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ばーちゃんが伝えようとしてたこと🌱①

このNOTEは、ばーちゃんとわたしの思い出。

わたしが人生を上手に進められた時、またしてもヘタこきましたって時に「ばーちゃんの言葉」は胸の奥から出てくる。

わたしを良い方向に導いてくれる。
ベタだけど生きていく中で迷ったときの道しるべ。

ばーちゃんはたくさんわたしのためにそれを置いといてくれてた。

他人の回想録ってなかなか感情移入できないもの。
でも、ばーちゃんの言葉はわたし以外の誰かにとっても、人生を上手に進める力になることをわたしは知っているから、独り占めしないでここに書いていくことにした。

ばーちゃんも、そうしなさいって言ってくれるはずだから。

ばーちゃんの言葉は生きる力

わたしは小さい頃、ばーちゃんと一緒に暮らしていた。
正確にはひいばあちゃん。曾祖母ね。

わたしが生まれた時には、おじいちゃんとおばあちゃんは亡くなってた。
父さんと母さんはいつも仕事で家にいなかったから、わたしはいつもばーちゃんと一緒。

甘やかす優しさは無いばーちゃん。厳しさの中にわたしを思う優しさがあるタイプのばーちゃん。

ばーちゃんはわたしが人として間違えないように、大事なことを何回も繰り返し教えてくれた。
おまじないみたいに真剣に何回も。

わたしの胸の中にある力

ばーちゃんがくれた言葉は、元気が無くなったとき、迷ったとき、不安な時、ヘタこいた…ってときにわたしの胸の奥からジワッとだったりドバドバだったり、とにかく湧きだしてくる。
不思議な機能付き。

その言葉は笑顔にもしてくれるし、安心させてくれるし、反省もさせてくれる。時には涙を勝手に流したりもする。

この言葉はネットで調べても出てこない。本にも書いてない。
わたしの胸の中。

その言葉をばーちゃんがくれた時の光景も一緒に文字にしてみようと思う。

誰かの役に立って欲しいしだけじゃなく、自分自身の胸の中で薄くなって消えないようにって意味も込めて。

ばーちゃんはすごい人

ばーちゃんは昭和の初め頃に生まれた人。
礼儀作法は当然だけど、言葉遣い・身だしなみ・人との接し方、とにかく生きていくために必要ことにはすごく厳しかった。

ご近所付き合いもまめ。
知り合いの幅が広くて外に出るとだいたい知り合いみたいな人。
何かの中心になる訳じゃなかったけど、必ず頼りにされちゃう何でも出来る人だった。

農家に産まれて、学校は中学校まで。
もっと勉強したかったけどお家が貧しかったから田んぼ・畑仕事を手伝ってたんだって。

何歳になっても勉強はできるって、よく図書館から本を借りてきて自分のノートにいろんなこと書き留めながら勉強してた。

和室の端に置いた小さい勉強用の低い机。
優しい色のライトとナイフで削った鉛筆。これがばーちゃんの勉強セット。

ばーちゃんが正座して勉強しているときは邪魔しない。そおっと後ろに近づいてゴロゴロしながら本を読むのが最高に安心できる時間だった。
だいたいそのままいつの間にか寝てたけど。

↑イメージ画像です。ホントはもうちょっと小さい机。椅子は似てる。

腰も曲がってたし、手もシワシワ。
髪もちょっと薄くなってて、お出かけの時はパチンってはめるカツラをつけてた。

服装はお婆さんって感じの地味な色のものがほとんどだったけど、年の近いお婆さん達とはちょっと違う感じがいつもしてた。
今思えばまさに「品があった」んだと思う。

東北の生まれだから訛りもあった。たまになにそれ?っていう単語を使うときもあったけど、声は優しくて話し方はゆっくり丁寧。

「どうしよう…」って困ってる人の相談役がばーちゃんだった。
長く話はしないけど、短く良いとこつく感じのアドバイスをしてたような気がする。
そして聞き上手でもあったんだろな。

