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メディアとデザイン──伝え方を発明する(12) 電子の書物

10年前に書いた連載「メディアとデザイン」の最終回。
学校でのできごととデザインのはなしを絡めて書いていたのだが、最終回はほぼこのときの興味の中心だった電子本のことで終わっている。そのためこの回を再掲するかどうか迷ったが、やはり載せることにした。最後にちょろっと書いた「3冊の本」の演習は今でも隔年ぐらいのペースで続けているし、この数年後に「パーソナル・パブリッシング」という授業を立ち上げて、毎年東京アートブックフェアに出品している。意外に大学でやっていることと結びついているのだ。


電子の書物

2009年は、Google Book Serch(Google Books)訴訟の和解問題や Amazon Kindle の発売があり、数年後に振り返ってみれば、本の電子化のターニングポイントになっているかもしれない年である。

改めて解説の必要もないと思うが、簡単に説明しておくと、Google Book Serch とは、検索サービスの最大手である米Google社が世界中の書物をスキャンし、検索可能にしようとはじめた一種の電子図書館サービスである。ウィキペディアによると現在150万冊の書物が公開されており、日本では慶應義塾大学図書館が蔵書のうち著作権保護期間が満了した12万冊を Google Book Serch を通じて公開する予定だという(2009年当時)。

米国では、同じ本をハードカバーとペーパーバックで出版する習慣があり、ハードカバーをライブラリーエディションと称して、複数の人が閲覧する用に高い値付けをするが、日本の場合、安い並製本の新書でも図書館で無料貸し出しする。だから、電子図書館から無料で読めてもさして問題にはならないと思うのだが、どうもそうでもないらしい。

ようするに、図書館は利益を上げないが、 Google は何らかの方法で利益を上げるということなのだろう。その見返りをどう分配するかというだけの世知辛い話しにも思えるが、利益を上げなければ存続できない一私企業に「書物」という文化遺産を預けてもいいのか、ということにもなる。

昨年(2008年)12月、フランスではGoogleを提訴した側の出版社が勝訴した。ヨーロッパでは反対の声が多いと聞く。自国の「知」が、アメリカ企業の軍門に下るのは許せないという意識があるのだろう。ちなみに私の場合、著者の一人としては、当然、何らかの対価をいただけるシステムになればうれしいと思うが、すでに経済的な役割を終えた絶版の本を読んでもらえる仕組みがあることは喜ばしいことだとも思う。

Amazon Kindleは、オンライン書店の米Amazon社が発売した電子ブック閲覧用端末(電子ブックリーダー)のことと考えられているが、Amazonが推進する電子ブックサービスの総称と理解した方がわかりやすい。Kindleの名を冠する専用端末のほかに、ブックリーダーとして、iPhone用の「Kindle for iPhone」、WindowsPC用の「Kindle for PC」を無料配布しており、そこで読める独自フォーマットの電子ブックを Kindle Book と称している。

2009年2月にKindle2、6月に大型のKindleDXを発売し、10月には世界100カ国以上で使用可能なインターナショナル版を発売した。まだ日本語フォントは搭載されていないが、11月にソフトウェアのアップデートでPDFの表示が可能になり、フォントがエンベッドされていれば日本語も表示できるようになる。12月には Kindle for iPhone が日本を含む60カ国以上でダウンロード可能となり、専用端末はもちろん、iPhoneからも直接 Amazon.com にアクセスし、本を買うことができるようになる。同じアカウントで購入した本は、どの端末にもダウンロードすることができ、互いに同期可能なので、専用端末で読みかけの本の続きをiPhoneで読むといったことができる。

こういった電子化による利便性や経済性ばかりが話題の中心になるが、このサービスの最大の特徴はだれもが本を出版できるところにある。日本からアメリカのAmazon.com を利用するには納税や銀行口座をしつらえるハードルが高いが、可能ではある。電子ブックが普及しても物理的な本がなくなることはないだろうが、出版社の形態を変えてしまう可能性は大いにあり得る。

日頃学生には、ダメだとわかっているプランでもスタディして確認することの大切さを説いている。また、つくってみなくてはわからないと考えるデザイナーの習性もあり、電子出版をはじめることにした。首尾良く、epublishing.jp というドメインが取れたので、略して「epjp」と名付けた。URLは、http://epublishing.jp/ である。

紙の本は専門のひとつだし、電子ブックは90年代の最初のころにさんざんつくったので心得はある。最初制作はスタッフに任せていたのだが、自分でつくってみないとわからないと思い、コーディングからパブリッシュまですべて自分ひとりでやってみた。そうすると、やはりわかってくることがある。

かつて本は記憶のためのメディアだった。今でもそうかもしれない。読書はただ文字を読んでいるだけではない。

3年生の後期のゼミは、例年テーマを探すことをテーマにしている。今年は「3冊の本」と題して、子どものころ好きだった本、思春期に影響を受けた本、今お薦めの本の3冊をそれぞれが紹介し、その中から自分の制作テーマを見つけだしていくという趣向をとった。発表を聞いていて興味深かったことは、子どものころに読んだ本でも覚えているという、その覚え方である。たぶんそこにはメディアのデザインの大きなヒントがある。もうすぐそれぞれの作品ができてくる。いつもにも増して多様だろう。今年もまた楽しみである。(2009年12月執筆)


あとがきにかえて

この「メディアとデザイン」は、『プリバリ・印』というJAGAT(公益社団法人日本印刷技術協会)が刊行していたいわゆる業界誌に、2008年から2009年にかけて連載したものである。全12回で大学でのことを含めて書いてほしいと頼まれた。以下の文章はその予告である。最終回のオチに使った「多様」のフリはここにあるのだ。

§

たとえば温暖であるなど自然淘汰の力が弱い場所では遺伝子に多様性があり、多様な遺伝子は交配によって新種を生む可能性をもつ。これはクラス進化という考え方で、アフリカで新人が誕生したこともこれで説明がつくらしい。“温暖の地”であるはずもないが、情報デザインの分野にも多様な遺伝子が存在する。もともとモノをつくるだけのデザインではないので、アウトプットが自由なのだ。クラス進化論では、新種は突発的な進化を引き起こすという。情報デザインという場で新しい種が生まれ、デザインを進化させることができるのかどうか。大学(多摩美術大学情報デザイン学科)やその周辺のできごとを中心に書き留めていこうと思う。タイトルは私のゼミの名前で、サブタイトルは学科パンフレットに載った研究領域(遺伝子のひとつ)のキャッチコピーなのだが、気に入ったのでそのまま使わせていただいた。この連載のテーマとしたい。

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今回の写真は当時の授業(講評)風景(顔が見えている人、ごめんなさい)。予告のテキストと同じフォルダに入っていたものなので、何かで使ったか候補に挙げて使われなかったか。背景のMacが懐かしい。

よろしければ最初から、全12回読んでみてください。最後まで読んでくれた人、どうもありがとうございました!(永原)




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