メディアの話、その57。空っぽな器としての「編集」という仕事。

30年間、サラリーマンとして「編集」という仕事をしてきた。

雑誌の「編集」に始まり、書籍の「編集」、ウェブメディアの「編集」、そして広告企画やイベントの「編集」。ビジネス雑誌、物流雑誌、2冊で終わった旅行ビジネス雑誌、教育関係のムック、経営者の本、雑誌の特集をまとめた本、起業家の本、美術の本、芸能人の本、ジャーナリストの本、教育の本、ムシの本、進化生物学の本、大学改革の本、教養の本、ウェブメディアの連載、時計の広告、化学メーカーの広告、国際機関の広告、援助機関の広告、自動車メーカーの広告、総合商社の広告、農耕機メーカーの広告、大学の広告……。

サラリーマンとして「編集」の仕事をする、というのはどういうことか。

それは「投げられた球は全部打つ」「仕事は選ばない、じゃない、選べない」「瞬時に、玄人になる(ふりをする)」ということである。

ゆえに、次の「編集」の仕事が来た瞬間、「前」の「編集」の仕事の中身は、いったんすべて忘れる。忘れないひともいるかもしれないけど、私の脳みその容量はあんまり大きくないので、いったん忘れる。でないと、次の編集の仕事ができなかった。ふたたび同じジャンルの仕事がきたときには、自分の脳みそのどっかにひっかかっているわずかながらの情報をサルベージして、「あ、こんな感じだったかな」となんとなく感覚を思い出し、さも「いやあ前から知ってますよ」てな顔をして、「編集」をする。

その繰り返し、である。

じゃあ、「編集」者としての自分に何かが溜まっているか。溜まっていない。「空っぽ」である。自分に溜まったのは、「コンテンツ」ではなく、「作法」だけである。「投げられた球は全部打つ」「仕事は選ばない、じゃない、選べない」「瞬時に、玄人になる(ふりをする)」というサラリーマン編集者の「作法」だけである。

それぞれの編集した書籍や記事や広告に込められた著者の方や取材対象の方や広告主の方々がアウトプットしてくださった素晴らしい「智」や「経験」というのは、編集者である私の血や肉になっているか。はなはだ怪しいのであった。

「編集」という仕事を通じて、あるジャンルのオーソリティとなる方々はたくさんいらっしゃる。私の尊敬する編集者にも、そんな「専門家」がたくさんいらっしゃる。

ただ、私の場合、まったくもってその逆であった。「空っぽの器」のまま、編集という仕事をしてきた。

こういう「編集」者が、多数派なのか少数派なのか、統計データがあるわけじゃないので、私にはよくわからない。「経営」の本を作り続けても、経営のことはこれっぽっちもわかっていないし、「商社」の広告を作り続けても、「商社」のことなら俺に任せておけ、というわけでもない。ネットで仕事はしてきたが、ネット広告の専門用語はいまだに自分の中で咀嚼できていない始末である。

編集者としての私自身は「空っぽ」である。

でも、ここであえてちゃんと記しておくと、私自身は「空っぽ」だけど、私が担当させていただいた著者やクライアントや記者の方々は、私自身が言うまでもなく、この人は「オンリーワン」である、「かけがえのないひと」である、という方々ばかりである。そんな「かけがえのないひと」が、「かけがえのないコンテンツ」を、記事や、書籍や、広告のかたちでアウトプットしてくださった。おかげで、30年間「編集」の仕事ができた。

私個人のケースにすぎないかもしれないけれど、「編集」という仕事は、あんがい「空っぽ」であることが、大切だったような気もする。

私自身が「空っぽ」だったから、さまざまな分野のメディアで、さまざまな分野の方々と、さまざまな種類のコンテンツを世に出すことができた。そんな気がする。私自身が「専門家」や「玄人」や「旗色鮮明なオーソリティ」だったら、さまざまな分野で無節操に「編集」の仕事をさせていただけることはなかったかもしれない。

メディアというのは、入力情報と出力情報の間にいる中間媒体である。

コンテンツは入力情報であり、中間媒体に入って、なんらかの「編集」をほどこされて、出力情報のときには別のコンテンツに変化する。「編集」は、空っぽのまま、入力時と出力時のコンテンツの「変化」をお手伝いする。

「空っぽ」であると同時に、「好奇心」は常に全方位。そう、「空っぽ」な編集者に必要なのは、全方位の無節操な「好奇心」である。黎明期のメディアは、常に全方位であった。そのときは、「空っぽ」でありながら「好奇心」マックスの編集者が暗躍したのではないか。

空っぽな編集者の自己弁護のようだけど。
続きます。





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yanabo

ムシ。国道16号線。三浦半島。鶴見川。御蔵島。カレー。パウンドケーキ。コスタリカのオオキノコムシ。オオ=大といっても1センチちょっと。

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