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匂いフェチなの


 副都心線とつながる前の東横線渋谷駅は、車庫っぽいというか、トーマスっぽいというか、顔を向けた待機電車がズラッと並ぶ、始発駅特有の景色がある駅だった。
 その駅を使って、隣の代官山駅まで行く用事があった。改札をくぐるとやっぱりいくつかの電車が待っていて、その中から次発の電車を電光掲示板でしらべて、見つけたその電車のいちばん手前のドアから乗車した。
 いちばん手前だからかそのドア付近はやたらと混んでいて、まだ発車していない車内をドア1つ分歩いて、座席前のつり革につかまった。

 ドアが閉まり、電車が出発すると、ぷーんと甘い匂いがした。
 美味しそうないい匂い。なんだろうこれ香水かな、すっごく好きな匂いだけど・・。僕は別に匂いフェチでもないと思っていたから、食べもの屋さんの前以外で匂いに惹かれること自体初めてだった。意識すれば意識するほど、どストライクの匂いな気がする。
 その匂いの出どころを探すと、水色でシャカシャカな、サイズオーバーのジャンパーを着てドアの横に立つ女性だった。すぐ右斜め前に立っていたその人は、お世辞にもおしゃれとは言えなかったし、だからこそ香水をつけているとは思えなかった。香水だけ張り切ってる人なんて見たことないし。でも、すっごく好きな匂い・・・!
 そのギャップに突然ドキドキしてきた。なんでだ。なんでかわからないけどするもんはした。異様にその女性が気になる。
 え、どうしよう。え、なにがどうしよう? 急に始まる自問自答。どうしようって、声かけるつもり? え、ナンパ? 車内だよ? っていうか匂いで声かけるってどうするの気持ち悪すぎるよ。え、じゃあ香水なに使ってるんですかって聞く? 車内だよ! っていうかもう着くまで2分もないよ。どうしよう。どうする・・?
 そわそわしていれば、当然身体や目線もきょろきょろと動く。無意識的に周りに人がいないかを確認していたのかもしれない。嘘! 意識的!
 そわそわと左のほうを向いたり、きょろきょろと右のほうを向い・・・。右斜め前にいるその女性より、もう少し首をぐいっと曲げてさらに右のほうを向くと、大学生くらいの男女3人組が輪になって、パンを食べていた。

 あ、パン・・と認識をすると、形をもたないはずの匂いたちがどんどんと集まって、「ぼくはメープルだよ!」と教えてくれた。な・・・・。
 なんで車内でパン食ってんだとか、ただのおしゃれじゃない人だったのかとか、パンは気づくだろとか、頭に浮かんだいろんなツッコミの中で、意外といちばん印象に残っていたのは「俺って、メープルが好きだったんだ・・」だった。

 ということで、代官山駅に到着すると、女性についての悩みも、匂いについての悩みもなくなった身体で、すうっと電車を降りることができた。
 もしかして、当たり前の日常って、奇跡の連続でできているのかもしれないね。



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