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「きちんと管理すれば企業は成長する」の迷信が企業を衰退させる〜ToMo指数の研究〜

事業が軌道に乗り、ここ21ヶ月連続で、毎月売上記録を更新してきたベンチャーA社は、ついに念願の上場を迎えた。

ところがその直後、毎月の売上が急激に鈍化。役員たちは、上場初年度の売上予測の下方修正といった事態をなんとしても避けたいため、事業を担うマーケティング部長、営業部長たちに、こう檄を飛ばす。

「もっとしっかりと分析を行って、何を改善すべきかレポートにまとめてくれ。そして、速やかに改善計画を立て、実行してほしい」

今振り返れば、このときまでが、A社の繁栄のピーク。

この号令を境に、事業を担うメンバーたちは、「今月は、お客さんへのリーチを20%回復させるためになんとかしなければ」「来訪したユーザが、うちのサイトで購入してくれる率を5%改善しよう」など、計画に基づいて打ち手を探るが、なぜか以前のようなインスピレーションも沸かなければ、ありきたりなアイデアばかりの繰り返しとなる。

一向に成長の兆しを見せない売上に、経営陣のイライラは募り、毎月のように「管理体制を強化する」「徹底した基本的な取組の重視」という言葉を重ねていき、それに対応した施策を繰り返す。

いつしか、この状況にうんざりした事業担当のメンバーは、上場までの経験を買われて、一人またひとりと、他社へと移籍し、気づけば創業時のメンバーはほとんど「卒業」してしまった・・・

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この物語は、著者が知る多くのベンチャー企業が実際に経験した、上場前後での状況を基にしたフィクションです。
ところがこのストーリー、仕事上で出会う上場を間近に控えた企業、そして上場した企業の経営メンバーに披露すると、ほとんどの場合、苦笑またはため息混じりに、「これは、うちのことです」というリアクションが返ってきます。そう、下記の際限ないネガティブスパイラルに、多くの経営者は悩まされてきたことになります。



そこで今回のテーマは、上記のスパイラルがなぜ発生するかを説明する、ToMo指数(Total Motivation|トータルモチベーション指数)という研究内容についてです。
この研究を基に、この際限ないスパイラルを捉え直すと、下図のように説明することができます。

ここで、赤字でハイライトされている「管理を強化すると、人の間接的動機(=義務として仕事をする動機)が強まり、創造性の発揮が低下する」という因果関係こそが、際限のないネガティブサイクルの正体です。
このサイクルは、本研究に関する以下の法則が生み出したものとなっています:
■管理を強化すると、人は「言われたからやらなければ」という、感情的動機が強くなる
■感情的動機は、仕事そのものをどれだけ楽しむかというToMo指数を著しく低下させる
■ToMo指数が低下すると、人は創造性を発揮し、計画されていない新しい打ち手を考え出し、試すという能力が減退する

今回は、このToMo指数の詳細と、多くの企業で今日・明日と繰り返されているこのネガティブサイクルが生み出される仕組みの詳細、そして、これを回避し、創造性の高い仕事を行い、良いサイクルを生み出すための方法をご紹介します。

ToMo指数とは

ToMo指数は、マッキンゼー・アンド・カンパニーなどでコンサルティング業務に従事し、組織開発の分野に20年以上携わってきたニール・ドシ氏と、リンゼイ・マクレガー氏によって提唱されている指標。
その定義は、まず、下図のように7段階で、自分が今の仕事についている動機のスコアを使います

そして、これら6つの項目に関する1点〜7点のスコアを、下図のように計算して、ToMo指数ははじき出されます。

ドシ氏らの研究では、こうして測定した指数と、企業の業績が高い相関を見せることが示されています。
具体的には、下記のような状況です:
■ホールフーズは、同業他社に比べてToMo指数が14ポイント高く、同社は高い顧客満足度と収益性を誇っている
■同じ航空機とターミナルを使うため、差別化が難しいとされる航空産業で、サウスウェスト航空は、比較対象の3社よりもToMo指数が14ポイント程度高く、結果として、顧客満足度もずっと高かった
■スターバックスは、他のファストフード/レストランより約18ポイント高く、いうまでもなく卓越したサービスを誇る
■その他、銀行業・ケーブルテレビ・小売業など、多くの産業において、ToMo指数と業績の高い相関が示されている

