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22.抑圧と対立への音楽による抵抗 = Orphaned Land

オーファンド・ランド(Orphaned Land)は1991年に結成されたイスラエルのバンドです。結成当初はResurrection(復活)というバンド名で活動していました。イスラエルはユダヤ・イスラム・キリストの3宗教が混在し、対立し、共存する場所です。複数の異なる信念の統合と融和をその場所に住む当事者として歌い続けているバンドです。

Orphaned Landの音楽的変遷を掘り下げてみましょう。彼らは1994年に1stアルバム「SAHARA」をリリースしました。イスラエル、中東伝統音楽(アラブ・マグレース音楽)を大胆に取り入れたフォークメタルで、当時としては非常に斬新な内容でした。時代的に、フォークメタル(民族伝統音楽とメタルの融合)の祖と言われるイギリスのSkycladのデビュー作「The Wayward Sons of Mother Earth」のリリースが1991年、ケルト音楽とメタルの融合を果たしました。呼応するようにフィンランドから北欧伝統音楽色の強いAmorphisがデビュー作「The Karelian Isthmus」を1992年にリリース。本格的な伝統音楽とメタルの融合の先駆者たちがシーンに現れ始めた中で、Orphaned Landも「中東音楽とメタルの融合」の音楽性を模索していったと思われます。ただ、デビュー作では民族音楽色はしっかり出ているので特色は十分あるものの、メタル曲との融合度や完成度と言う意味ではまだ模索している感じがあります。1stアルバムから1曲「Ornaments Of Gold」を。1stアルバムの中では完成度が高く、今でもライブで演奏される曲です。デスボイスが積極的に用いられ、民族メロディーとメタルの融合には北欧メロデス的なアプローチが見られます。

2年後、1996年に2ndアルバム「El Norra Alila」をリリース。多少の深化・洗練は見られるものの音楽性は1stと大きな変化はありません。デスボイス主体で、中東音階や伝統楽器の導入は印象に残りますが、かなり聞き手を選ぶ音楽です。とはいえこの時期が一番中東色は強く、この時期にしかない魅力もあるのでもう1曲お届けしましょう。1曲目を飾る「Find Your Self, Discover God」です。タイトルからして神がテーマでしょうか。中間部の祈りを捧げるようなパートが特徴的です。

2ndアルバムリリース後、彼らは8年の沈黙に入ります。1998年から2001年までは活動休止状態に。しかし、彼らは2001年に復活し、2004年には大きく音楽性が開花した3rdアルバムをリリース。

こうした中東音楽とメタルを融合したオリエンタルメタルには2つの先駆者的なバンドが存在し、一つがOrphaned Land。もう一つはトルコのPentagram(Merkazabul)です。Pentagramの記事も合わせてお読みいただくとオリエンタルメタルの成立過程が良く分かると思います。PentagramがOrphaned Landの1st、2ndから影響や衝撃を受けながらオリエンタルメタルを模索し完成度を高めていく中で、Orphaned Landも刺激を受けた部分もあり、復活へと繋がったのでしょう。

8年の時を経て生まれ変わったOrphaned Landは3rdアルバム「Mabool-The Story of the Three Sons Of Seveb」を2004年にリリースします。ここで音楽性が大化け。ボーカルがメロディアスになりメロディラインに中東メロディを大胆に導入、曲調の幅も広がり印象的な歌メロが増えます。また、コンセプトアルバムであり、「物語性」も格段にアップ。現在のOrphaned Landの原型がこのアルバムで固まったと言えるでしょう。代表曲の一つ「Norra El Norra(Entering the Ark)」をどうぞ。

6年後の2010年、Maboolの方向性をさらに深化させた4thアルバム「The Never Ending Way of ORwarriOR」をリリース。組曲を入れるなどプログレメタル的側面が強化されています。現代プログレの立役者Steven Wilsonリミックス。Metalstorm.comの2010年ナンバー1プログレッシブメタルアルバムにも選ばれました。1st、2ndのころから長い曲を作るバンドでしたが、このアルバムでは作曲・音作りがより洗練されています。このアルバムから、こちらも代表曲の一つ「In Thy Never Ending Way」を。アルバムの最後を飾る曲です。

自信を深めたのか3年後、5枚目のアルバム「All Is One」を2013年にリリース。もはや自分たちの音楽性を確立した自負を感じる堂々たる音像を提示しています。クワイアコーラスの導入やオーケストレーションの導入など、ドイツのBlind Guardian(ブラインドガーディアン、略してブラガ)を彷彿させる世界観、映像が浮かぶ物語構築力を手にしています。実際、Blind Guardianからの影響は大きいようで冒頭紹介した「Like Orpheus」はブラガのボーカルHansi Kürsch(ハンズィ・キアシュ)がゲスト参加しています。アルバム冒頭を飾るタイトルトラックをどうぞ。

