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やさしい衝突

みなさん、お久しぶりです!元メルマガ配信担当の都村です。今回は5周年カウントダウン企画、5にちなんだお話ということで、少々強引に25年ルールと絡めたデブリ放談に少しばかりお付き合いください!

良く言えば自由、裏を返せばカオス

僕らは完璧ではない。人の数だけ正解があって、そこに秩序を保つのはなかなか難しい。だから、個々の価値観を取りまとめる枠組みとして法律というものが定められた。ただ僕らは変わり続ける。環境も技術も経済も変わり続ける。だからこそ、常に最善手を考え、柔軟に適応し、自分たちをアップデートしていく必要がある。いきなり何の話!?と思われたかもしれないが、これは宇宙法に通ずる話である。

1967年 宇宙条約調印の様子
Signing of Treaty on Outer Space © United Nations

宇宙空間の平和利用と宇宙探査の国際協力を目指して、国連で宇宙条約が採択されたのは、今から50年以上も前のこと。当時は、ソ連・アメリカを筆頭に限られた国でしか宇宙開発が行われていなかった。今や世界中の民間企業が宇宙進出、いろんな技術実証実験を行ったり、独自の宇宙利用構想を広げたり、それに伴って人工衛星の数も著しく増加していたり…。自由奔放な宇宙開発が技術水準や生活の利便性を向上させる中、胸が潰れるようなニュースを耳にすることもある。

“ロシア、衛生破壊実験を実施”

https://news.yahoo.co.jp/byline/akiyamaayano/20211117-00268396

1年前の出来事だった。心の底から意味不だった。追跡できるだけでも1500個以上、小さなものだと数十万個のスペースデブリが発生した。ロシアはたくさんの国や企業、個人の批判を受けただろう。他の衛星を、宇宙飛行士の命を、これから生まれる宇宙事業を危険にさらしていい理由などどこにもない。ただ、僕らには止める力がない。それは50年以上も前に定められた条約に、この実験を抑止する効力がないから。スペースデブリ低減ガイドラインならある。でもガイドラインしかない。「破壊行為を避けることを推奨します」というガイドラインでしかない。ちなみに、今回絡むと約束した25年ルール(運用が終了した低軌道衛星を25年以内に軌道から離脱させること)もこのガイドラインの一部だ。だから、ミッションを終えたのにずっと軌道上で居候する衛星を打ち上げても何のペナルティもない。この無法地帯に耐えられなくなったのか、最近はNASAのお偉いさん日本の岸田さんが、宇宙の持続可能性と安全性に言及し始めている。iOSをアップデートするくらいの感覚で、法律もアップデートできないのかなぁと、都合の良すぎる願望を込めて、宇宙を守る法律が制定される日を待つとしよう。

理想論を言えば、「罰せられるからやらない」ではなく、「良くないからやらない」という考え方になってほしい。でも、それほど綺麗にできた世の中じゃないから声をあげたところで変わらないのかもしれない。それでも、平和で美しい宇宙を夢みて、汗水流す僕がいる。会社がある。岸田さんは「世界に先駆けてデブリ回収の優良事例をつくる」と言った。託された気がした。その言葉の影にはきっと、アストロスケールの姿があっただろう。

こちら衛星脳神経外科

アストロスケールは宇宙のお掃除隊。デブリ除去の技術開発、ビジネスモデル確立、宇宙法整備の三本柱で事業を進めている。僕が入社してから2年が経とうとしているが、本当に“とどまる事を知らない”(© Tomorrow never knows – Mr.Children)。世界で初めて磁石を使った模擬デブリ回収に成功して、毎週のように新入社員紹介があって、気づけば日本、イギリス、アメリカ、イスラエルを舞台に各プロジェクトで奮闘している。

世界初の快挙を成し遂げたELSA-dのかっこいい写真 © ASTROSCALE

そんなアストロスケールに新卒で入社することは、ビート板だけ持って台風の海に飛び込むようなことで、荒波に揉まれながらもなんとか息継ぎをして、途中でゴーグルを拾って、先が見え始めたと思ったら、今度はビート板を失って…。宇宙が好きじゃなきゃこんなアトラクションは御免なはず。アトラクションだと思えるなら天職のはず。

今携わっているのはADRAS-Jと呼ばれるプロジェクト。宇宙デブリとして浮遊しているH2Aロケットの上段を、ロボットアームを使って除去するミッションである。そこでつくづく思うのは、やっぱりデブリ除去にはいろんな壁があるということ。ISSとCrew Dragonはお互いが見つめあって、細かく配慮しあいながらドッキングするが、デブリはまるで気が利かない。こちら側が、デブリを観察して、動きを合わせてあげて、近づいて、捕まえる。考えてみれば面白い、デブリを除去するミッションがデブリを生む確率が一番高いのだから。ランデブーとは言い換えればやさしい衝突。自分からぶつかりにいくことはリスクでしかない。一歩間違えればデブリが散乱する。だから、ランデブーミッションにおいて一番大事なことは、とにかく衛星の安全を担保すること。安全を証明するためには、いろんなシナリオを想定して、ロバストな設計を考えて、たくさん検証しなければいけない。