ドシ氏らは、この結果を基に、下記のような「直接的動機」と「間接的動機」というフレームワークを提示します。

そして、以下の2つの点を指摘します。

1:すでに出来ているプランを実行するだけなら、【間接的動機】であっても、【直接的動機】であっても、成果はさほど変わらない

2:計画外のことに柔軟に対処し、創造性の発揮が必要とされる場面では、【直接的動機】の方が、はるかに高い成果を生み出す

そしてドシ氏らは、冒頭のベンチャー企業を始め、多くの企業で業績不振のスパイラルを生み出す【間接的動機】の勘違いについて、次のように続けます。

企業は「きちんと管理すると」業績が上がるという勘違い

業績が不振に陥ったり、期待通りの成果を挙げなくなったりしたとき、多くの組織では
「もっと、ちゃんと数値を設定し、管理し、進捗をチェックする」
ことで、業績が持ち直すと信じられることを、ドシ氏らは指摘します。

ですが、実際に調査を行ってみると、こうしたプレッシャーが掛かった側のメンバーたちは、以前に比べて遥かに強く、
・言われたからやらなければならない
・状況の進捗を報告しなければならない
・計画達成をしないと申し訳ない
といった、「感情的圧力」を感じるようになり、【間接的動機】がメインで働くようになります。

結果、これまでは【直接的動機】に基づいて、様々なアイデアを生み出したり、状況に応じて打ち手を変化させたりして難局を乗り切ってきた行動は、すっかり鳴りを潜めてしまいます。

すると、業績は回復するどころか、打ち手がどんどんと少なくなり、上手くいかない方法を、何度も何度も試しては、局面を打開できずに進みます。

益々、その状況に苛立った経営陣は、「まだまだ管理が甘い、チェックや検証が徹底していない」と語り、締め付けを更に強化。

かくして、見事に冒頭のネガティブスパイラルが完成してしまいます。

自信のあるリーダーほどメンバーの創造性を信頼せず悪循環を助長する(非難バイアス)

この負のスパイラルについて、ドシ氏らは、ハーバードビジネススクールで実施した実験について、このような事実を紹介します。

・MBA学生は、自分自身は【直接的動機】を重視して仕事を選ぶという
・一方で、現場の従業員は【間接的動機】を重視して仕事をしていると予想
・実際は、現場の従業員も【直接的動機】を重視して仕事を選んでいる

この場合、もしも業績がよくならないと、リーダー(この場合はMBA学生)は、「間接的動機でいつも働いていて、それほど創造性など発揮していないはずのメンバーが、ちゃんと間接的動機で、与えられた計画を実行していないから、良くない結果が生み出されているに違いない」と思い込み、メンバーに対して締め付けをより厳しくするします。
結果、現場の従業員は、さらに【間接的動機】ばかりが刺激され、益々、創造性の発揮が難しくなってしまいます。

そして、自信のあるリーダーは「自分が創造性を発揮してさえいれば、メンバーは創造性など発揮する必要がない」という思い込みを、更に強めていきながら、際限のないスパイラルに陥ってしまいます。
ドシ氏らは、この一連の出来事について「非難バイアス」という名前を付け、最も注意すべき傾向であると、強く警鐘を鳴らします。

私自身も、残念ながらこうしたスパイラルに陥り、業績の悪化とともに創業当時からのメンバーを信頼できないようになり、結果としてメンバーの大半が入れ替わるというベンチャーを、幾度となく見てきました。

では、こうした悪循環は、どのようにすれば、断ち切ることができるのでしょうか?

