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ソングライティング・ワークブック 第80週:ジャンルとテーマ:追悼の歌(2)

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追悼の歌を分類する

近しい人と遠い人

ここまで、ひとりのシンガーソングライターが身近な人の死について歌う例を見てきた。クラスメイトだったり、幼馴染だったり、血縁のある人だったり、そういう例だ。一人称で歌われる歌、等身大のシンガーソングライターを演出する歌。

世界中で毎日たくさんの人が死ぬけれど、私がその一人一人について思いを寄せることは不可能だ。私に関係ある死があり、関係ない死がある。また、誰の死が関係あって、誰の死が関係ないのか、人によってそれぞれ違う。また、関係なかったものがあるとき関係あるものになったり、その逆もあるだろう。歌がときおりそういった変化を誰かにもたらすのに役立つこともある。

あるシンガーソングライターが、その人にとっては身近だが私にとっては無関係な人の死について歌っていても、私がその歌に共感することは可能だ。また、私がその人と同様の経験をしたことがなくても—例えばその人が恋人の死について歌っていて、私がそのような経験をしたことがなくても—歌に共感することは可能だ。そのような場合必ずしも故人に共感するのではなくても、歌に共感することはできる。そういった過程を経て、やがて故人のことを考えるというところまで、辿りつくこともあるだろう。

それらの例とは違い、故人が歌の送り手にも受け手にも知られている場合もある。共通の知り合いということもあり得るけれど、歌が不特定多数の受け手を目指しているときは、多くの場合、その故人とは社会的によく知られた誰かということになる。

それはときに聴き手にとって踏み絵やリトマス試験紙になることもある。「誰かにとってのテロリストは誰かにとってのフリーダム・ファイター(One man's terrorist is another man's freedom fighter」という言葉はたぶん報道に携わる多くの人々が知っている(だから簡単に「テロリスト」という言葉を使うな、と先達に教えられた経験のある記者がいるはずだ)。

また、故人はいつも単数というわけではない。戦争、天災、弾圧、大量虐殺などの犠牲者など、多くの死者について歌われることもある。多くの場合、歌の送り手と受け手は体験や体験についての物語を共有している。また、共有されていなくても、「このようなことがあったということを、どうか知ってください、覚えていてください」というメッセージを送り手が込めるということもある。そこでは、まだ共有されていない物語をこれから共有するということが目指されている。

追悼の歌の目的はおおむね次のようになる;

  • 喪失からの癒し

  • 故人の物語の共有

  • (信じる人にとっては)故人の死後の幸福、安寧を願う

また、歌が集団によって歌われるとき、それはそのグループが喪失から癒えることを目指し、かつ物語を共有することによって、そのグループがグループであることを再確認することも目指している。レクイエム(requiem)が、そのオリジナルの意味において(カトリックの典礼として)、典型的な例である。

なお、レクイエムというタイトルはときどき元の意味を超えて詩的に使われることもある。武満徹の『弦楽レクイエム』は友人の作曲家早坂文雄の死を悼んで書かれたけれど、歌もなく、典礼にも聖歌のメロディにも関係がない。詩的な命名と言えそうだ。Benjamin Brittenにも『Sinfonia da Requiem』という器楽だけの3楽章からなる交響曲(大日本帝国政府からの委嘱をBrittenは初めそうとは知らずに受けて書いたけれど、結局政府は受け取りを拒否した。神武2600年を記念する式典にそぐわないと判断したのだ)があるけれど、こちらは各楽章のタイトルにラテン語のカトリックの典礼の一部が使われている。関係はある。

カトリック典礼に則っていない死者を悼む音楽を書く場合、「挽歌」「哀歌」(threnody、elegy)というタイトルを付ける方が一般的だろう。一人の故人が対象であれば、「誰々を悼んで(in memoriam…)」というようなタイトルもよくある。

