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人は空を翔べる。そこに嘘は無い

 開演前、田中未知子さん本人の音声が流れた。

「1980年代から始まった現代サーカス。その中で空中ブランコの概念を覆し惜しまれながらその翼を畳んだレザッソ。その中の5人が始めたこのシルク・ヴォスト」

 この来日は、サーカスプロデューサー田中未知子さんが10年懸けた夢の形である。去年メンバーの骨折で大阪来日が中止される受難もあった。公演が終わった後に田中さんとご挨拶したが、さすがに目が潤んでいた。かく言う自分も公演を見た後だったので涙腺が緩んでいた。「泣けるサーカス」なんて言うと無粋だけど、しかし間違いなく人の感情を揺さぶるサーカスだった。

 シルク・ヴォストは空中アクロバットしかないサーカスである。この華美な装飾など一切ない縦に円形の舞台を使い、人力だけでサーカスをする。リクライニングシートから上を見ると、普段の感覚と風景が異なる。そこに夜空を背景にして、人が翔ぶ。ゆっくり落ちる。四方八方に弾ける。重力がまるで彼らに味方しているように変化する。縦横無尽という言葉があるが、これだと平面なので、高さを含めた縦横無尽という言葉が欲しくなる。

 しかし、全然押しつけがましくない。非日常の出来事なのに日常的とさえ感じる。凄い技ができる僕たち凄いでしょう、という感じは全くない。彼らは本当に空を飛べる事が伝わってくる。自分もあれをやりたいな、なんて思うくらいさらっと何気なく飛ぶ。流石に常識外のことなのでドキっとしてしてしまうこともあるが、いつまでも見ていたいくらいゆったりとした時間だった。それを助長させる音楽も良かった。 

 人は人の力で空を翔べる。二本足で歩くことに凝り固まっている現代人には思いも寄らないだろうが、これは事実である。他ジャンルの舞台だと、空を飛んでいる演者の上にワイヤーが見えるけど見えない事にして観てください、なんて舞台を楽しむ上での暗黙の嘘がある。しかし、自然と調和したこのシルク・ヴォストにはそれが無い。命綱も隠さず使うし、滑り止めもふんだんに使っているところを敢えて見せる。何も隠さない、嘘の無い姿で空を翔ぶ。そんな本物の空飛ぶ人たちと逢える機会が東京で在った。近くの月島でもんじゃを食べながら公演の余韻に浸り、人類の豊かさに感謝をした。

http://www.cirkvost.jp/


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