情報リテラシー 其ノ肆

001 (杵淵 いちの の場合)

 「あ、いちの先輩、ちーす、です」

・・・情報リテラシーを受けるために学校までの道のりを走っていた私の隣に横付けする、一台の自転車があった。

「おはよう、林檎ヲ剥イテ歩コフくん」

 私は走る速度を落とすことなく、隣の一年生、自転車通学の青年に、朝の挨拶をする。

 流石に自転車なので、労なく私に並走できるようだったーーーもっとも、私が全力疾走すれば、ママチャリぐらいならば置き去りにできる自信はあるけれど。

「速いですね、いちの先輩」

「そうでもない。多分遅刻ぎりぎりだ」

「違います違います違います。足が速いと言っているんです」

「ああ」

 頷いて、私は隣の青年を見る。

 今年の四月、長岡造形大学に入学してきた生徒で、その名も林檎ヲ剥イテ歩コフと言う。

 林檎。

 ・・・林檎くん?

 くん?

「あれ?林檎・・・くん。きみって、確か、女子生徒じゃなかったっけ?」

「? 何を言ってるんですか、いちの先輩。僕は昔から男の子ですよ。この世におぎゃあと生まれたときから、一瞬たりとも変わることなく、ずっと男の子です」

「そう・・・・・・だよな?」

「ええ。今世間でブーム真っ只中の男の娘というやつでもありません」

「いや、そこまでいうほどにはやってないぞ?」

 あくまで一部のブームだと思う。

 ただまあ、自分の知る範囲だけを世間だと思ってしまうのは、人間の性だ。インターネットやら何やらで世界が広がったように思えても、それは深くなるだけで広くなるわけではないということを忘れないと痛い目を見る。

 ・・・痛い目を見た。

 というか痛い人になってしまった、私は。

 なんだかなあ。

 こんな風に反省ばっかりしながら、私はずっと生きていくのだろうかと思うと、流石にうんざりする。

「ふうむ・・・、まあでも、確かに、林檎くんは男の子だったよ。すまんすまん、なんだか勘違いしていた」

「あはは。いいんじゃないですか、勘違いも、たまには。たった一度の過ちも許されないというのでは、人生は窮屈過ぎます」

「過ち、か」

 過ち。

 大きく腕を振りながら、ストライド走法で走る私は、林檎くんの言葉を知らず、繰り返す。

「人生なんて、過ちの連続だけどな」

「おや、これはこれはこんなに天気のいい日に、いちの先輩のそれとは言えない、とてもネガティブなお言葉をいただいてしまいましたね」

 林檎くんは自転車の上で首をかしげる。

 とても危険だ。

「そう言えば過ちという言葉は、『過去』の『過』っていう文字を書きますよね。それってつまり、過去というのはすべからく過ちであるということなんでしょうか?」

「・・・・・・」

 すべからくという言葉の使い方を間違えている、と言おうかと思ったけれど、やめておく。年下の人間の言葉尻を捕まえていい気になる先輩だと思われるのも嫌な話だ。

 「考えてみれば未来という言葉も、否定の接頭語である『未』が含まれていて『未だ来ず』と書きますし。人生って奴は過去も未来もネガティブなばかりなんでしょうか」

「林檎くん、何か話があるんだろう?そうでなければ君が私に声をかけてくるはずがないからな」

「おや」

 林檎くんは目をぱちくりさせる。

 やっぱりこの子は、どこかやや演出過剰のきらいがある。

「冷たいことを言いますね、いちの先輩。凍傷になるかと思いました。理由がなくちゃ、僕はあなたに話しかけちゃ駄目ですか?」

「うーん、どちらかと言うと、理由がある方が嫌だけどな」

「ははは、それはあったかい」

 笑って、林檎くんは本題に入る。

 さんざんもったいぶった挙句、本題に入るときは非常に出し抜けというのが、林檎くん独特の会話術だった。

「いちの先輩、インターネット利用者の半数が利用するSNSを知っていますか?」

インターネット?