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黒い腕。

1973年、
父親の転勤で、
茅ヶ崎から名古屋に転校した。
街のど真ん中。

近所に
名古屋市立大学医学部と大学病院があった。

そこには
大きなお化け屋敷があった。

比喩じゃなくて
ほんもの。

戦前の
3階建の大学病院が、名古屋大空襲を
受けたまま、建物だけ残っていたのだ。

窓ガラスがせんぶ破れていて。
壁にはヒビがみしみしいっていて。

ウェブで探したら戦前の写真が残ってた。

たぶんこの建物。

で、今考えるとすごい話だけど
空襲にあって、焼け残った
病院棟が、とりこわしにもあわず、
大学と大学病院の隣に
そのまま、むき出しのまま
ぽんと残されていたのだ。

柵もなし。警備員もなし。

ほんとにそのまま残っていた。

「あそこは、お化けがでるらしい」

小4のともだちの間で、噂がたったのは、74年の初夏。

「じゃあ、探検するか」

私たちは決死隊をつくって、
探検することにした。

小学生の男子がぞろぞろと大学に入り込み、
焼け落ちた廃墟に列をなして
入っていく。

ほぼドリフ。

だれがとめてやれ。

とめないんですね、だれも。
それが昭和である。

大学病院の屋外通路には
ブルーのおおきなゴミバケツがおいてあって、
こっそり開けてみた。

脳みそがぎっしり入っていた。

記憶違いか。

でも、いまでもはっきり覚えている。

ブルーのゴミバケツにうかぶたくさんの脳みそ。

そっと閉じて、
私たちは、
廃墟へと向かった。

まわりは薄いガラスがぱりぱり割れ落ちていて
歩くたびに、
ずっくのゴム底にささるのであった。

「ここで転んだら、毒が入って死ぬな」
「死ぬ死ぬ」

私たちは
とりあえず屋上をめざした。
奥にはいるのはこわかったからである。

ぱりぱりとガラスを踏みながら
階段を上っていくと
途中にホルマリン入りのガラス瓶が
ころがっている。

なんだかわからない器官が
ホルマリンの中に浮いている。

「持って帰って宝にするか」
「でも、ひとの体かもしれない」
「それ、まずいね」

私たちはそっと階段の脇に瓶を置いて、
屋上をめざした。

屋上は初夏の青空がひろがっていた。
74年の名古屋の街中に
高いビルはなかった。

街中だけど全部、青空。

もちろん柵なんかない。

私たちは、バカ男子なので、当然
階下が見えるぎりぎりまで
寄って下を見る。

白衣の医者だの看護婦だのがうろうろしている。

「落ちたら死ぬな」
「死ぬ死ぬ」

 どうも、医学部だの病院だのは
「死にそうな気がスル」場所なのであった。

 わりとあっけなく屋上を制覇したので、私たちはそそくさと
 1階に降りたのち、
 今度はいよいよ、フロアの奥を探検することにした。

 薄暗い廊下沿いに部屋が並んでいる。
 大学側を向いた、部屋の窓には、
 ぼろぼろになったカーテンが
 ついていて、風にゆられて、木陰がくっきり浮いている。

 私たちは、とりあえず、
 いちばん奥までタッチして帰ることにした。

 勇士の基本である。
 
 廊下のどん詰まりまで来て、
 私たちは、広い部屋に入った。
 おそらく、医学部の実験部屋のようなところ。
 窓についたカーテンが
 ひらりひらり。

 いちばん奥に
 青い小さなバケツが
 机の上にぽんと乗っている。

 すごく場違いな青いバケツ。

 バケツには、
 真っ黒な棒がつっこまれていた。
 先がふさふさと分かれている。

 ブラシかなにか。

 私たちは、青いバケツに近づいた。

 ふさふさと分かれているのはブラシの先じゃなかった。
 
 細長く折れ曲がった5本の枝。
 
 枝じゃない。

 指だ。

 棒じゃない。腕だ。

 黒く見えたのは、皮膚だ。

 人の腕が1本、ミイラになって
 青いバケツにつっこまれていた。

 「っ」

 私たちは声にならない声をあげて、
 走り出した。
 
 うしろから
 黒い腕がおいかけてくる。

 長い長い本当に長い廊下を抜け
 ホールを曲がり、外に出た。

 2日後、
 この廃墟は立ち入り禁止となった。

 私たちが
 「腕が落ちてた!」と騒いでたのを親が聞きつけ、
 どういうルートかわからないが
 地元新聞のネタになり、
 大学はあっというまにほったらかしだった
 廃墟をクローズしてしまったのだ。

 あの黒い腕は
 どこにいったのだろう。

 昨日、ひさしぶりに黒い腕のことを思い出した。

 1974年は
 1945年から、ほぼ30年後。

 つまり、あの廃墟は
 名古屋の街のど真ん中、大学と大学病院の隣で、
 30年近く
 ほったらかしにされていた。

 2011年3月11日から5年たった。

 1945年から5年後だと1950年だ。
 昭和でいえば、昭和25年。
 
 5年というのは、なんというか、そのくらいの時間だ。

 5年は昔じゃない。昨日みたいなもんだ。
 
 インターネットの世界だと
 新しいビジネスが生まれて、ブレイクして、
 衰退するのに十分な時間だけど。
 
 リアルな世界の5年は、2011年も1945年も
 たぶんたいして変わっていない。

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