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第9巻

この巻は全体の中では幕間的なニュアンスをもつ。一年生のお終いから二年生へと移り変わる時期。ライバルである橘英雄の凄さとヒール・広田の存在感を前半で強調。途中から主舞台の千川と比呂に話を戻している。あだち充は目先を変えて力を抜くのが上手い。
前のめりの展開にしたい時は主人公一辺倒にするといい。同じ高校野球漫画のちばあきお『プレイボール』と比較すると分かりやすい。

第6話 おそい!
比呂と春華のデートの話。正確にはデートの待ち合わせの話(デートそのものの話は以前している)。
緩やかな四部構成。
P95~P99 起
P100~P105 承
P106~P110 転
P111~P112 結

承と転の境目はあまりはっきりしない。ここでは家の外にいるか中にいるかで分けてみた。P108から転とみることもできる。
本回は春華の可愛らしさ、それに惹かれていく比呂のお話。
春華は男性の妄想を結実させたような女の子で、その点ではあだちヒロインの中でも傑出している。あまりに男性の妄想通りなのでお人形さんのような生気のない存在である。しかし25巻辺りで三善が出てきて比呂に感情のもつれが起こり、春華の感情ももつれてくると活き活きしてくる。

あだち漫画の人間関係は、図式化するとわかりやすいが、毎作ほぼ同じである。

こう言う反復の利点はなにかというと

1 編集や読者へのクオリティの保証になる
2 経験値が増えて質の向上をさせやすい

マイナス点は

飽きられる

である。


第8話 橘くんの彼女よ
長期連載のあだち作品は毎回、扉ページを含む冒頭3~4ページにストーリーらしいストーリーをおかない。「読者が集中するまでのロスタイム」と割り切ってるようだ。この回もスカート、脚、股間(パンツ)、ボールだけで2ページ目が終了。3ページ目はどうやらボールを投げたらしい女の子の後ろ姿…とまたも脚と股間(パンツ)。
4ページ目に入ってようやくここがどこで(橘英雄の高校明和第一の野球部練習場)、この女の子が誰か(新マネージャーの小山内美保)わかる。あだちさんらしい悠揚迫らない出だし。
全体は緩やかな三幕構成。
P131~P138 小山内美保登場
P139~P143 雨宮ひかり登場
P144~P148 美保対ひかり
連載を長く続けると厳密な三幕構成にならない時がでてきてもいい。三幕構成の分量の割合は原則であってルールではないからだ。
そしてそういう時でもミッドポイントはきちんと作るべきだ。そうすると際だった話しのない回でもドラマチックになる。本回で言えば、ひかりが現れるタイミング。ジャスト真ん中。我が物顔で振る舞い英雄に露骨に言い寄る美保の前に立ちはだかる、という印象がハッキリする。
本回のもう一点の工夫はP148の比呂の姿。ひかりの回想だが直前P147の英雄の「毎日キャッチボールの相手をしてた」を受けてのものでもある。一回も出て来なかったにもかかわらずこの漫画をコントロールしているのが誰か、読者にハッキリわからせている。
つまりこの時の構成の仕方は
1 全体のエピソードの、大体の割り振りを決める
2 ミッドポイントに何が来るかしっかり抑える
3 締めにどういうエピソード、絵を持ってくるか決める
長さの決まっていない描き下ろし小説などと違ってページ数が厳格にあるから、これくらい大まかに決めてもネーム制作はできる。初学者にはお勧めしない。

美保-ひかりのキャッチボール、比呂の回想は先に行ってもう一度現れる。同じエピソードを全く違う背景で使う素晴らしい手本になっている。


第9話 こらこら
春華の回である。
善良で心細やか、それでいて主張すべき事は主張する強さもある。でもおっちょこちょい。
そういう春華のキャラクタをどう表現するか、の回である。

物語はストーリーの練度だけで面白くなるわけではない。
キャラクタの描写こそが物語を面白くすると言っていい。
キャラクタの描写を考える時、三つ、抑えておくべき点がある。

①外見
外見にはさらに二つのポイントがあって
ⅰ 本人が世間に見せたいと望む外見
ⅱ 世間が見ている外見
言いかえるとⅰは夢とか希望、ⅱは実際の姿だ。この二つのずれがキャラクタにストレスを抱かせ、そのストレスを解消する動きがストーリーになっていく。例を挙げよう。
ⅰ 母親を邪険に扱った父親と親子げんかをして勝つ自分でいたい
ⅱ その父親は地上最強の生物。無理だろう。
板垣恵介さんの『刃牙』サーガはⅰとⅱのずれから生まれるストレスを克服するための長い物語である。
このストレスが大きいほど壮大な物語になる。小ぶりな物語はこのストレスが小さい。

②中味
①ーⅰが何故生まれたのか。欲望の根っこや動機になったものごと。

③言動
上の①②が表われている言動。

『H2』では、ひかりに比べると春華はお人形のように生気がない期間が長い。あだちさんはさすがに③はぬかりない。しかし①のⅰとⅱのずれがなかった。ずれによるストレスがないのであまり活き活きとしないのだ。一方のひかりはどの項目についても明確なので、理解しやすく生気を感じる。

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