一行の小説には、「生きる」ための言葉が詰まっている。

「あなたの一番好きな本はなんですか?」

そう聞かれた時に思い浮かぶ本はいくつかある。

箭内道彦さんの「僕たちはこれから何をつくっていくのだろう」

岩崎俊一さんの「幸福を見つめるコピー」

本多孝好さんの「Moment」

最近、その上位ランキングを脅かす本に出会った。それは、穂村弘さんの「はじめての短歌」という本。


短歌にハマり始めた自分が、短歌のことをもっと知ってみたいなと思って買った本。読みやすさにも驚いたが、その面白さと学びの深さに何度も驚いた。

この本では穂村さんが短歌をわざと「改悪」する。つまりわざわざダメな例をつくるのだ。すると面白いほどに、元の短歌の良さがわかる。

例えば。

目薬は赤い目薬が効くと言ひ椅子より立ちて目薬をさす 河野裕子

これを穂村さんはこう改悪した。

目薬はビタミン入りが効くと言ひ椅子より立ちて目薬をさす 改悪例

ほんのわずかな差。でも印象が大きく変わる差。情報の精度としては改悪例の方が上だ。でも人の心を動かすのはきっと原作。

ぼくらはあんなにお互いを見張って、社会的に正しい情報を使おうぜと言い合っているのに、なぜ右の例にいくほど懐かしかったり、思い出されたりするのか。

その人の個人的な思い出が「赤い目薬」という言葉には詰まっている。だからその短歌には懐かしさを感じる。物語を感じる。

この本の中で、穂村さんは何度か「生きる」と「生きのびる」について語っている。社会的な価値、つまりビジネスや生産性を求められる場所では、「生きのびる」ための言葉が求められる。企画書、取引先とのメール、ニュースやビジネス誌の記事だってそうだろう。

でも人は生きのびるためだけに生きている訳ではない。「生きる」ための言葉はその分かりにくさ、個人的な唯一無二の表現にこそ価値がある。

言葉の持つ役割についてそこまで深く考えたことがなかったので、この視点は衝撃だった。「人の心を動かす文章」と言ってもそれぞれ役割が違うのだ。

そんなことを思っていると、解説のページに差しかかった。そこに書かれた山田航さんの解説には、こんな一文がある。

この本はただの短歌入門書ではない。短歌入門書の仮面をかぶったビジネス書である。だからこの本を読むべきなのは、ビジネスマンのあなただ。

ブログを書くのは、「生きる」ためか「生きのびる」ためか。はたまた、その両方か。人によって違うその役割は、誰にも否定することはできないのだと思う。

そして短歌という一行の小説には、そんな「言葉に対する解釈を広げてくれる”生きる”ための言葉」が溢れている。

このタイミングで言葉の多様性を学べたのは大きかったと思うし、この本は何度も読み返すことになるだろうなと感じている。


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ここからはおまけですが、最近見てすごく「好きだ〜」となった短歌を2首ご紹介。

ひかりってひらがなで書くひとがいてそれに照らされたいと思った
宇野なずき

来月はもはや宇野さんの歌集についてだけで月極を書こうかと思うぐらいに好き。(そしてたぶんほんとに書く)

希望はあるんだけど、幸せとはどこか距離がある感じがして。ただやっぱりそこには愛がある。少し隅の席にいないと書けない言葉だと思う。だからこその魅力があるというか。「ひかり」と「照らされたい」の関係性がバツグンに良い。


丁寧にアンパンマンの申し出を断りながら食うあずきバー
ねむけ

思わず笑ってしまった。あずきバー美味しいからなぁ。アンパンマンが断られている感じもイメージすると「ふふっ」ってなる。あずき界の食べ物として、アンパンがあずきバーに負ける感じ。思いつかないなぁ。


誰かに勝つとかそういうことではなくて。単純に表現を楽しむ場として、短歌を楽しんでいけたらいいなぁと思います。好きなものが増えるのは嬉しい。言葉をもっと好きになれるのは、もっと嬉しい。

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道をつくった人は、道をはずれた人だと思う。 岡本欣也
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