近くて遠い_星の在処__1_

【連載小説】近くて遠い星の在処・第一回


中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。

王子様は煌めきを振りまきながら、僕の領域を侵し、定義を揺るがしてていき――。
「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る 二人の少年がいつの間にか奪われてしまった自分の星を探す物語。

※マガジンをフォローすると連載が追いやすくなります!


近くて遠い星の在処


「シュウ、14歳――蜂蜜色の宇宙①」


パチン、パチン。
緑の上に広がる黒が白を包囲し、反転させて染めていく。
劣勢にも関わらず、黒々とした瞳は光を宿し、パンパンと大きく手を合わせて独特の拍手を繰り返した。
まるで口から水晶みたいなキャンディーを生み出しているかのような、透明で綺麗な笑い声。
釣られて僕も口元がゆがむ。大人達には子供らしくないと不評な顔だったが、相手は満足そうに何度も頷く。
示し合わせた訳でもなく、僕たちははじけたように笑い合った。

図書館に差し込む冬の陽だまりは、蜂蜜のように暖かで優しい。
その男の子はその陽だまりよりも遥かにまばゆく、思わず目がくらんでしまいそうだった。
ボードの傍に置かれた読み終わったばかりのボロボロの本も、きっと今は僕らの仲間。表紙に描かれた孤独な「星の王子さま」。
飛行士の知らない世界を語り、飛行士とは違う生命法則に従って帰っていった、小さな王子様。
それは、地球と違った重力法則に従った、名前も知らない目の前の彼なんじゃないかと思った。

その瞬間の僕たちは、永遠だった。
永遠を手に入れたと思っていた。

その時の僕は、愚かで、純粋で無知だったから、自分に定められた星も運命も、何もわかっていなかった。

――――それが、僕が「王子様」と初めて出会った日だった。

***

「次に遊びに行くときさ、シュウも誘っていい?」
僕はスマホから顔を上げる。ゲームの攻略情報を頭に叩き込んでいた。
ちらりと顔を上げると、遼(リョウ……本当はハルカと読むらしいが、呼ぶと怒る)は教室から差し込む光を全て受け、小さいがすらりとした痩身で思い切り伸びをする。彼の切れ長の勝気な瞳が僕をとらえた。

その姿は、なんて眩しいんだろう。僕は目を細めた。
この光はきっと、遼自身から発せらている。太陽の化身のようなやつなのだ。

カリスマ、リーダー、王者、特別。ありとあらゆる輝かしい言葉は、遼のために用意されている。かわいい彼女だっていて、俺たち陰キャラが欲しいものの全てを生まれた時から持っている。

中学三年の夏。
部活を引退して間もない遼は、教室の見えないカーストの頂点に立てる人間だ。
なんでコイツのような奴が僕みたいな陰キャラなんか相手にしているんだかわからないが、裏がある訳でないことはここ数か月で嫌というほど思い知らされた。

単純に「ゲームの話する友達、欲しかったんだよ!」と俺に友人として手を差し伸べた。あくまで対等な関係で。あるはずの身分の差なんて笑い飛ばして。……遼は…………遼はいいやつだ。

「シュウって誰」
「ん、幼馴染」

遼は僕が興味を持ったんだと勝手に解釈し、目の前の机に座ってニカッと笑う。

「おもしれーやつなんだよ。小学生の頃、釣った魚をそのまま踊り食いしてさ」
「……それ、ヤバいやつなんじゃねーの」

遼は顎に手を当てて考える仕草を見せる。赤い唇がぬっと押し出された。

「まーヤバイけど、お前と合いそうかなって」

僕は遼にどう思われているんだろうか。一抹の不安がよぎる。あくまで僕は星に選ばれた訳でもなく、神に愛された訳でもない。掃いて捨てるように凡庸で煤けた冴えない石ころだというのに。

