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あだち充『H2』ネーム完全解剖    第23巻


二年の夏の甲子園は明和第一が優勝して幕を閉じた。2回戦で負傷した比呂はしようことなしの夏休みを迎える。
比呂、春華、ひかり、英雄、木根、小山内の恋、恋心が絡み合う。

第4話 海と比呂に、
素晴らしい構成である。
場所は一貫して海。だが厳密な三幕構成になっている。
舞台を一貫することで、場面転換のエネルギーを読者に求めない。読者も集中しやすい。あだちさんはここぞという時は場面転換を避けるようにしている。

本回はあだちさんの技が炸裂している。 あだちさんの得意技「語らず伝える」である(「語らず伝える」はボクの言い方で、あだちさんはそういう表現はしていない)。
あだちさんは落語好きだそうだが、落語には「考え落ち」という終わり方がある。最後の言葉が笑えるのではなく、その言葉の背景に考え至ったとき笑える。そういうタイプの話。情報の95%くらいを読者に伝え、残りの5%を客に推測して貰のだ。客の知性への信頼、自分の情報コントロール能力への信頼がないとできない。『長命』『千両みかん』などがそれに当たる。筋立てはロジカルだが演者の語りが理屈っぽくなっては落語にならない。難物である。
あだちさんの「語らず伝える」は、これと同じ手法。ここまで情報を出せば、読者はこう判断してくれるはず…という信頼を前提に成り立っている技。しかしここでは情報は全体の85%くらいしか語られていない。15%の情報欠けがあると、含みの多い内容になる。例えばP68の
「今の
 わたしにとって
 一番大事な人……」
読者はこのあとに語られていない言葉「だけど」以下をつい想像してしまう。
またその後の
「確認よ。」
を聞くと「ああ、そこまで気持ちが揺れているのか」と感じ入ってしまう。一緒にいる比呂の言葉まで複雑なニュアンスが潜んでいるように感じられる。
こうしてP65からP71は第二幕は、全ての言葉に別の意味が潜んでいるような緊張感のある場面にできあがっている。
このネームができた時、百戦錬磨のあだちさんも高揚したんではないだろうか。全巻を通して屈指の名場面である。

第三幕はその緊張感から解放されている(とはいえ次回をみると一筋縄ではない構成だ)。最後の写真の絵は夢のように素晴らしい。


第5話 くわっ
ゆるやかな四幕構成

第1幕 P77~80
第2幕 P81~82
第3幕 P83~92
第4幕 P93~94

第1幕と第4幕が呼応している。
優れて技巧的なのが第1幕。扉絵を除くと人物は二コマしか出てこない。残りは自動車、町並み、家などいわゆる背景で埋められている。にもかかわらず、ここで話は急展開を迎えているのが読者にはわかる。
何故こう言う事ができるか?
本回でいきなり全て仕掛けたわけではなく、本巻の第1話からこつこつ積み重ねてきたからだ。
登場人物にピンチが近づいている。観客はそれを知っている。しかし、当の登場人物は気がついていない。
これがサスペンスの盛り上げ方であると映画監督のA・ヒッチコックは『映画論』の中で語っている。ここではまさにその手法が使われている

本回の扉は実際の話には出てこない春華。幻である証拠に髪などにベタが使われていない。


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