その過程で、僕はGNCアルゴリズムの設計検証を担当している。GNCとはGuidance, Navigation and Control(航法誘導制御)の略で、言っちゃえば、「衛星の頭が大丈夫か」を診ている。自分がいる場所・向いている方向を特定して、行きたい場所・向きたい方向に近づくために体を動かす指令を出す。その一連の流れで、「デブリから5兆キロ離れてますよぉ〜」とか、「右向け左!」とか意味のわからないことを言い出さないかを丁寧に確認している。シミュレーションを回して、衛星の頭がおかしくなってしまったら、原因を究明して、適切な手術を施して、これを数えきれないほど何度も繰り返す。そうやってより健全な脳をつくっていく。シミュレーションがうまく回った時は、まるで愛する我が子が初めて立って歩いたかのように喜び狂う(子供なんていないくせにこんな比喩表現をする僕をお許しください)。

衛星の脳をシミュレーションしているときの僕の脳内図 © ASTROSCALE

シミュレーションの世界は無限に広くて、動かしている宇宙機も、想像してしまうといつまでもどこまでも飛んでいきそうだ。衛星を自由自在に操れる自分だけの特別な宇宙空間。そんな遊び場をもらいながら仕事ができるのだから、楽しくて仕方がない。アストロスケールに入って本当に良かった。

大掃除時代

最近話題のChatGPTに聞いてみた、“宇宙デブリの除去方法を10個教えて”。

理解に苦しむ部分もあるので、あくまで参考程度に

僕が身近に携わっているものから聞いたこともないような方法まで、ネット上に転がっている情報を総当たり探索して、要約して、列挙してくれるテクノロジに脱帽…している暇もないくらい速いスピードで進化しているAIと宇宙がコラボする未来にもワクワクしているが、今回のテーマには沿わないため、またの機会に。

アストロスケールでは磁石やロボットアームなどの技術を主軸としているが、個人的に気になっているのは「レーザーを使った方法」だ。日本ではすでにスカパーJSAT主導で、レーザー照射によるデブリ除去衛星の開発が進んでいる。魅力的なのは、根本的に安全なところ。自分からやさしく衝突しにいかなくても、離れたところから間接的にデブリ除去ができるのだ。また、デブリの軌道を落とす分、自分の軌道が上がるため、デブリを燃料として使える点もとても有利だと思う。一方で、課題もたくさんあるだろう。レーザー照射によって得られる力は微々たるもので、現実的な解がまだないこと。レーザー照射方向の精度要求は非常に厳しく、質量中心を貫かなければデブリが回転してしまうこと。デブリ除去の方法ひとつ取ってみても、この先の道のりは険しそうだ。

宇宙の大掃除時代はまだ始まってもいない。実際のデブリを除去した人はまだいない。研究者やエンジニアが頭を掻きむしって、アイデアを絞り出して、実現可能な策を探っている。可能性に満ちた領域だと思う。すでに技術実証済みのもの、開発途中のもの、まだ構想段階のもの、いろんな方法を聞いただけでもワクワクする。未知の領域に挑むことこそが、宇宙を追求することの楽しさだから。

さて、話を強引に戻してしまうが、25年ルールと調べて出てくるのは、「右側通行のアメリカにおいて、製造から25年が経過していれば、右ハンドル車であっても輸入できる」というルールばかり。デブリ問題の認知度もまだまだかぁと痛感する今日この頃。いつかトヨタのRAV4 で66号線を横断するロードトリップよりも、SpaceXのSTARSHIPに乗って周回する月旅行が身近になる未来は訪れるのだろうか。その時は、上位検索結果にデブリの25年ルールが躍り出るのだろうか。もしかしたら15年、5年、いや、5ヶ月ルールになっているかもしれない。そんな時代の宇宙産業はどうなっているのだろう。どのような企業が、どのような面白いことをしているのだろう。どれくらいのデブリが除去できているのだろう。どれほどの民間人が宇宙旅行に行けているのだろう。想像し始めるとキリがない…。

そうだ、来月は5年後の宇宙未来予想図が展開されるのだった!古谷野さんに想像のバトンを託すとしよう。



都村保徳(つむらやすのり)
アストロスケール GNCエンジニア
2021年 英ブリストル大学院卒 Reaction Engines Prize受賞
小学生の頃、公文で相対性理論に出会い、時間と重力の不思議に魅了される。米パデュー大学留学中に三体問題に出会い、軌道力学に恋をする。趣味はチェス。夢は宇宙飛行士。



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