近くて遠い_星の在処__1_

【連載小説・第四回】近くて遠い星の在処・4

中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。

王子様は煌めきを振りまきながら、僕の領域を侵し、定義を揺るがしてていき――。
「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る二人の少年が「いつの間にか奪われてしまった自分の星」の在処を探す物語。

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近くて遠い星の在処・第四回

「シュウ・14歳――桜色の秘密①」

それから、僕とシュウはただの同じ集団の仲間になった。

テストのことは当然言わなかった。シュウは少し寂しそうな顔をしていたが、すぐに元に戻って遼と楽しそうに笑っていた。

僕も、遼とは相変わらず冗談を言い合う仲のままだ。あの夜のことを、遼は普段あれほどおちゃらけてるはずなのに、誰にも言わないでくれた。
ある日、昼休みに騒いでいると、変わった名前の男子が遼の背を叩いた。

「俺も一緒にいい?」

彼は地黒の肌をほのかに赤く染め、目を逸らしながら言った。

結局、アイツも遼の光の前には無力だった。

僕は密かにがっかりしていた。アイツもまた、煤けた石ころの仲間だと思っていたからだ。

みんなが受験を意識し出したころ、僕は塾にも行かずにテキトーに勉強するフリをしてゲームばかりしていた。

ゲームの腕がめきめきと上達するにつれて、成績はがっくんと落ちていった。

親は最初うるさかったが、学校を休みがちになると勝手にしろと匙を投げた。


リョウが僕の家まで迎えに来たりと面倒なことが起き、不登校にはならずに済んだ(元々不登校になるつもりはなかったのだが)が、一つの眩い光から遠ざかった日々は、それなりにつまらなくも面白くもない。

ただ、居心地だけは妙に良い。

夜中に急に起きてしまうような不安も、胸が掻きむしられるような痛みもないのだから。

そんな日々も長くは続かず、僕たちの仲間もみんな志望校の話をするようになって、少し肩身が狭くなっていった。
そんな秋の日のことだ。誰よりも早く校庭に出ると、頭の上から声がした。

「おーい」

聞き覚えのある透明でキラキラと輝く声に思わずギクリとする。
恐る恐る顔を挙げると、木の太い枝に座ったシュウが足をぷらぷらとさせながら手を振っていた。

ただでさえ危ないというのに片手なんか挙げて。バカなんだろうか。

そうだ。こいつは成績はいいがとびきりのバカなんだ。そうに決まっている。

「は? お前、そんなトコ危ないだろ」
「へーきへーき。君も一緒に来ない?」
「ぜったいやだ」

僕はリュックを背負いなおしてこの場から去ろうとする。シュウと一緒に居たくない。

そわそわするし、胸が苦しくなるし、心にべっとりと陰みたいなのが張り付いてる心地になる。それがなんだかたまらなく怖い。

そう、怖いのだ。こいつと一緒にいるの嫌なんだ。

僕は、シュウになんてなりたくない。

「待って」
「……んだよ。用でもあんのかよ」

シュウは呼び止める。

「無いよ。無いけど……少しそこに居て」
「はぁ?」
「……おれ、きみと話がしたい」

今にも消え入りそうな声。

シュウがこんな感情を見せたのは初めてだった。

いつもニコニコとしていて、いつも楽しそうにしていて、それでもどこかのんびりとしたシュウが、どうしてそんな声をするのだ。

それを無碍にできるほど、僕は非情になりきれなかった。

久しぶりにシュウとした会話は、要領の掴めないふわふわとした妄想の世界の話だった。

だが、こうして浸かるのはやっぱりどうにも心地いいのだ。
夢の中にいるみたいにふわふわとしていて、ゆりかごのように懐かしい。

そう、本当は、いつも辛いのは夢から醒めた後だった。

シュウと自分を比べた瞬間、自分の真っ黒な姿を見て、惨めになっていく。

「なぁ、シュウ」
「何?」
「お前は、星の王子さま。好きだった?」
「あぁ……きみは?」
「俺は……苦手だった」

誰にもあの本を読んだことを打ち明けてなかったというのに、シュウだけには言える気がした。

シュウはやっぱり魔法が使える。僕の知らない僕を、簡単に引き出してしまうんだから。

「常識が違い過ぎて、勝手に去ってくのが……ずるい。何で説明しねぇんだよ」

星の王子さまは飛行士の言う常識と違った生死感を持って星へと帰って行く。僕はそれが許せずにいた。

まるでシュウもそうやって消えていくような不安が心のどこかにあったのかもしれない。

いつか来る死。
しょうもない人生が約束されている割に、僕はそれが怖い。怖いが、シュウはそんなものなど恐れていないようにも見える。

「きみは夕日は好きかい?」

だが、シュウは僕の言葉は僕のことなどお構いなしだった。

「知ってる? 悲しいときには、夕日が好きになるものなんだよ」

目の前に赤い夕日が広がっている。シュウは今、悲しいのだろうか。

「星の王子さまの、おれの好きなトコ。読書感想文には書かなかった、おれだけの秘密。……こういうの書いたら、ウケないし……」

シュウはからからと笑う。きっと成績優秀な彼は作文でも何度も何度も入選したりしているのだろう。

シュウはシュウなりにルールがあって、彼ですら何かから抑制されて生きているんだ、って当たり前のことに今更気づかされた。

「あ、宵の明星!」

なんて思っている間に、シュウは輝きを指す。

「なにそれ」
「一番星だよ。学校で習わなかったのかい」

うっすらと暗くなったそらにキラキラと輝いた星がある。シュウのようにまばゆい光を放つそれを見て、僕はなぜか溜息が漏れた。

「あれはきっと、きみの星だよ」
「は? 何言ってんだよ」

相変わらずよくわからないことを言うシュウに、僕は眉を寄せる。

「あのさ、――。……ううん、何でもない」

反論しようと思ったが、シュウは何かいいかけて、それきりやめにしてしまった。

「きみは、僕の大切な友達だよ」

代わりに貰った言葉を受け止めるのには勇気が足りず、僕は曖昧に返事をするしかできなくなってしまった。

大切な友達。果たして自分にそんな価値などあるのだろうか。



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