そして俺は「まぁとりあえず来いよ」と腕を取られ、隣のクラスに連行されてしまった。

「なーなー、シュウのこと呼んでもらっていい?」

遼は弾むような声で隣のクラスの女子に声をかけた。
女子は嬉しそうに「遼じゃん、元気?」などと言い、遼の腕をぱんと叩く。遼と話せるのはステータスらしい。

遼は、目が合った生徒何人かに軽快に手を振っている。彼は隣のクラスまで影響力のある、小さなカーストの頂きで生きる選ばれた人間なのだ。

だが、僕に対してはどんよりと曇った視線が向けられている。「こいつ、何でいるの」「どうしてあの遼くんと」そういったニュアンスのものだ。

「念のために聞くけど、どっち?」
「あー、二人いんだっけ? じゃ、カトウノの方で!」

遼の言葉に、女子は明らかに驚きの顔を見せる。俺に向けられている類の視線と同じものだった。シュウという男も、僕と一緒で陰キャラと蔑まれているのだろうか。

女子に「カトウノくん」と呼ばれた生徒は、黒々としたブレザーの背中を白くしていた。誰かに黒板消しでも当てられたのだろう。僕にもそんな経験はある。

絶対にクラスの話題に上がるような美容院で切っていない冴えない髪型。成長期が来ていないのか、少し体より大きい制服。なのに、どこか独特のオーラを放っている。

「ん?」のんびりとした、しかし透明な声。のっそりと立ち上がる。やはり、ブレザーの袖が長い。
その顔を見た時、僕は思わずあとずさりしてしまった。

眩しい。

それが、僕が感じた最初の印象。

「ハルカ!」
「シュウ~、おらおら、元気してたか~?」

遼にシュウと呼ばれた生徒が、とてとてと近づいてくる。遼はなぜか地雷のはずの「ハルカ」呼びにも怒らずに笑っていた。それだけで二人の関係がうかがえる。
僕はというと、情けない顔をして唖然とその様子を見ることしかできなかった。

シュウ――上遠野 柊平(かとうの しゅうへい)は小学生最後の冬、図書館で会った「星の王子様」だった。
きっと彼は、凡庸で煤けた僕のことなんて忘れているだろう。
だが、シュウは涙袋で囲われた大きな目を丸くし、僕を遠慮なく人差し指でさす。

「あ、星の王子さま!」

どきり、冷たい手でそっとなぞられたかのように背筋が冷え、そわそわとする。
僕は反射的に、その指を抑えて降ろさせた。シュウのやつ、僕が思っていたことを読んでしまったのだろうか。

「いやいやいやいや、何それ」
「あれ、おたくら知り合いですかい?」

遼が興味深そうにおちゃらけながらも何度も俺たちの視線を往復させている。

「星の王子さま。小学生のころ図書館でオセロしたんだ」

シュウの言葉にぞわぞわとする。シュウはやっぱり特別だ。やっぱり少し変わっている。
相変わらず地球とは違う重力法則に従って生きているようで、ツヤツヤとした瞳を輝かせ、キラキラと透明な飴玉を生み出しながら喋る。

「そんなことあったっけ?」
「あったよ! 星の王子さまを返しに来てたでしょ。おれら、一緒にオセロして……」
「知らね、俺、そんなトコ行ったことねーし」

僕は酷くくすぐったく、一刻も早くこの話を終わらせたくてとぼけることにした。そもそも、あの本を借りたことは僕の誰にも言いたくない秘密だった。本は頭がいい子が楽しむ趣味で、僕にはひどく不釣り合いなものだと思ったから。

腹の中に、黒々とした何かが生まれるような感覚がした。
これは多分、陰だ。

シュウの輝きが、僕の中身を照らすせいだ。遼のように僕の全てを包む太陽の光なんかじゃなくって、もっと小さな、しかし明るさは遼のそれよりも凌ぐような一等星の光。そんなものを浴びたら、黒々とした陰が生まれてしまう。

納得のいってなさげなシュウを、遼が「まあまあ」と宥める。

「二人が知り合いならよかった。それじゃあシュウ。土曜はヒマ?」
「お昼食べたらヒマだよ」

シュウは抑揚のない声でゆっくりと話す。腰の辺りで手を組む仕草が少しじじくさい。

「じゃ、遊ぼうぜ! ちなみにこいつも一緒な」

そう言って遼は僕のことをグイッと親指でさす。いかにも体育会系という仕草だった。僕たちが真似をしても、きっと不格好になるだろう。

「ええっ!? おれも誘ってくれるの? いくいく!」
「誘ってくれるって……変な奴だなぁ。もちろんだ行くぞ行くぞ~!」

遼はそういう敏感さは持っていないのだろう。きっと僕とシュウは同じ扱いなのだ。陰キャラと呼ばれ、蔑まれているんだろう。

遼が太陽なら、シュウは星だ。星ならば、夜を生きている。遼のように昼間に皆を照らせない。
きっと、そのせいで陰キャラだと誤解されてしまうのだろう。僕のような本当の煤けた石ころとは違うというのに。


この小説を気に入って頂けたら「スキ」を押して頂けると次回更新への励みになります!
また、マガジンをフォローすると更新が追いやすくなるのでオススメです。



サポートありがとうございます! 頂いたお金は「私の進化」のために使わせて頂きます。私が大物になったその時はぜひ「矢御あやせは私が育てたんだ」と自慢してください!