって、いつ消えてしまうか分からない」という台詞の通りです。そういう感覚の中で僕たちは生きるようになった。そこで描く物語は、今回のように決して諦めずに走っていき、最後に生を獲得する物語にしなければいけない気がしたんです。やっぱり2011年以前とは、みんなが求めるものが変わってきたような気がします。
(引用元:【3.11】『君の名は。』新海誠監督が語る 「2011年以前とは、みんなが求めるものが変わってきた」

新海誠監督の映画は、君の名はまでコアな人にしかウケないものでした。しかし、「君の名は。」で突然の大ヒット。その理由は、現代は一体何がハマるのか、そんな空気感を読み取って作った。つまり、流行に乗せたというのが要因の一つなんだと思います。アニメーションにおいて真理である風景の美しさ・動きや、「夢の中で出会う。」「男女が入れ替わる。」という日本文学伝統のモチーフという共感性の高いものを使うことで、真理+流行を達成しているんだと思います。

2人目はお笑い芸人の千鳥です。彼らは、業界人に聞いた使いたい芸人ランキング第2位。女子中高生が好きな芸人1位。彼らは昔は尖った風貌で、尖った芸をしていたという話をよく聞きます。

若手の頃は尖っており、自らも「イタい奴だった」と振り返っている。先輩のブラックマヨネーズが司会を務めるイベントに参加した際、吉田敬から「お前の格好汚いなぁ。俺みたいやんけ」と言われると、それを振りだと受け取らずに「あんたよりマシや」と言い返した。イベント終了後、楽屋で先輩からそのことに対して注意を受け、謝罪しようとブラックマヨネーズの楽屋の前まで行ったが「何やねん、あいつら!」という吉田の怒声が楽屋の外まで聞こえてきたため、そのまま引き返した。

(引用元:“TVでた蔵「2012年5月6日放送 ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!」”. ワイヤーアクション (2012年5月6日). 2015年4月1日閲覧。/ wikipedia
後藤は続けて「俺忘れもせえへん」と話し始め、大阪の劇場に出演していた時に「(千鳥が)むちゃくちゃガラ悪い漫才して」として「(舞台上で)『お前らガラ悪いのー』とか言うてたら、もうこんなや」と眉間にしわを寄せ、当時の大悟のリアクションを真似て見せた。
さらに、後藤は「こいつ(大悟)ボロッボロの靴履いてて。もう人前に出すようなんちゃうで」と振り返り、「『なんちゅう汚い靴履いてんねん!』って言ったら、こいつが『どこいじっとんじゃ』」と睨みをきかせてきたと話し、大悟の尖った時代を明かした。
(引用元:千鳥・大悟の尖った時代をフット後藤が暴露「殴りたい」

昔は笑顔を見せなかった。尖ったネタをやっていた。靴もボロボロ。自分の良いところ・悪いところをしっかり認識し、世間的に悪いところだけを消して、良いところ(方言)を流行になると捉えた上で漫才をしています。追求した結果、真理を手に入れ、彼らは売れたんだと思います。

三人目は、M-1グランプリ2019で優勝した霜降り明星。M-1でのネタはまさに流行+真理でした。扱う内容が「昔の共通する体験」「学校」「テレビCM、テレビ関連」のことを使っていて、ある程度の深みがあるのに共感性があると言う絶妙なバランスの漫才を作り上げています。だからこそ、全審査員・お客さんがウケるネタなんだと思います。また、最近の近代漫才(ツッコミの言語のバリエーションが多いもの・ほぼコント的な漫才)という、流行の真理を汲み取っています。

これら3つを見てもらうとわかったと思うのですが、全員真理と流行の二つを兼ね備えています。

本当に美しいものは、この間にあるものであって、そのバランスがすごく重要。そのバランスのちょうど良いところにあるものこそ、「流行+真理」を兼ね備えた超面白い、超美しい、超楽しいものなんだと思います。
なので、結局どちらを知ることも重要なんです。


