あの子、今頃何をしてるだろう?
その昔、バイト先にいた女の子。
背丈は150センチくらいでひどく華奢だった。
色白でちょっとつり目のキリッとした顔立ちだけど、話せば見た目ほどはクールじゃなかった。
でも基本的には物静かで周囲と完全に溶け込む事はなく、それでいて和を乱す様な事も決してない。
凛として見られるのを嫌がっているような、自分のクールな雰囲気を少し恥ずかしく思って隠しているような、どことなくそんな佇まいだった。
美人だからお客さんの目を惹くのはしょっちゅうだったが、誰も声を掛けたりはしなかった。
あの子がバイトの制服から私服へと着替えると、働いている時とはまるで別人だった。
よほど服が好きなんだろう。なかなか見かけないトリッキーな服をかっこよく着こなして、長い髪をなびかせてスタスタと帰っていくのを、いつも見送っていた。
ある日、バイトが終わって帰る時「おなかすいたな〜」と言うと「ご飯行きます?」と誘ってくれた。
どこに行きたいか尋ねると、即答で「天下一品」と答えた。あ、こんな細いのにこってりしたラーメンなんか食べるんだ…と驚いた。
ラーメンを食べながら色んな話をした。
好きな漫画の話、好きな映画の話、バンドでベースを弾いている事、彼氏と同棲していたが別れて彼氏が出て行った事…
天一のこってりスープをどんぶりのメッセージが見えるまで飲んで、流石に全部飲むのには抵抗があったのか少し残して、その残ったスープの冷めた表面に膜が張るまで喋った。
その日を境に、今までよりずっと仲良くなった。でも、別にそれだけだった。
少し長めに話したり、たまにバイト終わりにご飯食べたりはしたが特段何もなかったし、別に好きというわけでもなかった。
ある日、僕より先にあの子はバイトを終えた。
「おつかれ」と言った後、特に何をするでも言うでもなくスタッフルームに居残るあの子に、冗談のつもりで「タバコ忘れたから買ってきて」と言ったら「嫌」と言ったまましばらく黙りこくって、そのまま帰ってしまった。
(あれ?ちょっと怒ってた?)
と思いながら働いているとあの子は店に戻ってきた。手には僕の吸っているタバコ。投げつけるようにカウンターに置いて、また出て行った。
買ってきてくれた事よりも、僕の吸っているタバコの銘柄を覚えているのにびっくりした。
その日から完全に意識するようになった。
どうしようにもどうしようもないので、思い切って「今度デートしよう」と言ってみた。
あの子はちょっとびっくりした様子だった。「じゃあ空いてる日連絡してきて」と僕と目を合わさずに言った。
嬉しそうだったような、何となくそんな気がした。
とはいえなかなか連絡できずにいたある日の夕方、意を決して電話してみた。タイミングが悪かったのか、あの子は出なかった。
しばらくすると折り返しがあったのが、今度はこちらが出られなかった。
また掛け直しても出ない。出ない。を2、3度繰り返してその日はとりあえずやめておく事にした。
次の日、バイト先で会った。
「昨日はタイミング悪くてごめん」
と言うと
「なんで私が掛け直したのに出なかったの?」
と聞かれた。
すると僕が答えるよりも早く
「他の女に電話してたんやろ?」
と言われた。
「いや…そんなわけ…」
と言おうとして彼女の顔を見ると、なんだか目がマジだった。
「どうせ暇だから誰か女捕まればいいと思って、手当たり次第連絡してたんじゃろ!?次の女と電話しとるけん出られんかったんやろ!!」
彼女はすごい剣幕だ。
その時思った。
「広島の方の方言だ!!」
彼女の追求は止まらない。
「そんな感じで電話せんとってくれる!?」
「なんやと思うとるん!?」
(おいおいおい…なんだなんだ…やべー奴じゃねーか…)
いわれの無い追求から命からがら逃れた僕は、これ以上のインファイトは危険と判断してアウトボクシングに徹した。
こちらから誘う事はなかったし、話はするけどなんとなくで済ませた。
ほどなくして、あの子はバイトを辞めて行った。
あの子、今頃何してるんだろう…?
あと、なんであの日他の女の子に連絡してるの分かったんだろう…?
コーヒーが飲みたいです。