よく知られた名前を使う場合

自分のことを言いながら、よく知られた故人を引き合いに出す

話をシンガーソングライター的なものに戻す。このワークブックの読者に「大きい曲(それこそ本当のレクイエムなど)」を書きたいという人は少ないだろう、と想定してのことだ。「私の思いをどう伝えよう」ということを考えるためのヒントを得ようとしてここへたまたまやって来た、という人が少なからずいる、と想定する。本当のところはわからないけれど。

よく知られた名前というのは「フック」になる。聴く人を引き寄せる。悪くするとクリックベイト(clickbait)と呼ばれることになるだろうけど。

何か常日頃思っていること感じていることで、歌詞の素材になりそうなものを持っていないだろうか?その素材が誰か有名な故人の名前と共振しないだろうか?

たとえば「私」は常日頃おとなしくいろいろな社会のゲームに従っているけれど、他人のゲームじゃなくて、自分でゲームを作れたらどんなにいいだろう、と感じているとする;

チェスをすれば持ち駒を使いたくなる
新しいゲームが必要なんだ
ボクシングチャンプには寝技で挑め
アントニオ猪木

でも、アントニオ猪木を引き合いに出すのなら、もっと何かメタファーの展開が欲しいな。

6すじの「ひこうき雲」—Joni Mitchellの『Amelia』

I was driving across the burning desert
When I spotted six jet planes
Leaving six white vapor trails across the bleak terrain
Like the hexagram of the heavens
Like the strings of my guitar
Amelia, it was just a false alarm

Joni Mitchell, "Amelia"

ここで歌われているAmeliaとは、Amelia Earhartアメリア・イアハート)のことで、上の動画に当時の記録映像が引用されている。女性初の単独大西洋横断飛行をしたパイロットで、1937年に赤道上世界一周に臨んで飛び立ったまま行方が分からなくなっている。

上に引用した冒頭のヴァースは視覚にくっきりとしている。焼けつくような砂漠を運転していて、6機のジェット機がそれぞれの方向に飛んでいくのを見る。6本のひこうき雲が天にヘクサグラム(正三角形を二つ重ねた12角形の星型)を描いているように。それは私のギターの弦のようでもある(ギターの弦はばらばらになっているのかな?)。そしてAmeliaを連想する。

「It was just a false alarm」が何なのかははっきりわからない。まちがいの警報?うそのアラーム?Ameliaの飛行機のアラーム(何かの警報機?)か何なのか。聴き進めると、この歌は「私」が恋人から別れを告げられた後の傷心ドライブの歌であることに気付く。

I wish that he was here tonight
It's so hard to obey
His sad request of me to kindly stay away
So this is how I hide the hurt
As the road leads cursed and charmed
I tell Amelia it was just a false alarm

ここで「a false alarm」は「私」がした恋愛について言っているのだと了解する。でもなぜ「alarm」なのだろう?ちょっと長い期間恋したことが無くて、急に目覚ましで起こされるような出会いがあったけれど、結局幻滅に終わった、ということだろうか?

この後、Ameliaを引き合いに出したのだからと、飛行のメタファーが展開する。イカロスのように落ちるAmeliaと「私」。「私」は結論する「私は人を愛したことなんかない。いつも冷たい上空の雲の中にいた(Maybe I've never really loved/I guess that is the truth/I've spent my whole life in clouds at icy altitudes)」

最後に「私」は砂漠のモーテルに泊まる。シャワーで埃を落とし、「旅をしたいという欲望」という奇妙な枕の上で眠る。幾何学模様の畑の上を飛ぶBoeing747の夢を見る。Amelia は夢を見る。夢、そしてうそのalarm...

I pulled into the Cactus Tree Motel
To shower off the dust
And I slept on strange pillow of my wanderlust
I dreamed of 747s
Over geometric farms
Dreams Amelia, dreams and false alarms

課題86

紙を1枚用意し、時間制限を設け、有名な故人の名前を書き出しなさい。それらの名前から、あなたが常日頃温めている歌詞の素材と一緒に使えそうなものがないか、検討しなさい。あるいは、その名前から新たに歌詞の素材を考えなさい。メタファーの展開を考えなさい。



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