情報リテラシー論 其ノ陸

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 「テレビなんか誰も見てなんかしないのさーーー日本では2018年にデジタル動画コンテンツの利用時間がTV利用時間を追い越している、十人いれば七人までは最新の情報をSNSやyoutubeで仕入れているーーー残りの三人のうち二人までがTVかな」

「・・・そして最後の一人が、こうして直接聞きにくる・・・のかな」

「いや、最後の一人は『聞いていない』。情報がこれだけ溢れかえっている今の社会だ、みんながみんな同じことを知っていると思いがちになってしまうのはまあ、わからなくはないが、直に来てまで情報を手に入れようなんて子は、十人いるうちの十一人目だ」

 その子の口調は、私以上にボーイッシュだ。

 声も低く、落ち着いていてーーーしかも喋るペースが妙に遅い。のんびり屋さん、というような可愛らしいものではなく、単に緩慢というかーーーこの言い方は悪口のようなニュアンスを含むのであまり使いたくはないが、しかし『トロい』という表現がぴったりくる。

 次の単語を待つのがじれったい。

 そんな速度だ。

 聞きなれている録音テープを、スローで再生しているような感じ。

「まあそういう直に質問をしなきゃ手にはいらない情報だって世の中にはたくさんある、聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥なんてよく言ったものだが、こないだの尖閣諸島での船舶の衝突なんかはTVよりyoutubeの動画の拡散の方が早かったーーーもはやマスコミすら越えるだけのポテンシャルがデジタルメディアには存在しているそんな時代にだ、人に聞くなんてことする子はいないさーーーもっとも」

 その子は言う。

 私をゆるく、睨むようにして。

「ーーーどうやら君はそうじゃないみたいだねえ、杵淵いちのさん」

 いきなり名前を呼ばれ、どきっとする。

 ただしこれは、『知らない人が自分の名前を知っていて驚いた』と言うわけではないーーー相手が摩訶不思議な力で、名乗ってもいない私の名前を知っていた、と言うことでもない。

「その通りだよ、神田彩実さん」

 私は言った。

 その子の名前を。

 するとその子はーーー神田は、初めてにっこりと笑って、

「覚えていてくれたんだ、嬉しい」

 と言った。