1-1 デザインとはなんぞや?(1章:デザインとは?)

(Last Updated : 2019.8.14 / Version.1)

このノートではデザインの歴史についてザッと振り返りながら「デザインとはなんぞや?」について解説します。

「デザイン」を説明するのは難しい!?

実は「デザインとは何か?」について断定的に説明するのは極めて難しいです。というのも、言葉の意味は時代とともに変わってしまうからです。

例えば「おどろく」という言葉は、現代語では「びっくりする」という意味ですが、平安時代の文書では「ハッと目を覚ます」といった意味で使われています。両者とも似たような意味ですが微妙にニュアンスは違います。これと同様に、デザインという言葉も少しずつ意味が変わっているため「デザインとは○○である」と断定しにくいのです。

とはいえ、デザインが何であるかについて何らかの形で示さなければ、デザインの話が進みません。ということで、ここは歴史のチカラに頼ってみたいと思います。いわゆるデザイン史というやつです。

始まりの「アーツアンドクラフツ運動」

一般的にデザインの語源はラテン語のデジナーレ(designare)にあると言われていますが、真偽は定かではありません。なにせ大昔の話ですから。デジナーレ自体は「図面に表す」または「設計する」という意味だったそうですが、これも真偽は定かではありません。ですが、例えば中国ではデザインを「設計」と記述するように、デザインという言葉には「設計する」という大前提の行為があることは間違いなさそうです。

さて、そんなデザインですが、概念そして言葉として定着した時期はいつ頃なのでしょう。実はこれについては、デザイン関係者内にある一定の共通認識があります。それは20世紀初頭です。ただ、この流れを把握するためには、もう少し時代を遡る必要があります。ということで、19世紀後半から話を進めてみます。

大学のデザイン史では概ね19世紀の西欧から話が始まり、2〜3回目ぐらいの講義でほぼ間違いなく「アーツアンドクラフツ運動(Arts and Crafts Movement)」が登場します。アーツアンドクラフツ運動は1860年代に始まったものなので、まさに19世紀後半の話となります。さてこのアーツアンドクラフツ運動ですが、一体どのようなものだったのでしょうか。

アーツアンドクラフツ運動を理解するには、さらにその少し前に起こった出来事を踏まえないといけません。それは何かというと産業革命です。産業革命に関する説明については、辞書を頼ってみましょう。ということで、デジタル大辞泉から引用してみます。

【産業革命】
18世紀後半に英国に始まった、技術革新による産業・経済・社会の大変革。19世紀前半にはヨーロッパ各国に広がった。機械設備をもつ大工場が成立し、大量生産が可能となり、社会構造が根本的に変化して、近代資本主義経済が確立したが、その過程で人口の都市への集中、小生産者・職人層の没落を伴った。
[デジタル大辞泉, 2019.8.14参照]

これをみると、産業革命は「大量生産時代の到来」と読み替えることが出来ます。大量生産は現代社会の一般的な生産方式なので、いわば現代化の先駆けといえるでしょう。そして皆さんご存知の通り、大量生産によって我々は様々なモノを安く手に入れることが出来るようになりました。

ところがデジタル大辞泉にも「少生産者・職人層の没落を伴った」とあるように、産業革命はメリットとデメリットの両方が存在しています。そのデメリットに対する警鐘として始まったのがアーツアンドクラフツ運動です。

今回もまた辞書を参照しながらアーツアンドクラフツ運動について説明をしたいと思うのですが、英語辞書の方が問題の核心をついた説明をしていたので、今回は英語の辞書を参照してみます。

【Arts and Crafts Movement(アーツアンドクラフツ運動)】
a movement, originating in England c1860 as a reaction against poor-quality mass-produced goods, that sought to revive earlier standards of workmanship and design, conceiving of decoration and craftsmanship as a single entity to be applied to the handcrafted production of both utilitarian and decorative objects, and that produced furniture, textiles, wallpaper, jewelry, and other items, often decorated with floral motifs.
[Dictionary.com, 2019.8.14参照]

デザインという文脈でアーツアンドクラフツ運動を理解しようとした場合、太字部分が極めて重要な意味を持ちます。ところが美術史などの場合、アーツアンドクラフツ運動はアール・ヌーヴォー様式へ繋がる運動として紹介されることが多いため、案外この下線部に関する記述が抜けてしまうことがよくあります。

それはさておき、下線部を参照するとアーツアンドクラフツ運動は「大量生産によってはびこった粗悪品に対する反動」であることが分かります。大量生産時代の前はどうだったかというと、手工業、つまり職人さんがひとつひとつ手作りしていた世界だったわけです。大量生産技術の発達した現代においても、一部製品では「やっぱり職人さんの手作りの方がいいよね」という話があるぐらいですから、大量生産技術の発達していないこの時代に職人さんの手作り品と比較したら、大量生産品が粗悪品にしか見えないのは仕方ないことでしょう。

