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吾輩はニンジャである

(これまでのあらすじ)吾輩はニンジャである。名前はミニットマン。長らくの戦友であり同じくソウカイニンジャの古強者であるイクエイションとともにニンジャスレイヤーを待ち伏せたが、哀れイクエイションは真っ向唐竹割りに成り果てた。そして吾輩は戦友の命と引き換えに、敵の正体に迫る機縁を得たのである。

 どこで間違えたかとんと見当がつかぬ。かつても同じく薄暗いじめじめした所で泣いていた事だけは記憶している。吾輩がぞっとするほど冷たい混凝土の上で思い返すのは十年前の戦争であった。我輩の所属した部隊は肝心の母隊に裏切られ蜥蜴の尻尾きりの憂き目を見た。あの時から今日まで生き延びたのは吾輩の他にイクエイションのみであったから、彼が死んだ今となっては冷たい混凝土に身を横たえじっと辛棒しておった思い出を語らうものは他にいない。横臥する吾輩をしとどに濡らす雨は、得難い戦友を失った吾輩の悲しみを天も泣くかと思われた。
 左様ならと、そう云うのがやっとのイクエイションの最期であった。腹切の機会すら与えられず、ニンジャスレイヤーの無慈悲なる手刀に着ていた有機毛鏑もろとも脳天から爪先まで一息に引っ裂かれたものだ。この出来事を吾輩はいかにしても寛恕ならぬ。しかして安らかに眠れ戦友よと祈らずにおれない。
 一方吾輩が如何にしてあの牛頭馬頭のニンジャスレイヤーめから免れたか。それは戦友氏にすら隠し通した秘密の術によるものだ。マッタキと名づけたこの術は吾輩を死んだものと思わせ、まんまとニンジャスレイヤーめを眩ましたものである。その判断を彼奴めに死をもって後悔させてやらねば気が収まらぬ。吾輩はそろそろと這い出した。混凝土に残る生体反応を追えば、いずれニンジャスレイヤーの塒にたどり着くであろうと思われた。吾輩の腹這いは、しばらくすると非常な速力で運転し始め今や韋駄天、狩猟豹の如し。瞬く間に「頭通り」にニンジャスレイヤーの後ろ姿をとらえたものだ。
 屋台が所狭しと道を塞ぐ猥雑極まりない大通りに、金属流子除けの外套を着込んだ破落戸共が彼方此方に行き来する中を、ニンジャスレイヤーは吾輩の近づくのも一向心付かざるごとく通りすぎてゆく。吾輩はそろりそろりと後を追う。ニンジャスレイヤーは地下街へと這入って行き、吾輩はそれに距離を置いて続くのであるが、腹這いは階段を降りるのには能くない。仕様が無いので中腰になっていると、奴さんどこからか外套を取り出し頭巾の上から鳥打ち帽をひっ被った。これは後追う吾輩も唸らざるを得ない鮮やかな手際である。吾輩はと思えば未だ険呑極まりないニンジャ衣装のまま。これではあまり善くないと、吾輩は地下街の壁に寄り掛かる破落戸の襤褸を剥ぎとったが、これは誰責めることも無いことであった。その破落戸がネオサイタマの毒の空に一両日中には昇ってゆくとしても、本人とて文句も言わぬ。
 潰れた洋服屋だの薄汚い新聞屋台だの後ろ暗い電子板を並べた夜店だの、やたら目に飛び込む明るい絵具で「馬鹿」の「御立派」のと悪罵を極めた言葉を書きつけられた板戸に淀んだ空気をかき分けてニンジャスレイヤーは停車場へ進んでいく。吾輩もきっかり一分置いて停車場へ這入って行った。
 塵芥の峨々たる峰のごとく積み上がった不浄の停車場を用いるものは少なくないようであった。気色の失せた亡者のような勤め人の群れをかき分け、吾輩はニンジャスレイヤーを追い続ける。するうち停車場に薄汚れた鉄の塊が這入って来た。古びて往時の銀光も失せた車体は「巫山戯」や「険呑」「一悶着」といった悪罵に蝕まれておった。天落ちるような重苦しい音がして戸が開いたので、吾輩はニンジャスレイヤーの隣の車両に潜り込んだ。
 窓の硝子を透かしてニンジャスレイヤーは何処で降りるかとじっと監視したものだ。「春日」なる駅では大勢が下りたがニンジャスレイヤーは動かぬ。「煎餅」駅でも自若としておる。この車両は特急だから限られた駅にしか停まらぬ。彼は終点まで行くつもりであろうか。安い電子の鳴り子が曲がり角を報せ車体が横にかしいだので吾輩は吊り革の握りに力を込めた。
 その寸毫の間にニンジャスレイヤーが忽然と消え失せたから驚いた。吾輩は慌ててはならぬと己に言い聞かせ、瞳の奥の探知機に彼の居場所を探したものである。彼奴の横位置は微動だにせぬから居場所は知れる。吾輩は窓枠を乗り越え車体に攀じ登った。隧道の壁面に轟々と風逆巻くも、吾輩のようなニンジャにとって欠伸にも似たり。隣の車両に目をやれば、怨敵ニンジャスレイヤー不動腕組み仁王立ちにて待ち受けておる。これには吾輩も己の不明を認めざるを得ぬ。彼は吾輩の後追いに心付くも無頓着なるごとく吾輩を釣り込み待ちぶせたのである。
「吾輩はニンジャスレイヤーである」
 逆巻く風に乗ってニンジャスレイヤーの挨拶が届く。吾輩も挨拶をしないと険呑だと思ったから怒りに震える手を合わせ、
「吾輩はニンジャである。名前はミニットマン」
 となるべく平気を装って冷然と答えた。
 仕切り直しの一番、ニンジャスレイヤーめが油断ならぬ凶漢であることは身に染みて知る吾輩である。最も注意を要すべくは手裏剣を目眩ましに飛んでくる蹴りだ。しかしそれをやり過ごせば吾輩にも勝機が見える。目眩ましを撃ち落とし蹴りを海老反りに避ければ吾輩の手番となる。
 鋭や、とこれはニンジャスレイヤー。吾輩は目眩ましの手裏剣を迎え撃つべく手裏剣を構えようとしたが果たせなかった。吾輩の目の前の吐息の嗅げる程近くに彼がいたのである。そして吾輩の胸の中心やや左寄りに暖かいものがある。馬鹿なと思ったが真実紛れも無いこれが戦いの決着であった。
「もうよそう。勝手にするがいい。がりがりはこれぎりご免蒙るよ」
 と、腕も、足も、頭も体も自然の力に任せて抵抗しない事にした。ニンジャスレイヤーが吾輩の胸から手を引き抜き、握った心臓を詰まらなそうに見下ろしてから握り潰した。次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。雨の中にいるのだか、車両の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても差支えはない。ただ楽である。否、楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。ニンジャに太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。万々歳。

