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四畳半サイケデリックス

 カナダには半年も雨季がある。そんな淀んだ空の下私たちはマットレスからエイリアンが出てくるのを見て楽しんでいた。

 これは高校一年生の時の話だ。私は貧乏なホストファミリーの家で下宿していた。一軒家の一階部分だけを借りているカナダの貧困層にはありがちな家らしい。家族構成は母親と三兄弟と私の五人だ。父親は働きもせず飛んだと聞かされた。
 家には部屋が三部屋しかなく、私の部屋は四畳半程の部屋だった。部屋の中には小さい机と椅子、スーツケースさえもロクに入らないクローゼット、硬いマットレスの二段ベッド。
 そんな家だけあってタバコは吸っても何も咎められない、かなり珍しいホストファミリーだった。
 カナダはマジックマッシュルームに対する規制がものすごく緩い。流石に警官の前でやるなど無謀なことをしなければ、個人使用は許容されているようだった。酒やタバコは年齢確認を必ず行うが、マジックマッシュルームは普通にネットで売っている。値段も三グラムで約三十五ドル、少しいい酒よりも安い。
 当時の友達、今も連絡を取り合っている松尾という奴がいる。初めて二人で遊んだときにはサブウェイで6時間ほど身の上話をしたり、ボンをするくらいの仲だったので勘ぐる程でもないなという事で彼を家に誘った。彼は快く承諾した。タダで飛べるんだ、断る理由が無いんだろう。
 前日に電話で最低半日は断食しろと言ったのに松尾は行きのバスでチョコを腹一杯詰め込んだらしい。個人的には”見える形"のやつは断食した方が良いと考えてる。アヤワスカでも紙でもそうだ。自分自身吐いたことは無いが、お腹に何か入ってると気分が悪くなる。初めて紙を食べたときは、お腹に二郎系ラーメンがギチギチに詰まっていた。案の定気持ち悪い時間が半日ほど続いた。
 松尾は以前やった事があると言っていたが、キノコを見てかなり興奮していたので、やった事が無いと思った。キノコは独特な色合いとキノコ特有の匂いを放っていた。松尾にはお茶を作ることにした。生で食べるよりもお茶にしたほうが楽だ。松尾は何でもいいよと言っていたが結局お茶で飲む事にした。
  乾燥した三グラムのキノコを粉々にしてマグカップに入れる。その上から熱湯を注いだ。本来はティーバックや茶漉しを使うが、そんな物はこの家にない。
 出来たお茶はきのこが浮遊して、ジーパンの煮汁みたいな毒々しい色をきのこの隙間から顔を出していた。味はというと土としいたけの臭い部分だけを抽出したような不味いお湯だ。
「まじぃー」
 八重歯を出しながら彼は笑顔で言った。二人で回しながら飲んでいると
「きのこ食ってみバカまずいで」
 そう言って松尾は私にカップを渡した。キノコはお湯を吸って幾分か大きくなっている。浮遊しているキノコをお茶と一緒に口に注ぎ込む。
「ホンマに不味いやん」
味なんか例えようが無い、食感はコシのないうどんのようだった。こんなに不味いキノコは初めてだと二人で笑い合った。やっぱり味噌汁とかにしとけばよかった。
 飲んだあとしばらく猥談をしていたら、頭の中が丸くなったような、ゆったりしていてでもハッキリしている夢の中のような思考になったことに気付いた。やっと来たか、そう思った。音が頭の中で響く。三グラムの半分なので、一人約一.五グラムだ。一般的には一人三グラ厶が定石だ。
 いつもキノコを食うと二段目のマットレスにあるフェンス状の網目を見る。なぜなら毎回緑色のエイリアンが見えるからだ。種類はグレイに似ている。一つ一つの隙間からエイリアンが現れては消えて、謎の黄色い文字が現れては消える。ふと、この幻覚は他人にも同じ様に見えてるのかとても気になった。
「上見てみ」
指をマットレスに向ける。
「えー?」
覇気のない声と共に上を見上げた。目もかなり細くなっている。
「ホントだーすげー。これ?」
そう言って指を指した先にはシーツにプリントされているアイアンマンだった。
「それちゃうよ」
「これじゃないん?」
「それシーツやで」
「ほんとだ」
「ここやって」
「ここな、見えないわ」
 そんな人生でもかなり無駄な事を話しながら笑い合った。実に楽しい。