いわば「あんなものは認められない!」という話がアーツアンドクラフツ運動における大きな原動力のひとつであったといえます。現代に例えるなら、劣悪なコピー商品を見て「あんなものは認められない!」と思うのと同じような心持ちだったのではないかと思います。
一方、大量生産は「みんなが安くモノを手に入れることができる」というメリットもあります。そう考えると「ならば、安く良質のモノを作ればいいのでは?」と考える人が出てきても不思議ではありません。そこで登場したのが「ドイツ工作連盟」です。

受け入れ姿勢の「ドイツ工作連盟」とデザインの始まり

昨今、誰しもがSNS(Social Networking Service)を使うようになり、世界中のあらゆる人が世界に向けて自分の意見を発信しています。この一方で、不用意な発言をしてしまうことによって、様々な人から批判を受けるという、「炎上」という現象も起こるようになってきました。

ところで、この炎上している時の様子を見てみると「こんな発言けしからん!」という大勢の論調の中に、「いや、まぁ仕方ないよね」といったような見解を示す人もチラホラ見かけることが出来ます。ドイツ工作連盟も、この後者のスタンスに近かったのかもしれません。ということで、同じようにドイツ工作連盟に関する文章を参照してみましょう。今度は、シカゴ大学のホームページにちょうどよい説明があったので、こちらを参照してみます。

【Deutscher Werkbund(ドイツ工作連盟)】
Founded by Hermann Muthesius in 1907, the aim of the Deutscher Werkbund was to foster links between artists and German industrialists to develop a German identity through design and architecture. By 1914 there were 1,870 members in 6 countries.
The Werkbund expanded on the English Arts and Crafts movement, adopting concerns that craft and design influenced people’s lives and propagating a rejection of historicism in favour of vernacular architecture suited to the modern age. The major difference between the Arts and Crafts movement and the Deutscher Werkbund was that the Werkbund sought to combine promotion of craft with industry, as opposed to a rejection of machine production. The Werkbund embraced technology to design objects and buildings that fulfilled the changing needs of society.
[University of Chicago , 2019.8.14参照]

これによると、ドイツ工作連盟は「1907年にヘルマン・ムテジウス(Hermann Muthesius)によって設立された」となっています。ちなみにムテジウスは設立の数年前までロンドンに勤務しており、その中でアーツアンドクラフツ運動に高い関心を寄せ、1904年には書籍でこれを紹介しています。そう考えると「ドイツにもアーツアンドクラフツ運動を!」というのがドイツ工作連盟なのではないか?と予想するのが順当な線だと思うのですが、実は全く違うというのが実態です。それは、太字部分を読むと分かります。

この部分をザックリ訳すと「ドイツ工作連盟とアーツアンドクラフツ運動の大きな違いは、(アーツアンドクラフツ運動のような)機械生産への拒絶とは対象的に、工芸と産業を合体させようとしたところにある」となります。つまり、アーツアンドクラフツ運動が「大量生産、けしからん!」のスタンスだったの対して、ドイツ工作連盟は「大量生産、いいじゃん!」のスタンスだったのです。実はアーツアンドクラフツ運動とは真逆の姿勢だったのです。

そして、このドイツ工作連盟の活動こそが「デザインの始まり」といわれています。ちなみに、このドイツ工作連盟に参加していた人々が多く参画して1919年に設立された学校が、バウハウスです。これまでの流れを考えると、近代における「デザイン」の考え方を世界で初めて導入した学校といえるかもしれません。ちなみにデザイン史の講義では、多くの講義がこのバウハウスに多大な時間を割いて説明します。それだけインパクトがあったということでしょう。

さて、これまでの流れを踏まえると、デザインは「大量生産時代の到来」に伴って登場したものであり、その目的は「粗悪品からの脱却、すなわち品質確保」にあることがお分かりいただけたかと思います。つまり、「大量生産時代における品質確保するための設計」がデザインの発祥といえます。

デザイナーの登場とデサインの独り歩き

さて、デザインという概念が舞台に登場するまでのザックリとした経緯は分かったと思いますが、みなさんが頭の中で思い浮かる「デザイン」という言葉のイメージとは少し乖離があったのではないでしょうか?

多くの方が「デザイン」という言葉を聞いた時に「かっこいいものをつくる」とか「センスに溢れるものをつくる」といったようなものを思い浮かべたと思います。それを思い浮かべた人にとってみたら、いきなり「デザインの目的は品質確保だ」と言われてもなんだかピンとこない。そんなところではないでしょうか。

その差分を理解するには、今度は「デザイナー」に焦点をあててみる必要が出てきます。ということで、話を「デザイナー」へと移してみましょう。「世界で初めてのデザイナーは誰か?」と聞かれてしまうと、そこはなんとも言えないのですが、バウハウスが始まった20世紀初頭から「デザイナー」と呼ばれる人たちが世の中に登場し、活躍するようになってきます。

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