見出し画像

菅原道真「山田天満宮」に💰金神社💰「御嶽神社」【尾張シリーズ】

 太宰府より尾張に、教育・学問・出世を願い江戸時代に勧請した。そして、金神社もオススメのよう。

金神社のある山田天満宮は入り口(鳥居)が2ヶ所あります。写真は山田天満宮の鳥居ですが、こちらの方が幅員の広い道路に面しているので目につきやすいかもしれません。
山田天満宮は江戸時代前半の徳川4代将軍家綱公の治世に、当時の尾張藩主・徳川光友公が建立しました。名古屋城から見ると鬼門(北西)にあたり、領民からすべての災難を取り除く八方守護の神としても祈願されています。


変更履歴

▼HP

▼アクセス

愛知県名古屋市北区山田町3-25

▼祭神・本尊と脇時


▼見どころ

 山田天満宮、金神社、御嶽神社の3社で構成されている。

→境内、手水舎

→山田天満宮

由緒(公式HP)
文教の祖神として、世の崇敬厚き山田天満宮は、贈太政大臣正一位菅原道真公の御神霊を奉祀する神社です。寛文12年(西暦1672年)四代将軍徳川家綱公が、教育・学問を広く世に広めるため、文教の政治を奨励しました。
当時尾張の国藩主徳川光友公は、家綱公の文教政治を重視し、文教の太祖と仰がれ、その生涯を通じて、垂範され「和魂・漢方・至誠・愛燐」人生の根本義の大道を示された贈太政大臣正一位菅原道真公の御神霊を太宰府(太宰府天満宮)より尾張の国並に、尾張藩の教育学問並び道真公の出世に肖るための祖神としてお迎えし、当宮の地尾張の国春日井郡山田の郷に、文教・出世・厄除祈願宮として奉祀し、尾張藩主を始め、藩士領民挙って朝夕当宮に、教育・学問の上達、開運出世、厄除を祈願遥拝致しました。
 更に、光友公は、山田の郷の領民の守護神として御神霊を御鎮座お祀りしたのです。また当宮は、尾張藩(名古屋城)の鬼門の方位に位置するため、領民の「地相・家相・方位・日柄・厄除」等に由来する一切の災禍を除く八方守護神として祈願されています。 折から頻発した悪疫・天災・地変に際し、ご霊験大いにあらわれ山田天神信仰が庶民の間に広がり、崇敬者、日に月に多く繁栄を極め、学問の上達・開運出世・諸願成就・悪事災難除と御神徳は実に広大無辺にあらせ給います。
尚、国道19号線矢田川に架かる橋を『天神橋』と称していますが、この橋名は、当宮の御神威を敬仰致し、交通吉方安全を祈願し、当宮の社名を仰ぎ名付けたものです。

公式HP

やはり撫で牛ですね。

 本殿左です。

 本殿右の社務所に行き、御朱印をいただく!

→金神社

 山田天満宮内にある「金神社(こがねじんじゃ)」は、東海地方では数少ない「銭洗い」ができる神社です。1746年に庶民の商売繁盛や福徳円満、金運招来に街道往来の無事を願うために奉祀された。
 祭神は恵比寿神と大国主命、さらに日本神話の古事記や日本書紀に登場する金山彦神(カナヤマヒコノカミ)と往来の無事を祈り病気や災害を防いでくれる岐神(フナトノカミ)。「銭洗い」では恵比寿神とオオクニヌシが相手をしてくれます。

 祭神は恵比須神、大国主命(大黒天)、金山彦神、岐神(クナド)と出雲のようだ。ということで、恵比須はコトシロヌシか??

 左にはおかげ参りに来られた方々の奉納品と、神仏習合の名残で恵比須=コトシロヌシかヒルコ、大黒天=オクニヌシの像が祀られている。水をかけて、銭を清めます!

→御嶽神社

 金神社横。御祭神は国常立尊、オオクニヌシの別名・大己貴命、スクナヒコである。

→よりそい石

 これはクナドなんじゃないかな・・。金神社と御嶽神社の右です。

→クスノキから仏像!?

→こがね稲荷社、

→よりそい石

▼オマケ動画

 なんじゃこれ?と思っていたが、結構、しっかりした説明をしているんですよね。


▼旅行記

▼セットで行くところ

▼仏像展


#やんまあ
#やんまあ旅行記
#やんまあ神社仏閣
#神社仏閣
#神社
#磐座
#東海美仏散歩

#愛知
#名古屋市
#名古屋市北区
#菅原道真
#山田天満宮
#金神社
#御嶽神社
#尾張シリーズ
#名古屋シリーズ
#太宰府
#尾張
#山田天満宮
#徳川光友
#愛知
#名古屋市北区
#菅原道真
#徳川家綱
#太宰府天満宮
#恵比須神
#大国主命
#大黒天
#金山彦神
#岐神
#クナド
#御嶽神社
#国常立尊
#大己貴命
#スクナヒコ
#よりそい石
#こがね稲荷社
#天満宮
#菅原道真

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?