2016年には同じくイスラエルで活動するプログレメタルバンドAmasefferとのコラボレーションアルバム「KNA'AN」をリリース。これはドイツのバイエルン州ミメンゲンの劇場のディレクターであるWalter Wayersから依頼を受けたプロジェクトで、旧約聖書に出てくるイスラエル最初の族長であるアブラハムとその一家の家族の物語を描いています。劇のために作成され、歌劇として上映されたそうです。

こうした音楽的変遷の後、2018年リリースの現時点での最新作「Unsung Prophets & Dead Messians」では従来の魅力を活かしつつ、より無駄をそぎ落としたソリッドなアルバムになっています。長尺の曲もありますが、じっくりとした展開で唐突感なく自然に聞かせる完成度の高い楽曲となっています。冒頭の「Like Orpheus」はこのアルバムからのリードトラックです。

イスラム世界においてメタルミュージックは悪魔崇拝の音楽とされ、西洋音楽の中でも特に弾圧の対象にされています。かつて米国でもJudas Priestを聴いていた若者が自殺したとか、コロンバインの銃乱射事件の犯人がMarylin Mansonのファンだった等の報道で世論が「メタルミュージック弾圧」に傾いたことがあり、一部のバンドが活動自粛を余儀なくされる事件もありました。実際にはそれらは誤報であり、メタルミュージックと本人の暴虐性に関係はない。むしろ激しい音楽は当人の抱える悲哀や激情を発散させ、好影響を与えるという研究結果がいくつかのメディアで取り上げられ、キリスト(西洋)社会一般におけるメタルミュージックへの偏見はだいぶ弱まり「ひとつの音楽ジャンル」として(好き嫌いはあれ)受け入れられていますが、イスラム世界では現在もメタルミュージック(ひいてはロック音楽全般)への弾圧が続いています。これはメタルミュージックの歌詞やイメージに暴力的・悪魔的なものがあるということと、西洋文明への反発(かつてロシアが西側諸国の音楽を禁止していたように)など、複数の要因があるようです。

「Like Orpheus」は『Satanists in Egypt』という本をベースにしており、エジプトで起きた「メタルミュージックを好む若者が悪魔崇拝者として投獄された事件」を取り上げています。このビデオではメタル音楽というのは単なる音楽の1ジャンルというより、抑圧や宗教的制約からの一時的な開放や自由の象徴として描かれています。現実にあった事件として彼らは弾圧によって投獄されてしまうわけですが、それでもそうした気持ちは消えない。ギリシャ神話のオルフェウス(死んだ妻を助けるため冥界に降りていき、後ろを振り向いたために妻を失った)のように冥界に降りるようなリスクを冒してもメタル音楽を聴きたいという気持ちを表しています。歌詞の中のオルフェウスはまだ冥界を下っていく途中。彼は無事に求めるもの(失われた半身)を取り戻して帰れるのか。手探りの中で曲は終わります。

メタル音楽を聴いていたということが罪とされる社会は現在も存在し、たとえば内戦中のシリアでもメタルバンドがいくつかありますが、彼らは投獄の危機にさらされながら音楽を続けています。かつて、ローリングストーンズのキースリチャーズがこう語っていました。「少年時代(第二次大戦直後)、まだ復興途上で世界は灰色に見えたが、ロックンロールがラジオから流れてきたとたん、世界がカラフルになったんだ」と。音楽にはそうした現実から逃れられる力があります。それがかつてはロックンロールであり、今、ある地域のある人々にとってはメタルミュージックなのでしょう。シリアのメタルバンドを取り上げたドキュメンタリー映画『Syrian Metal is War』があります。

この監督の日本語インタビューがこちら。現在のシリアでメタルヘッドたちが置かれている状況がよくわかります。

メタルほど、自らの思想、感情、見解を表現できる音楽ジャンルはないでしょう。あらゆる面で戦闘状態でなければ、メインストリーム・ミュージックと何ら変わりないでしょう。メタルほど真剣な音楽はありません。
もちろん。私もシリア人としての意見です。シリアでは、RAP、HIPHOP、POPSはどれも問題ありませんが、メタルだとブタ箱行きです。

シリアのメタルバンド、mysaloonのアルバムを最後に紹介します。


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