メディアの話、その61。メディアの定義その1。シリンダー印刷機が「メディア」を定義した。

メディアって、そもそも、皆さんどんな意味で使っているだろうか?

取り急ぎ、広辞苑を引いてみる。一番新しい2018年1月12日第7版第1刷の広辞苑から。

メディア【media】(mediumの複数形)媒体。手段。特に、マスコミュニケーションの媒体。「マス・ー」

この後に、ーアート、ークラシー、ースクラム、ーミックス、ーリテラシー、の説明が続くが、大元の説明は以上である。わずか2語、4文字で終わりである。

媒体。手段。

ついでに、マスコミュニケーションは、というと、

マス・コミュニケーション【mass communication】 新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、映画などの媒体を通して行われる大衆への大量的な情報伝達。大衆伝達。大衆通報。マスコミ。

ほほう。

勉強になった。『広辞苑』の世界では、どうやらまだインターネットは普及していない模様である。そして、マスコミとは、「大衆」に伝えること、と定義しているのも面白い。

じゃあ、「媒体」をどう定義しているか。

媒体:媒介するもの。伝達の媒介となる手段。メディア。「広告ー」

なるほど、メディアと媒体の説明は、同じところをぐるぐる回っているだけの模様だ。

では、英和辞典を見てみよう。小学館のランダムハウス英和大辞典。2010年第2版10刷。

me-di-a    1 mediumの複数形   2マスメディア(広告)媒体。ラジオ、テレビ、新聞、雑誌などのようなマスコミの媒体。

ここまでは、ほとんど広辞苑とおんなじである。メディア=マスメディア。そして、インターネットについては、こちらの方でも全く触れていない。

ただし、興味深い情報が一つ、ランダムハウスの方には載っている。

mediaはdataと同様にもとはラテン語の複数形である。単数形のmediumは早い時期に中間的手段(intermediate means)、経路(cannel)という意味を持つようになり、2世紀前にまず新聞を指して用いられた。1920年代にはmediaは、時には複数形mediasを伴って単数扱いの集合名詞として現れはじめた。mediaの単数扱いは語法のガイドブックから批判を受けることがあるが、今ではマスコミや広告の分野で広く行われている。

メディア=マスメディアという用法は、19世紀の新聞を指すことからだったのか。

19世紀に、現在の「メディア」産業を、(マス)メディアと呼ぶようになったのは、なぜか?

理由は明白である。

「シリンダー印刷機」が19世紀に発明されたからである。

シリンダー印刷機とは、ロール状の紙を活字の上で転がし、回転しながらどんどん印刷を行うことで、新聞や雑誌や書籍などの大量印刷を可能にした印刷機のことである。そう、現在でも使われている輪転機による印刷のご先祖様が誕生したのが19世紀だったのだ。

「メディア」の歴史で最初の重要な発明は、何と言ってもグーテンベルグの活字の発明だ。1439年にブドウ絞り機を改造して、活字を組み合わせて自由に「版」を作り、大量印刷を行う、活版印刷の仕組みを作った。それまで写本に頼っていた書籍の製作が、一気に大量生産化へと向かったわけである。

が、真っ平らな版を用意して、活字を組みなおして印刷するのでは、やはり刷りぶすうにどうしても限界がある。

それから400年くらいの歳月を経て、蒸気機関の発明と連動して、輪転機式のシリンダー印刷が19世紀に登場した。代表的な発明者は、ドイツのケーニッヒ。ここで、平凡社百科辞典を今度は引用してみよう。


ケーニヒ【Friedrich König】1774‐1833
ドイツの技術者,印刷業者。ザクセンの生れ。バウアーAndreas Friedrich Bauerと協力,1811年蒸気機関と連動できる輪転式印刷機を発明,15世紀以来大きな変化のなかった印刷技術を革新した。17年バウアーと共同でビュルツブルクに印刷機製造工場を設立。高速輪転機の生産を行い,漸次大量生産に入りはじめた19世紀前半の新聞・出版業に,格好の生産手段を提供する。1813年イギリスの《タイムズ》がこのケーニヒの輪転機を買い(この機械で印刷を開始したのは1814年11月29日号から)日刊紙生産に大変化をひきおこすのが,そのことを象徴している。

