ソングライティング・ワークブック 第154週:Cole Porter(4)
近頃は何でもありだね(Anything Goes)(3)
『Anything Goes』の時代
ミュージカル『Anything Goes』が初演されたのは、禁酒法(Prohibition in the United States、1920-33)が終わってすぐのことだった。大恐慌(the Great Depression、通常1929-1939が大恐慌時代とされる)はまだ影を落としていたが、1933年にFranklin D. Roosevelt(フランクリン・ルーズベルト)が大統領に就任したこともあって、人々は希望を見出していた時だったと言える。解放感があったのだ。
乱暴な比較になるけれど、これを日本のバブルがはじけて少し経った後の1990年代前半と比べてみることもできるだろう。政治、制度、文化に多少変化が見られ(リベラルな、と言ってもいい)、将来はよくなるのではないかな、という希望を抱いていた人も多くいたと思う。また世界的には冷戦が終わったとされた時代でもあった。たんに私が若かったから勝手に解放感を感じていただけかもしれないけれど。
もうひとつ、ミュージカルのヒットの背景にはエスケイピズム(escapism)、現実を忘れさせてくれるエンターテインメントが求められたということもある。豪華客船を舞台に繰り広げられるドタバタ劇など庶民にはおおよそ関係ない世界だけれど、だからこそ楽しめるということもある。もともとPorterは生活のために働く必要のない富豪の家に生まれた人で、そういう生活感のないものを創るのに適していたと言える。
下に紹介するラジオ番組のアーカイヴ『Revisiting Cole Porter's 'Top』では、『Anything Goes』の歌の中でも特に『You're the Top』に焦点をあてて、その背景について解説している。
あなたが一番(You're the Top)―言葉遊びの応酬
合衆国の歴史や文化について調べるのにNPR(National Public Radio)やPBS(Public Broadcast Service)のアーカイヴは役に立つ。ここでは『You're the Top』について調べるのに、以下の2つの放送を参考にした;
『Revisiting Cole Porter's 'Top'』(NPR、2007年12月30日放送)…『You're the Top』が書かれた背景について。
『Slate's Chatterbox: 'You're the Top,' Today』(NPR、2005年6月10日放送)…『You're the Top』の歌詞のレファレンスについて。
リンクをたどればそれぞれの放送のトランスクリプションも読むことができる。
前回紹介した『I Get a Kick Out of You』は、RenoがBillyに対し「あなたは私を愛してくれないけれど、私はあなたでないと退屈してしまう」という歌で、物語の最初の場で歌われる。これを歌ったすぐ後に、Billyは「実はある女性に恋している」という話をRenoにする。彼女は一瞬期待するが、それが別の女性の話であると知って怒る。第1場はここで終わる。
『You're the Top』はRenoの気持ちと態度に変化が起こったことを示す歌だ。この歌に至るまでのあらすじは次の通り:そもそもロンドンに商用で発つ上司を見送りに来ただけだったBillyだが、第1場で話題にした女性が船に乗り込むのを見つけ、思わず船内にとどまってしまう(どうやってとどまったかがおもしろいのだけれど省略)。やがて彼は、その女性はHopeという名前の令嬢で、彼女の母親と、イギリスの貴族Evelynという婚約者とともにロンドンへ向かっているということを知り、がっかりする。
RenoとBillyのデュエット曲『You're the Top』は、そのがっかりしているBillyをRenoが励ますことで始まる。ヴァースの直前の台詞も「どっかのティーバッグ(イギリス人だからね)があんたと競えるとでも思ってるの?(You think some teabag can compete with you?)」とか、笑わせる。言葉の選択がちょっとおかしい、というところが、この歌の発端になっている。「あ、また変なこと言っちゃった、あなたがすばらしいということを言いたいのだけど、いい言葉が出てこない」というように、Renoは一瞬口ごもる。そしてヴァースが始まる;
「poetic」「pathetic」、から、「best」「chest」「rest」「unexpressed」とたたみかけるところなど、韻もリズムも面白い。そして、コーラス;
「あなたが一番」ということを言うのに、コロッセウム、ルーブル美術館、シュトラウス、シェイクスピアのソネット、ミッキー・マウス、ナイル川、ピサの斜塔、モナ・リザの微笑み、という言葉を選んでいる。ソネットと韻を踏むBendel Bonnetはアメリカ人でもすぐにわからないようだ。Henri Bendelというデザイナーのお洒落な婦人用帽子ということで、ニューヨークにその店がある。やたらと観光名所が出てくるのは、Porterがライン川観光をして、クルーズ客に「今まで見たもので最高のものは?」と訊いてまわったことから発想したかららしい。
ここで観客はゲームのルールを了解する。つまり意外な言葉で韻を踏みながら相手をほめる、そしてコーラスの最後は面白い言葉で韻を踏んで自分を貶める。a worthless check(使えない小切手)、a total wreck(すっかりぼろぼろ)、a flop(無様にひっくり返っている)というように。
大事なのは、歌の前の台詞からヴァースを通じて、その言葉遊びが観客に受け入れられるように、周到に用意がされているということだ。またゲームのルールがわかりやすいように、構成もわかりやすくなっている。対するBillyの返礼のヴァースは、きっちりRenoのものと対照をなして応えている;
Vincent Youmansも同時代のブロードウェイの作曲家。これで、観客も次はどんな言葉が出てくるのだろう、とゲームに浸り、一言一言に沸くことになる。
セカンド・コーラスにはどんな言葉が出てくるだろうか。韻を踏んでいるものを対にして並べる:
Mahatma Gandhi/Napoleon Brandy
the purple light/a summer night
the National Gallery/Garbo's salary、
Spain/cellophane
sublime/time
a turkey dinner/the Derby winner
a toy balloon/fated soon
pop(Renoが歌ったflopに対する韻)
二人の言葉遊びの応酬は続き、コーラスは全部で7つあってたくさんのよくわからない言葉が出てくる。上に挙げた『Slate's Chatterbox』のリンクを辿ればそれらの言葉の解説が読める。あるいはSlate magazineの記事に同じ内容のものがある。たとえば「Garbo’s salary」は女優グレタ・ガルボの給料のことで、当時週給制だったらしく、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)は600ドル与えていたが1926年の映画『Flesh and the Devil(肉体と悪魔)』があたって、ガルボは5000ドルへ昇給するよう要求、MGMがこれを拒否したところ、ガルボはスウェーデンに帰ってしまい、結局年俸26万ドル(今の価値だと460万ドル)への昇給を認めて呼び戻すことになった話。
そのように、当時話題になっていたことがたくさん出てくる。当時の有名人の名前も出てくる。また、各コーラスの最後は自分を面白おかしく貶めるのだけれど、6コーラス目では「I'm the nominee of the GOP(私は共和党の候補者)」なんて言っている。政治ネタと言えば、5コーラス目に出てくるMrs. Astorはイギリスで始めて女性として議員になった人らしい。
それにしても、BillyとReno、こんなに気が合うのなら難しそうな令嬢なんかあきらめて引っ付いちゃえばいいのに、という気にさせられる歌でもある。でもそうはならない。Hopeとその婚約者の結婚をやめさせるために画策して、このイギリス人貴族を誘惑するのだけれど、そこで意気投合してしまうのだ。
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