ばーちゃんは話を遮らない。

どんなにわたしが訳の分からない話をしても、絶対に最後まで聞いてくれた。
話の途中で、「あれ?これってわたしが間違ってるかも」って思いながらも勢いが止まらず話続けちゃってる時でも、絶対に最後まで必ず「うん、うん」って全部話を聞いてくれてた。

わたしはこんな人

ばーちゃんはふわっとイメージ出来てきたけど、君はどんな人なのよ?
ですね?
私はこんな人。

  • 知らないことを学ぶのは好き

  • ばーちゃんの力を持ってしても人生ヘタこいてばかり

  • わたしの失敗談で笑って欲しい

  • わたしの嬉しいことで他の人も嬉しくなって欲しい

  • 借金を抱えてる

  • 田舎の製造業で働いている

  • 作業着の着こなしには自信がある

  • 芸術的なセンスはきっとない

  • 意外とシュッとしてる

  • 夜にキラキラ煌めかない

こんな感じ。
あらら?ってなりますよね。
でも大丈夫。ヘタこいたけどここから行くのですわたしは。

「どうしてこいつはこうなった」って思いながら、これから綴っていく思い出を見ていただければ、少しわたしを知っていっていただけることでしょう🌞

ばーちゃんの言葉が湧き出るとき

これからたくさん綴っていくけど、例えばこういうときにばーちゃんの言葉はわたしの中から湧き出てくる。

大人になるほど苦手な人の数は増えちゃってる。
出来ればずっと避けていたいような人もいる。

苦手な人がいると、ほんとはその人の目の届かないとこに行きたくなる。
現実でもネットでも。

でもなんとなくわかってきた。
先に挨拶しちゃえばその場に堂々といられる。
そこにいると相手もちょっと歩み寄ってきてくれてる感じもする。
わたしは挨拶したる者の特権って生意気に命名してる🤗

そんなときに湧いてくる。
ばーちゃんの言葉がすすーっと。

わたしは小さい頃、人見知りでいつもばーちゃんの後ろに隠れてた。
相手の人を見ることもできない人見知り。

でも、ばーちゃんは絶対に挨拶するときだけはわたしの後ろに回る。
後ろからわたしの両耳を両手でやさしくおさえながら、ジッと挨拶するのを待ってる。

わたしがモジモジしながら「こんにちは」って、ものっすごく小さな声で言うと「うん、大丈夫」ってすぐにばーちゃんの後ろに隠してくれる。

挨拶がちゃんとできた日の帰り道。
ばーちゃんと手をつないで歩いてると、必ず「ばーちゃんの言葉」をもらってた。

「挨拶だけは出来るようになりなさい」

「おはよう、こんにちは、こんばんは、さようなら、ありがとう、どういたしまして。あんたはこれだけ言えたら大丈夫。」

「挨拶すれば、みんなあんたのことが好きになる」

「ばーちゃん言うんだからホントだよ」

子供のくせに、挨拶するだけで好きになるの?って聞いたこともあったけど理由は教えてくれずに、「そうだよ」って笑顔で頭を撫でてくれてた。

これが後押ししてくれてる。
なるほどこういうことなのかって。

ばーちゃんはすごい。

きっとこの考え方で良い。
それで良いよ大丈夫って言ってくれるはず。

すごく単純で何も目新しいことじゃないけど、ばーちゃんの言葉と重ねて考えると「なるほどなるほど!」ってなる。

ばーちゃんの狙いはきっとこれ。
挨拶は前向きな力を湧かせてくれる。
自分も相手も歩み寄る。

挨拶しよう!

何時に読んでくれたかわからないし、そもそも誰も読んでないかも知れないけど、ご挨拶させていただきます。

おはよう
こんにちは
こんばんは
おやすみなさい

そして、読んでくれて「ありがとう」

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