 やがて車は減速機を軋ませて徐々に速度を落とした先は八ぬた駅。物思いにふけっていたニンジャスレイヤーは数町手前から隧道の内に飛び降り壁面の階子を手繰った。
 鉄蓋を上げて出れば、さらさらと風が渡って日が暮れた、天然自然の鎮守の森である。彼の頭上を赤い満月がポッカリ浮かぶ。ニンジャスレイヤーの進む先、小さな堀に囲まれた庭園は神秘と静寂のしろしめす空間だ。厳かに進む彼の背中をご覧あれ。そこに小さく張り付きたる金属の欠片こそ、先ほど敗れたる吾輩の欠片に相違ない。爬虫の息遣いめいて弱々しい明滅の齎すものを知れ。それを偶然と考えるのは吾輩の怨念執念残念無念を知らぬものの浅慮である。
 吾輩の欠片は微かなる信号を発信し続けていた。諸君はこの信号を受け取る主を御存知であろう。地上四十間の高みに飛行機械に直立するこのニンジャを御存知であろう。目標捕捉せりと、気色の失せたる声にてニンジャが告げれば、答えるはくぐもった声。暫しの沈黙の後に、
「否。かっきり九百数えて推参する」
 と無線に答えて鎮守の森へ真っ逆さま。この者、名を片倉不二雄、人呼んでダークニンジャといい、これより起こる鉄火場の血風を嗅いだものか、覆面の内にて目を細めるのであった。

(おしまい)


参考・引用文献
「ゼロ・トレラント・サンスイ」(ブラッドレー・ボンド&フィリップ・〈ニンジャ〉・モーゼズ/本兌有 & 杉ライカ・訳/ダイハードテイルズ)

夏目漱石『吾輩は猫である』(旺文社文庫)


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