stayhomeと、今こそ愛すべき家の時間。

先日、stayhomeの紹介サイトを公開しました。どうしてstayhomeというサービスを社会に出すに至ったのか、個人的な話と社会的な背景を織り交ぜつつ、書きたいと思います。

・わたしの愛すべき「家の時間」
・消費による差別化の時代から、単なる「自己充足」が許される時代へ
・モリスは云う「生きることはバラで飾られねばならない」、ではあなたにとってのバラは何なのか?


わたしの愛すべき「家の時間」

私は京都に生まれ、大学卒業後しばらくまで暮らしていました。実家は、東山で小売の酒屋を営んでいて創業から100年が経ちますが、京都には老舗がたくさんあるので、うちなどはまだまだ若輩です。

stayhomeに因んで、家で過ごした日々を思い出してみれば、

・掃除がされて目の立った畳に寝転んで、い草の匂いを嗅ぎつつぼんやりと昼寝したり、
・親に叱られたら、小さな庭へと逃げ落ちて、多少は手入れのされた「南天やら紫陽花、紅葉、ツツジ」、そういう植物に癒やされて、また帰ってきたり、
・床の間に「季節に合わせた掛け軸や、香炉のような飾り物」があって、子供心に、謎めいた気持ちになったり、

そんな取り留めのないことばかりが、温かい気持ちとともに思い返されます。

ふと思ったのですが、こういった暮らしの仕掛けは、家の皆がどこかで時間を捻出しては、一人ひとりの努力で作り出していたのでしょう。子どもだった私は、きっと大した手伝いは出来ていませんでしたが、わざわざうちへ足を運んで下さる方や家族のために整えておこう、そんな配慮があって成り立っていました。

私は今もこうした「家の時間」を愛してやまず、とても感謝しています。また、寂しくも家族と別れた後に、思い出として蘇るのはどうやら何気ない日々の体験のようでした。だから、人生を豊かに生きるためには、家の時間をしっかりと感じて暮らしていきたい。そして、それを次の世代にも引き継いでいきたいと思いました。

これがstayhomeに対する個人的な体験の背景です。


消費による差別化の時代から、単なる「自己充足」が許される時代へ

我が家は決して、名作家具やモダンなインテリアがあるオシャレな家ではありませんでしたが、それでもどうも私にとって大事らしいと思われる、何気ない家の時間があって、その正体はいったい何なのかと考えるようになりました。そして、それは私なりの自己充足の在り方だったと気づきました。

今、欧米を中心として、充足した時間のようなことを意味するデンマーク語のヒュッゲという言葉が人口に膾炙していって、マーケティングの領域でも、暮らしの時間というテーマに注目が集まっています。

暮らしの時間とは大事なものですが、日本はこの数十年間、その価値が弱まっていた時代だったのかもしれません。利便性の追求と消費による差別化の中で、精神的な豊かさに対する関心はどうしても後回しになっていたように思われます。

しかし平成の30年間をかけて、それもたぶん一巡しつつあって、いまや誰かとの差別化のための消費はもう十分、自分が満足することに大事なお金を使いたいと考える時代に突入しました。

さらにこのモードは、必然的に別の問題に至っていると考えています。それは、暮らしにおいて自分が何に満足するのかは多くの場合で不明瞭であり、それを明確にすることなしに狙って自己充足を手に入れることは難しいという問題です。


モリスは云う「生きることはバラで飾られねばならない」、ではあなたにとってのバラは何なのか?

家計におけるインテリア消費の国際比較では、最新データ(2016年実績)で、先進国を中心とした22ヶ国の中で日本は18位と低いです。衣食住のうち、アパレルと食に関しては日本は世界でも優れていると聞かれますが、住に関してはあまり自由とはいえなさそうです。

実際のところ、周りの人に聞いてみても、いきつけのインテリアショップというものをほとんどの場合で持っていないですし、それは情報をインプットする場所が限られていることもあるでしょう。住への消費がないから、自分のニーズを検証する機会を得られず、不明瞭のままで消費の機会が減るという悪循環に陥っているのかもしれません。

何が自己充足をもたらすのか分からないのでは、そもそも時間もお金もかけようがありません。DIYは解決策になりえる一方で、やはり時間や習得の課題があります。(大都ではdiyfactoryという屋号で、ワークショップを毎日行い、この課題にチャレンジしています

しかし、暮らしに向き合わないことは代償が付きまといます。たとえば、住宅を買う時にどんな作りがいいのか曖昧なまま35年ローンを組むことになるかもしれないし、長寿化した現代社会において、定年後の長い余生をどう過ごすかとは、暮らしとどう向き合うかということと密接な気がします。

では、私たちはどうすれば、自分らしい暮らしの在り方を見つけられるのでしょうか。その私なりの答えを、stayhomeという場の可能性に込めました。

自己充足や家の時間の価値をオープンな場で共有財産にしようというのが、stayhomeです。

一つは、アプリの利用を通じて今の生活の中にあるヒュッゲな体験に気づくことです。その体験は、たとえばnetflixを観たり、家で自分で作るハイボールを飲むことかもしれません。そういった時間を居心地よくしていこうとすると、家の時間への関心は次第に高まります。まずは今の生活の中に自分らしさを見出して自覚することが効果的なアクションになると思っています。

また年代や地域に応じたそれぞれの課題感があるので(たとえば都心の一人暮らしだと部屋が狭いなど)、それぞれの課題にあった人軸の情報があると分かりやすいと思います。誰かの体験は別の誰かにとっての大きなヒントになります。誰かを思って伝え合う、温度のあるコミュニティに育てていきたいです。

もう一つは、製品軸でアイテムを見つける機能です。こんな体験がいいなと思っても、それを実際に形作るところまでやって、初めて実体験となります。そのためにもそのシーンを形作っているアイテムは、どこのブランドなのか、どこで買えるのかを知る必要があります。stayhomeでは、アイテムを見つけて実際に形にするところまでをカバーしています。

たぶん、張り切ってやっていくのは続かないものです。生活の中で、のらりくらりと少しずつ時間を捻出し、そしてテクノロジーのちからで、自己充足の相互シェアがしやすい場となれば、多少はstayhomeが社会の役に立つのかもしれないと考えています。

ご覧いただき有難うございました。10月にはリリースいたしますので、ダウンロードしてみてください!

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そうはいいつつも、私をはじめアプリメンバーは、暮らしやインテリアの専門家でもなく、知識がまだまだ足りていません。本稿をお読みいただいた諸先輩方から学んで、アプリに反映していくことができれば何より嬉しいです。お話を聞かせてください。
メールアドレス: okumura_y@daitotools.com

またアプリデザイナーを募集しています。もしご興味持っていただいた方がいらっしゃったら、ご一報ください!!

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