上記の説明にもあるように、1813年にイギリスの新聞「タイムズ」が、ケーニッヒの輪転機を購入し、日刊紙を大量に印刷することを可能にした。

結果、「タイムズ」はそれまでとは桁違いの部数を誇るようになった。

タイムズが、印刷機の導入によって、大部数を獲得し、同時に高い広告収入を得て、その後の地位を気づいた流れは、「紀伊国屋書店」のこちらのレポートに詳しい。

「ヨーロッパを代表する高級新聞 ロンドン・タイムズ」(2015年11月)

蒸気駆動による輪転印刷機の導入で、タイムズの刷り部数は1時間250枚から1100枚へ。1827年には両面印刷で1時間4000枚まで向上した、とこのレポートにはある。

結果、タイムズは19世紀に半ばには、ロンドンの日刊紙のシェアの3/4を占めるに至ったという。

ランダムハウス英和辞典にあった、

メディアという単語が「2世紀前にまず新聞を指して用いられた」裏には、まさにこのタイムズ紙の輪転機導入に伴う、新聞大量印刷時代の到来があったという訳である。

余談だが、このレポートにはその続きがある。

高価な輪転印刷機の導入のコストを、タイムズは高額な広告費をクラアントからせしめることで埋め合わせたというのだ。

「印刷技術への高額投資を広告収入で回収」して、「経営基盤を確立」し、
「政府の補助金に頼る経営から脱却し、真に中立的な立場を獲得。」
「中立公正な立場から報道する姿勢を掲げた最初の新聞。」

このレポートによれば、それまでの新聞は政府の情報統制下にあった。

引用始め

電信が発明される前、海外ニュースの情報源は外国の新聞。
外国の新聞の流通は政府の統制下に。
各新聞社は対価を支払い、郵政省から翻訳記事を入手。
タイムズは、自前の特派員と翻訳家を抱え、
独自の情報網を構築。政府系の通信網さえ凌ぐように。

引用終わり

そして、官製媒体から脱却できて、ジャーナリズムの媒体となれるようになったのは、「広告収入」のおかげ、というのだ。

面白くないですか?

少なくとも私の子供の頃から、メディアのジャーナリズムの立場からすると、広告はもっぱら必要悪的な扱いだった。本当は企業に魂を売りたくないけど、ビジネスのためならしょうがない。でも、本当はないに越したことはない。とまあ、ジャーナリズムは基本的に広告が嫌いであった。インターネットの時代になり、編集コンテンツと広告コンテンツの区別がつきにくくなり、ステマ広告やなんちゃって記事広告が増えると、広告収入で稼いでいるインターネットメディアの現状とは裏腹に、広告悪者論はますます幅を効かせるようになった。

ところが、まさに最初に(マス)メディアという言葉の、恐らくは代名詞となったタイムズ紙が世界トップクラスのジャーナリズムの拠り所、イギリスを代表する高級紙となったのは、「政府」の手から離れ、民間のお金=「広告」収入で運営されるようになったからだった、というのだ。

面白いでしょう。

まず、「メディア」という概念を作ったのは、大量印刷を可能にするシリンダー式輪転機の発明だったこと。つまり、科学技術が「メディア」という概念を作ったわけである。逆にいえば、大量にたくさんの人に共有されることのない新聞や雑誌は、「メディア」という名を冠されることはなかった、とも言える。

そして、時の権力から解き放たれて自由に表現できる「ジャーナリズム」を産んだのは、なんと「広告収入」だった、という事実。「広告」が入っていると「ジャーナリズム」は成立しない、という議論はいまもよく聞かれるが、広告収入を得て、政府の官報に頼らずに紙面を作ることが可能になったからこそ、タイムズ紙はジャーナリズムの牙城になり得た、というのだ。

ちなみに、この紀伊国屋書店のレポートも、実は「自社宣伝」である。タイムズのデジタルアーカイブ商品「The Times Digital Archive」の、このレポートは自主「企画広告」なんですね。

というわけで、なんと辞典を引いていたら、「メディア」の用法のスタート地点と、「ジャーナリズム」のスタート地点が、おんなじ場所にあって、しかも、それを成立させたのが印刷技術と広告収入にある、ということがわかってしまった。

もし、「違うぞ!」という話があったら、教えてください。

ただし、わたしが考える「メディア」は、今回の説明とは、またちょっと異なる。

なので。

続きます。



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yanabo

ムシ。国道16号線。三浦半島。鶴見川。御蔵島。カレー。パウンドケーキ。コスタリカのオオキノコムシ。オオ=大といっても1センチちょっと。

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メディアの話を、します。
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