6.これから、美はより多様化する。

これまでの時代はメディアがテレビだけだったので、ある程度そのあたりの重なるテーマを扱えば共感性がある美しいものを作れました。ですがこれからは違います。全員が自分の好きなメディア、コンテンツを選べる時代が来たので、これからどんどんと価値観が多様化していくと言われています。これを僕はアメリカ化だと思います。

昔、電波少年で松本人志さんがアメリカ人を笑わせにいくという企画がありました。そこで松本さんはアメリカ人の笑いの研究の結果、次の法則を導きました。

「65点というとものすごく手を抜いてやるっていう風にとらわれるんですけど、じゃなくて、100%65点の力で頑張らないといけないということなんですよ。」
(引用元:【SASUKE】電波少年的松本人志のアメリカ人を笑わしに行こう(完結編)

(そういえば、この企画内でもアメリカ人には笑いの技術「天丼」がウケていました。)

これはなぜかというと、アメリカは様々な人種の方がいるので、その価値観の違う人々のなかで大きな笑いを取るためには普遍的な笑いを完璧にやらなければいけなかったということです。

このようなことが日本でも起きるということは、これから段々ものすごく共感性の高いものと、さらにものすごく共感性の低く面白いものがどんどん出てくる時代だと思うんです。


7.真理(普遍的な美)の見つけ方

これまでの話を全て纏めると、
共感性が高いと美が現れる。普遍的な美は究極のシンプルであり、誰にも嫌われないもの。その一方、共感性が低くなればなるほど、より強大な美が現れる。でも、本当に美しいものはその間にあるバランスの良いものなので、どちらの美も理解しなければいけない。そして、そのバランスはこれから変わる。
ということです。
とはいっても、じゃあ真理ってどうやって見つけるの?流行ってどうやって見つけるの?って思うと思います。なので、まず普遍的な美・真理はどのように見つけるのかという話をします。

普遍的な美を見つけるには、「半径1mで自分が体験したこと、一体何を美しいとするのか、何を面白いとするのか、何を楽しいとしているのか、何をいやなものとしているのか。これらを常に拾っていき、精度を上げていく。」という方法が一番良いと思います。その理由を3人の話を引用し、紹介します。

1つ目は、大学の授業での話です。プロダクトデザイナーの小宮山 洋さんの授業があった時に、「人の根源的な欲求についてはどう考えていますか?」というような質問をしました、すると「日常的に、システム(プロトコル)とセットで、ビヘイビアー(行動)のところも考えている。半径1mくらいで自分の欲求を知るといい。」というような話を頂きました。

2つ目は、僕の所属してる統合デザイン学科には、有名なデザイナーの方々が作った統合10則というものがあります。その1つに、「分からないことは身体が知っている。」という言葉があります。また、デザインシンキングのなかで「人間中心設計(Human centered)」という考え方がありますが、これも結局人間にとってどういう価値があるのかという考え方です。

3つ目は、「ダウンタウンなう」で片山さつきさんとダウンタウンの二人の話です。

政治家の暴露話が続いたトークでは、片山氏がダウンタウンのふたりに「逆に聞きたいこともあるんですけど」「ずっとお笑い業界のトップクラスにおられるけど。やっぱり、世の中の流れを読めなければ面白くなれないじゃないですか。それって、何で読み取ってるんですか?」と尋ねた。

この問いに、松本はしばし考えて「僕は、世の中の笑いの流れは読まないようにしてますね。読んで読み切れるものでもないんで…」と答えた。浜田も「この人(松本)がネタ作りますけど。我々がやってた漫才って、流行ってるもののことって一切ないんです」「自分らがオモロイと思ってることをしゃべってるだけで」と補足した。

続けて浜田は「最近の子って、流行りのことをバンバン取り入れてやってるから。僕らの中では考えれない」といい、ジェネレーションギャップがあることも明かしていた。松本も、「多分、時代を意識しないほうが良いと思ってやってきたんでしょうね」と、自分たちの芸風を分析していた。
(引用元:松本人志 お笑い界のトップにいつづけられる理由を分析「流れを読まない」

