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不思議な日だった

2023年の夏くらいにGoogleマップを見ていると気になる神社を見つけた。ユーザー投稿の写真を見ると清涼感のある池が写っていて(ここ、龍いるんだ)とわけもなくおもった。
そう思うと同時に
素敵!行ってみたい!と思うようになった。

機会はなかなか訪れず
11月も終わりの日になった。

その日は、あるタロット占いの方の動画をラジオ感覚で聴いていて、その方が『12月はゆっくり過ごしましょう』と伝えていたことで
私は、なら今日は11月だし、行ったほうがいいな、いこう。と、思い立ち出発した。

家から2時間かかって到着。少し遠かった。

もうすぐ神社に着くと思った頃に
雨が降り出してきた。

傘持ってきてないなぁ、けど、龍がいるから雨降ってるんだろう、きっと。これは歓迎されてる証拠だと言う人もいるじゃないか。前向きに捉えようと思った。

神社は、道の駅のそばに鎮座している。
道の駅に車を停めて、ダウンコートのフードをかぶり、私は車を出た。

雨はそこまでひどくない。
道路を渡り、一礼してから鳥居をくぐる。

兵庫県は多可町にある青玉神社。

鳥居は、東向きに立っていて、神社は北よりの西向きに立っている。
鳥居から逆くの字に曲がった参道を1分ほど歩くと、拝殿がある。
拝殿の手前には、榊と思われる木が2本左右に直植えされていて、それが信仰を意図してるようで嬉しくなる。

参道の左右は全て針葉樹が植えられていて、よく手入れがされている。

手水も自然水のようす。
池も、引き込んだ川の支流で形つくり、溜まった水は、そのまま下方へ流れていく。

だからだろうか、水は透明感があって透過度が高かった。

誰もいない、凛とした空気、手入れされた美しい空間、知ってる神社のようでなんだか違うと思う感覚に少し高揚感を覚えて、私は嬉しくなった。

ここはなんだか違う。

私は、ずっと拝殿と空の間を見つめていて、
それがなぜだかわからないでいた。

ただ、視線が引き寄せられる。
何かあるわけではない。
ただ、目が離せない。

拝殿のたもとに立つ。そして
拝殿の石段を一歩、踏みだした時、

感情が揺さぶられて涙が出そうになった、
なんだこれは。
肩が震えて、嗚咽しそうな自分がいる。
ここに来たかった、、と強く思う自分がいた。

賽銭を入れて、鐘を鳴らすと

頭の中で声が響く

おなつかしゅうございます。
今世であいまみえることがあろうとは思いもしませぬことでした。

私ではない、誰かの声、

私は、ここに、いる。けれど、私の中に確実に別の人が、いる。

私に意識を向けると、声は聞こえなくなった。

ただ、脳内の別の人に意識を向けると、肩が震えて嗚咽してしまう。
なんだこれは。私は私でいるけれど、誰かが私の脳内の一部が支配?共有されている。

ただ、この声の主が来たかった場所なんだ、ここは。と思った。

私の中の誰かさん、よかったね、私は、道の駅に行こうと思うけど、大丈夫?と聞くと、
満足じゃ
と聞こえた。

もう少し、いてもいいよ、と言うけど、大丈夫とのことで、道の駅に向かう。

寒くて、ちょうどお昼だったのでレストランへむかった。日替わりランチはとてもおいしかった。

近くにおしゃれな器屋があったから向かってみる。
白い建物で古いガラス窓を貼り合わせて扉にしてあった。入ると、国内様々な産地の焼き物を集めたセレクトショップだった。他にも、他国のカゴやザル、カトラリーなどを陳列してあった。
コーヒーや軽食もテイクアウトできる店。

私、こう言う店やりたいんだよなという形を体現していた。
これも出会いかな。と思いつつ、じっくりみてまわる。

私好みの碗があった。
小石原焼。
先輩や、後輩もいる産地だ。
私も陶芸できるし、欲しいものは自分で作るから、と、私は焼き物を買ったことがなかった。

今日は、ほしい。私は、焼き物を売りたいと思っているのに、値段も知らずに生きてきた。

手に取った器は、1700円だった。
目の細かい粘土、少し赤い土は、硬くて締まりが良くて飴色の釉薬が光っていて綺麗だった。
大きさも、薄さも私好みで値段も手頃。
私もこんな器、つくりたいなと思った。

私、自分の欲しいもの買ったな。と思うと、嬉しかった。

私のために、いいことをした。

コーヒーも一杯もらって、店主さんと少し話をする。

そして、もう一度神社へむかう。

参道から、一歩一歩歩みを進めると、
脳天から前頭葉が重く感じる。
思えば、少し、空気の圧も感じる、足取りが重い。
畏怖というより、神社の持つ空気の濃厚さという感じがした。

もう一度、拝殿へ向かう。石段を登るとき、また涙が出そうになり肩が震える。ああ、と感嘆符が漏れそうな勢いだ。

なつかしい、あなたに会いたかった、恋焦がれる、気持ちも、少しある。何か、惚れ惚れするような、尊敬の念や、崇拝しているもののような感じ。昔に関係があった方なんだろう、
とても、関係の深かった方なんだろう。

拝殿奥の本殿右脇に女性の神様か、お使いの方がいるように感じた。

凛としている強い女性。

コーヒー持って参拝したから
無礼であろうと言われた気がした。

すぐに、端に置かせてもらって、手を合わせて非礼を詫びた。

それに関しては許してもらった。

この方なのかな、神様なのかな。
わからないけれど、また、頭の中の人が、啓示してくれるだろう。

そのまま、ご挨拶して、帰りました。

さて、くだんの池には、大きな龍が寝そべっていて、青くて白い大きな龍がいるような気がした。

帰ってから、頭に響いた人の声は誰だったのか、カードに聞いてみた。
カードが教えてくれたのは、
私の過去世の修験道の人だった。

100年前くらいの、いいとこのボンボンで次男坊、数寄者として生活していた人。
40を超えて修験道の道に入った人。
結婚は、しなかった人。

カードを引き終わると、なんだかすごく疲れてしまって、ベッドに横になる。浅い眠りのなかで
脳から言葉が降ってきた。

茂、、はるか、、、

あ、これ、名前だ。
茂とはるかでしげはるさんっていうんだね。
私の過去世の人の名前。
はるか、って言ってたから、漢字は遥だろうか。遙だろうか。
茂遥。茂遙。素敵な名前。

ずっと修験道のおっちゃんって言っててごめん笑

過去の自分がいたかもしれない、
意味のあるような場所に行けたことも奇跡だった。

ツインレイという言葉を知って振り回されつつも
見えない世界への扉がだんだんと開いてきているのがわかる。

自分のルーツがわかるとなんだかワクワクするね。

今回の旅は、過去世の自分を知るいい機会だった。
意味のある小旅行だったな。


おわり。


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