良い夜のためのソネット

 良い夜、というものが、わたしを迎えなくなって、どのくらいになるのだろう。わたしが夜を迎えるのではない。人が夜を迎えるのではない。ほんとうは、夜のほうが人を迎えにくるのだ。
 けれどわたしには夜は来ない。もうずっと、まるで遠い昔にそう定められたみたいに。
 わたしには、ほんのわずかなことばの芽だけがある。人よりほんのわずかできるだけで、勉強のできない人間、そういう、ほんのわずかな才能だけが、わたしに持たされた全て。わたしが「持ち得た」とももはや思えない。「持たされた」、というほうがよっぽど正しい。わたしの意思や好悪に関係の無い、天から与えられたもの。それをまるで神さまみたいにありがたがって、弄くり回すこともできずにずうっと原石のまま、鈍色の光を放たせている。きょうも「本物」の光を目のあたりにして、手も足も出ずにただまぶたの奥を焼き切られた。
 どうしてばかのまま死ねなかったんだろう。そうすればどんなに幸福なままだったか。わたしひとりだけの心と身体を自由に飛び立たせて、ちいさな井戸の中をぐるぐる回らせるだけで満足出来たあの頃のうちに。
 だれも私の腐り落ちた昼にはついてこられない。否、私は、いつだって夜を待つ昼の中で置いてけぼりだ。君は安らかな顔をして眠っているね。だから許してしまう、なにもかものことを。
 未だに魂の片割れを探していて揺蕩っている。時々痙攣を起こしては、誘蛾灯に群がる羽虫のように、ふらふらと出歩いてしまいたくなる。けれど外の恐ろしさが勝って、結局は、室内から出ることはない。


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