つまり、ダウンタウンもまず流行などを取り除いた中で、自分たちが何が面白いのかっていうのを分析していた、つまり真理が何が追求していたんです。

このように業界のトップの方々が同じようなことを言っているので、これが真理を見つける方法なんだと思います。ただ、真理の中にも新しい真理というのがあり、それを見つけた人が革命家、天才だと崇められます。ダウンタウン、原研哉、落合陽一、佐藤可士和、アンディーウォーホル、マルセル・デュシャン、雪舟などのように、過去の真理ではなく、次の真理を考えられるともっとすごいんだと思います。これについては他のnoteで今後話します。


8.流行(後天的な美の見つけ方)

全員が共感する後天的な美とは、「流行」です。つまり流行を追うこと、最新のコンテンツを見続けることが重要です。そうじゃないと世間との感覚にだんだんズレが生じてきて、流行が受け入れられなくなると思います。若者と距離がある大人にならないように、振り落とされないようにしないといけません。人間は距離がありすぎるものには拒絶反応を起こすので。

ですが、見るだけではいけません。クリエイターは一般人の一歩先を行かなければいけません。一般人と同じ感覚で新しいものを作っても、結局先に考えていたクリエイターは既に作って世の中に公開しています。なので、次一体何がやってくるのか、もっと先のものは何なのかを掴まないといけないんです。そのために、歴史を勉強すると良いと思います。

例えば、グラフィックデザインの領域だと、ある程度予測することができます。例えば、下記の引用より、グランジ音楽が流行った時代にはその音楽の雰囲気、それを表現するものが増えたらしいです。つまり、表現は、その時代に生まれた流行っている他分野のことから影響を受けることが分かります。

ニルバーナやパールジャムなど多くのグランジ音楽がこの時代に生まれました。デザインでも同じで、マットで鈍った色を多用したリアリティを突き詰めたデザインがグランジデザインです。ぼやけて歪んだ写真を使い、手書き文字と不規則なフォントを使うことが多いです。
(引用元: Going retro: How to bring new creative life to your designs with retro design /  グラフィックデザインの歴史を120秒で振り返る

ということを踏まえると、最近流行なデザインとして、文字が選択されたような表現がかなり多いですが、この理由が分かります。パソコンというものがほとんどの人に普及して、このようなものを見慣れているから美しいので流行っているんだと思います。ですが、いずれは廃るでしょう。

こんな感じで、過去の歴史を勉強することで見つけ発見を応用すれば、次の次の新しいグラフィックデザインのトレンドも考えられる訳です。


9.あとは、自分の価値観に沿うだけ

このようなことがまず分かったら、自分がどうなりたいかっていうのを決めるだけと思います。「多くの人に感動を与えたい、価値を伝えたい。」or「自分が好きなことをやってたい。」のどっちが好きかです。

全員をターゲットにすることになるため、お金がいっぱい欲しい、政治的なことに関わりたい、出来ることをやりたい、革新的なことをやりたいという人は、真理+流行を見つけることが重要だと思います。

自分の好きなことをやりたい、個性的でありたいって人は、自分の好きなこと、「後天的な美」を追求すると良いと思います。(※ この場合、「自分の好きなものがみんなの好きなものと近い」という才能がないとお金があんまり稼げません。ただ、グローバルにやるとか、ある程度稼ぐ方法はあるので、やりようとタイミングによります。)

ちょうどもうすぐ大学3年生になるから不安なので、このようなことをずっと考えていたんですけど、僕は根本的に新しいこと、全員が好きなことが良いし、多くの人に感動を与えたいと思うので、真理+流行を探っていこうと思います。


あとがき

最後まで見ていただきありがとうございました!

僕は、多摩美術大学の統合デザイン学科という所で、横断的に様々な領域や、抽象的な概念、思考方法を学ぶ学生です。もしよかったら拙いですが、僕のポートフォリオとか、見てくれたら嬉しいです。

Web : yamakaz.work
Twitter : @Yamkaz

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