嘘と真実の間にあるものを何と呼ぶ?

君はいつだって猫のように勝手に甘えてくるくせに、飽きてしまったら何処かへ消えてしまう。
君は一人でも生きていける人だと私は知っている。
だから私は君のことが好きなんだと思う。
人を甘やかすことができる人は、一人で生きていける人なんだと思う。
そして、甘えることができる人もそれは同じだ。

一人で生きていけない人は、甘えることも甘やかすこともできやしないんだよ。
傷を舐め合うことが共依存だとして、それが甘えだと言うならば否定する気はさらさら無いし、舐め合うことでしか癒すことができない傷を否定するつもりもないんだよ。
けれども、傷つけることがない愛って一体なんなんだろうね?

猫のように気分屋で自由だから(全ての猫がそうであるという意味ではなくステレオタイプの猫を想像して)私は君を信用できるんだよ。
だって君はどこにだって行けるんだもの。
けれど私のところに甘えに来るんだ(真実はどうだって良くて私がそう思っているだけなのかもしれないけれど)。
だからこそ私は君がいつ来ても良いように、ここから離れることができないでいるのかもしれないね。

嘘も真実も境目なんて曖昧で、そんなものは存在しないのかもしれない。
もっと言えば、嘘だろうが真実だろうが現実には変わりなんてないんだから、受け入れることしかできないんだよね。
朝になれば日が昇るし、夜になれば月が顔を出す。
雨が降れば傘を差すし、晴れたなら気分が良い(個人的にはそうは思わないけれど、大抵の人がそう思うようになっている)。
そんな世界の片隅で、私は今日も君を待つことしかできないんだよ。

そんな曖昧な気持ちの間で、私はそれを少しだけ寂しいと思ってしまうのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?