 マットレスから目の前の壁がけ時計に視線を落とす。秒針がとてもゆっくりに感じる。時計は膨らんだり縮んだりを繰り返して、ドアはグニャグニャにうねっている。前はドアから黄色いファミリーツリーみたいなのが出てたっけな。
 紫色の靄みたいなのが視界にまとわりつく。だが鬱陶しくはない、かなり美しい紫だ。昔誰かから聞いたことがある。国旗に紫色が使われていないのは紫色の染料はとても貴重だったらしい。貝殻からとるんだっけな、覚えてない。
 海外の家は天井にトゲのような凹凸がある。ライトの周りにあるその凹凸の影から波紋の様になってゆらゆら揺れている。
 かなり良い始まりだが、リビングで次男がゲームををしていて、かなりうるさい。爆発音や発泡音が隣から伝わってくる。パンッ!パンッ!この音を聞いて幾億の人間が死に、怯えただろう。そんな事を考えているとバッドに入りそうだった。このままだったら気持ち悪くなると察した私は、松尾を外に連れ出した。彼はかなり嫌がってたが無理矢理手を引っ張って立たせた。だが立ち上がった瞬間壁に寄りかかり、尻を床に付けた。
「別に気にしなくていいじゃん」
 合わない焦点で私を下から見つめる。そんな目をしないでくれ。
「悪い、隣うるさいから一旦外でよ?」
 松尾はかなり面倒臭そうにしている。もう一度手を引っ張って立たせる。リビングにいたガキとは目を合わせずに玄関に向かった。いつも歩きなれている筈なのに少しいつもより長く感じる。
 いざ外に出ると肌寒い風がトリップに水を指してくる。周りの景色は淀んで紫がかっていた。目の前の道でグシャグシャのロングピースに火をつけた。しばらく吸っていると我慢できずに痰を吐いた。飛ばした痰の曲線が数秒残像として目に映る。
 自分はかなり落ち着いてきて歩きながらタバコを吸っていると、遠くの方にある川を見て松尾が
「泳ぎに行こうぜ俺水着持ってきてるし」
 明らかな嘘に爆笑したが彼は気にしていなかった。しばらく周りを散歩していると、トイレに行きたいと松尾が言ったのでトイレがある町の公共施設に行くと彼は真っ先にトイレに駆け込んだ。遅れて入るとゲロを吐いてる音が個室から響いていた。隣の個室の便器に立って覗くと、顔面を便器に突っ込んで吐いている松尾の姿があった。
「すげえ、虹みたいな色してる。」
「すげーな、そんなん見たことないわ」
「すげー気持ち悪い」
 チョコ食ったからだよと言いたかったがそっと喉の奥で殺した。延々とゲロを吐いていたので、先にトイレから出ることにした。
 ゲロが終わると、人生で一番綺麗なゲロだったとゲロ臭え息を吐きながら満面の笑みで戻ってきた。外に出てまたタバコに火をつける。隣の公園まで行ってベンチを探している最中。
「うざっ、木めっちゃ煽ってくるやん」
松尾が急にそう言ってきた。
「木が煽ってる?大丈夫?部屋戻るか?」
「いやいいわ、殺されるから」
「どういうこと?」
 その問いに彼は答えなかった。心なしか、殺意の様なものを感じた。気のせいだ、そうに違いない。
「うざ、マジでうざい。」
 そんなことをブツブツ言っている彼を横目にフィルターまで差し掛かっているタバコを吸いきった。
ニ十分ほど経っただろうか、寒風が私達を襲う。「そろそろ、戻る?落ち着いてきた?」
「うん、戻ろ。」
「分かった。」
 部屋に戻るとかなりトリップが戻ってきた。心なしか気持ちが軽い。松尾はとりあえず音楽掛けてと言って隣でうずくまっている。Nujabesをかけながら目を瞑って音楽に身を委ねた。上を見上げるとやっぱりマットレスからはエイリアンが出てきては黄色い謎の文字が現れて、また消えてはエイリアンが現れる。松尾も段々とバッドから抜けたようだ。そこからは記憶が曖昧だ。誰かと電話したような気もする。本当に思い出せない。
 ここからはしっかり記憶に残っている。なんだかんだ三時間が経過した。外はもう日が隠れて暗雲が空を我が物顔で覆っている。段々シラフに戻ってきた。松尾もシラフになったようで、ボーッとした顔でスマホを眺めている。
「そろそろ帰る?」
「そうやな」
「送ってくよ」
「忘れ物ない?」
 そう言って彼を近くのバス停まで送る。
「また遊ぼ」
「帰ったら連絡するわ」
 別れ際に拳をコツンと合わせた。彼の後ろ姿を見ながらタバコをふかした。こんな日には遠回りして帰ろう。

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