サークル棟に神さまが棲んでいる。P.037(連載小説)


四月下旬~五月上旬——サークル合同交流行事において (十四)


 昨日。
 私と淀八森八回生は、鏡桜会長の助力により、他の学生たちにばれないよう、丹羽鳥代表から貢ぎ物を頂きました。監視の行き届かない箇所を作ってもらい、その場所へ丹羽鳥代表を呼び出しました。
 大量のお餅をリュックサックごと貰い、それを淀八森八回生に背負わせました。八回生は両脚をぷるぷると震わせました。放っておいて、私は丹羽鳥代表に言いました。
「今日と、明日と、書道の練習に打ち込んで欲しいんです」
「練習を?」
 丹羽鳥代表は首を傾げました。ブタが気にするんですよ、と注釈を入れるわけにもいきませんので、私は「練習を」と重ねて頼むしかありません。
「おっけぃ。任しといてよ」
 快諾してくれた代表に、腰の折れ曲がっている淀八森八回生が言いました。
「ふ、普段通りにね。張り切らなくていいから」
「分かりました。張り切りません!」
 威勢の良い返事が示唆してましたけど、八回生の忠告は仇となってしまいました。
 悠々の部室にて、ブラインドの隙間から、共同の練習場の覗き見を行いました。使用したのは、野鳥観察集団ぴよぴよから譲ってもらったという、双眼鏡です。淀八森八回生がやると、単なる変態なので、私が練習風景を観察しました。
「どうだい、新苗さん。見えるかい?」
「はい、見えます」
「もし、見えないなら、何処かしらを支えてあげようか?」
「結構です」
 私は、近寄ってくる淀八森八回生をこまめに座布団で払いながら、様子を窺います。
 甚兵衛を羽織ったブタは、以前と変わらず、寝転んでいました。
「あのブタ、相変わらずやる気なさそうですよ。何でですか?」
「むう。丹羽鳥代表は、どうしている?」
 恐らく、床に膝をついて練習しているからでしょう、七階の悠々の部室から見下ろす形にはなっていますが、ちょっと、部員たちの姿が見えづらいです。
 しかし、しっかりと確認できたものがあります。
「くしゃくしゃの紙が、かなり散乱していますね……」
「何だって?」
 所々が墨で黒く染まっている白い半紙が、丸められて、何十個も転がっています。苦悶する昔の作家先生の書斎然としています。私が練習に参加させてもらったときは、こんなことはありませんでした。ちゃんとゴミ袋に捨てていました。なにより、練習が始まって二十分くらいしか経っていないのに、いくらなんでも、書き散らしすぎだ。
 ほどなくして、丹羽鳥代表の姿を捉えました。
 書いた作品を腕組みして見下ろし、それから、何の躊躇もなく丸めてしまいました。口が、「ふんがー」という風に動くのが分かりました。代表は、即座に次の紙を用意し、怒涛の勢いで書き上げ、また塵にしてしまいました。
 凄く張り切ってます。周りの部員らが頬を引き攣らせているほどです。
 英墨会の「運の生き物」は、丹羽鳥代表を一瞥だけして、鼻で笑っているようです。ぶふっと。機嫌が悪い、というよりも、態度の悪いブタです。
「しまったなぁ」淀八森八回生は顔をしかめました。
「どうしてですか?」
「あのブタは繊細なのだ。わざとらしい頑張りでは、喜ばせられない。見抜かれる」
 翌日、土曜日の練習でも同様でした。「普段通り、普段通りでっ」とメールで更に念押ししたのですが、逆効果。丹羽鳥代表は奮闘するばかりです。ブタは一向に機嫌を良くしてくれません。まあ、そもそも、練習を再開したのが唐突だという時点で、不利な状況なわけですが。しかしです。
 何で、そんなに空回りするのですか、丹羽鳥代表。
 憧れの先輩のためとは分かっていますけれど。
 淀八森八回生はうぬぬと唸り、難しい表情を浮かべました。
「あれを実行するしかないか……」
「えぇー……」
 私は心の底から、げんなりとしました。
 とはいえ、もう時間はない。私は、丹羽鳥代表の努力が報われない結末を望んではいません。淀八森八回生もね。鏡桜会長も。丹羽鳥代表、本人も。
 英墨会の練習が終わりました。今思えば、丹羽鳥代表が作品を丸めまくったのは、つまり上手く書けなかったせいでもあるでしょうから、それは、「運の生き物」であるブタの機嫌が悪いことも実は、関わっていたのかもしれません。可能性の話です。
 私は、再び鏡桜会長に頼んで監視の目を逸らしてもらい、淀八森八回生に命令して練習場のブタを、悠々の部室へと運ばせました。

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森川秀樹

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