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善事も一言、悪事も一言 capter3 『ロイヤル酒阪家』4

 これまでの見世物と同じように縄張りの奥に鎮座した彼女を一瞥し、すぐにそれが島で見た黒目がちの女の子の成長した姿だと気づいた。相変わらずその瞳には夜の海のような何もかも捨てて飛び込みたくなる何かがあった。侏儒が言った「気色悪さ」とはこのことだろう。たしかに気色悪さと捉えることも可能だが、和夫にはそう思えなかった。初めて見た時から和夫はそんな容易い言葉で言い表せない感情を催していた。前の夢ではそれが何なのか判らなかった。しかし、いまこの場で彼女を見ると理解出来た。一瞬にして十全と。自分は彼女と共にあらねばならぬ。彼女の瞳のなかに感じる夜の海は開陳された自分の運命だ。何もかも捨てて飛び込まねばならぬ。そんなふうに夢の中らしく諸々の過程を吹っ飛ばした結論に到った。

 和夫の心を見透かしたように節子が言う。

「行きましょう」

 もしかすると「生きましょう」と言ったのかもしれない。和夫にはそのどちらにもとれた。彼は黙って頷く。すると節子は立ち上がる。和夫は縄張りを越えようとする節子に手を貸してやる。成り行きで触れた手の感触には夢とは思えぬ生生しさがあった。

 テントを出ようとする二人の前に火吹き女と侏儒が立ちはだかったが、すぐさま節子に味方する見世物たちがやってくる。侏儒は鏡女の四本の手によって両手足の自由を奪われ、しばらく逃れようと抵抗していたが、無駄だと悟ったのか、わーわーと泣き始めてしまい、火吹き女も鋼鉄の男に「二度と商売の出来ない身体にしてやるぞ」とその鋼鉄の指をチラつかせて脅されると泡を食ってしまった。いつもは従順な見世物たちのクーデターの前に彼らの政権をあっけなく転覆した。

 見世物たちは節子に別れを告げ、恐ろしさに肩を寄せあって震えていた火吹き女と侏儒を優しく言い聞かせながら奥に消えてゆく。最後まで見送ってくれた鳥女もテントの帳の前まで来ると「世界が違うから」と節子に別れを告げた。

 和夫は節子の手を引いて賑やかな参道に向かった。

 二人が飛び出た参道は人の流れがやや疎らになっていた。二人はその間を縫うように通り抜ける。この夢ももう終わりだ、という感覚が和夫にはあった。鳥女の美しい歌声が祭りの喧噪を貫いて聞こえてくる。


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