メディアの話、その65。「のん」というマスメディア。

NHKの朝ドラ「あまちゃん」というもっともメジャーなテレビドラマから飛び出して、瞬時に国民的な女優(アイドル、じゃなくて、やはり女優)となった能年玲奈さんは、その後、いったん、一番巨大な「テレビ」というマスメディアから姿を消す。

2016年、「のん」と改名して、再びメディアで見かけるようになる。ただし、「テレビ」を除いて。「テレビ」という舞台がないと、「女優」業を続けるのは、難しい。

けれども、彼女はアニメ映画「この世界の片隅に」の主演声優を務め、同映画を唯一無比の傑作に昇華させた。

2017年夏。「のん」さんは、ミュージシャンになった。

東京葛西臨海公園で開かれたライブイベント「ワールドハピネス」では、「この世界の片隅に」の音楽を担当したコトリンゴさんのライブに登場、コトリンゴさんのピアノをバックに、主題歌である「悲しくてやりきれない」を8月の青い空に向かって歌い上げ、オーラスで、主催者の高橋幸宏さんのコーナーで、鈴木慶一さんや高野寛さんらの演奏をバックに、恐竜の尻尾をフリフリ、かのサディスティックミカバンドの名曲「Time Machineにお願い」をシャウトした。その後、高野寛さん作詞作曲の「スーパーヒーローになりたい」でCDデビュー。様々な広告でも、再び「のん」さんを見かける機会が増えて行く。

ただし、東京の地上波テレビ局を除き。

マスメディアの雄であるテレビにおいて、コンテンツとなるには、通常、しかるべき所に所属している必要がある。「のん」さんは、そのラインから外れた。テレビというマスメディアで顔を見ることがなくなった。テレビに関しては、出ることができない「一般人」と同じポジションになった。

「のん」さんは、一般の人と同じように、インターネット上で、自分をメディアにしていった。結果、大ヒット映画の主演声優となり、メジャーミュージシャンと共演し、マスメディアでの仕事も徐々に復活した。テレビを除いて。

「のん」さんの活躍は、メディアというのは、本質的には、1人の人間であること。その1人のメディアとしての人間が、なんらかの「拡張手段」を持つことで、「マスメディア」あるいは「マスメディアのコンテンツ」になることを、明確に教えてくれる。

かつて、この「拡張手段」を使えること自体が、特権的であった。テレビに出る、というのがいかに特権的であったか。

けれども、インターネットという世界を網羅するメディア・プラットフォームが登場すると、それまで個別のプラットフォームで動いていたメディアコンテンツは、それぞれのプラットフォームを離れて、インターネット上を自由に行き来できるようになった。テレビ、映画、書籍、雑誌、新聞、ラジオ。インターネットでアクセスできない分野はない。

プラットフォームとしてのメディアであるインターネットが、「のん」さんというメディアコンテンツを「普通の女性」に戻させなかった。プラットフォームの支配にこだわると、コンテンツは囲い込めないから、むしろ大海へ泳ぎだしてしまう。

なんとメディア的な快挙であるか。

続きます。


https://telling.asahi.com/article/11463677





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