創造性の高い組織を運営するための5ステップ

本研究では、ここまで見てきたスパイラルに陥らない組織運営を行うために、以下の5つのステップを推奨しています。

■ステップ1:ToMo指数を測定してみる
最初のステップは、6つの動機について、実際に従業員に冒頭の7段階評価をしてもらい、一人ひとりのToMo指数の分布を、互いに把握することとなります。
■ステップ2:測定結果を分析する
ToMo指数の測定結果を基に、そのばらつきなどを分析し、何がToMo指数の改善につながるかの仮説を洗い出していく。具体的には、
ー職種や社歴、仕事内容別に、「感情的圧力」「経済的圧力」にばらつきがないかを確認する
ー顧客までの距離と、「仕事そのものの楽しさ」の関係に大きな関連がないかを確認する
ー新人とベテランの間での、ToMo指数の変化を確認する
といった観点を確認します。
■ステップ3:ToMo指数改善の鍵を見つける
ステップ2で、改善余地のある部分を絞りこんだら、それを実現するための鍵を探します。主な鍵の候補は、以下の通りです:
ーリーダーシップ(管理職、リーダーが適切な行動をしているか?)
ー独自性(企業としての使命、仕事が生み出すものは明確か?)
ー役割設計(ガチガチに役割が決まり、創造性の発揮を妨げていないか?)
ー昇進の道(強者だけが生き残る、感情圧力が強すぎるものでないか?)
ー報酬(経済的圧力の問題を引き起こすようになっていないか?)
ーコミュニティー(感情的圧力を和らげる機構はあるか?)
ー業績管理(結果指標とToMo指標をバランスよく測定しているか?)
■ステップ4:ToMo指数の具体的ゴールを定めて実行に移す
4つ目のステップは、これらの対策を踏まえた上で、売上や利益と同じレベルで、ToMo指標の目標値を定め、その達成を経営陣以下が、明確に握ることにあります。同時に、これらの数字の推移と、自社の業績の関係についても注意深くモニタリングすることで「ToMo指標と会社の成功がしっかりむすびついている」ことを確認することが大切となります

ToMo指数を向上させるリーダーであるための14ポイント

次に、あなたがリーダーの立場にある場合、ToMo指数を向上させる存在であるためのヒントを、本研究では、動機別に14点、紹介します
■【動機:楽しさ】への働きかけ
ー実験や学びをするための時間の余裕と場所を与える
ー高業績とはどういった状態なのかを明確に定義する
ー問題があれば、メンバーが自分でそれを解決することを促す
■【動機:目的】への働きかけ
ーメンバーが、自分の仕事には重要で意味があると思えるよう後押しする
ー自ら手本となり、従業員が前向きで一貫した価値と共通の目的意識を持てるようにする
ー顧客の利益を最優先する
■【動機:可能性】への働きかけ
ー仕事と従業員の個人的な目標を積極的につなげる
ー従業員の弱みではなく強みに注目を集め、その成長を手助けする
ー従業員の成長に合わせて、仕事の難易度を調整する
■【動機:感情的圧力】の緩和
ー正しく妥当な目的や目標を、メンバーが抱くようにする
ー公正で、正直で、透明性のあるリーダーシップを振るう
ー職場での親交を後押しする
■【動機:経済的圧力】の緩和
ーメンバーを無理やり働かせず、包括的に評価する
■【動機:惰性】の緩和
ー仕事をやりやすくし、従業員の努力が無駄にならないよう配慮する

非難バイアスを個人で防ぐ技法「REAPモデル」

そして最後に、本研究の根幹にある、負のスパイラルを生み出す「非難バイアス」について、その発生を防ぐため、誰でも個人で取り組むことができるアプローチが「REAPモデル」として紹介されています

■ステップ1:思い出す(Remember)

何か問題が起きて、自分が他のひとを非難していることに気づいたら、「相手に悪気はない」という言葉を思い出す。誰でも相手は実は良かれと、善意を持ってやっていると、思えてくる可能性が高まる。自分が非難がましくなったらまずは、バカバカしいかもしれないが、この言葉を思い出そう
■ステップ2:説明する(Explain)
相手が駄目だ、ちゃんとやってない、と思う前に、5つほど「相手が駄目でないとした場合、何が起きているのか」という可能性を説明できるシナリオを考えてみよう。ひょっとしたら相手は、多くの情報に混乱したり、プライベートでの問題などがあって、期待通りのことができなかったのかもしれないし、あなたがやってしまっているチョンボについて、その被害を被っていて、それが言い出せないのかもしれない
■ステップ3:尋ねる(Ask)
ステップ1とステップ2を行ったら、まずは「相手には悪気はなかった」という前提にたち、自分が見たことを伝え、どうしてそういうことになったかの理由を尋ねよう。非難のニュアンスが入らないよう、細心の注意を払うことが、何より重要だ
■ステップ4:計画する(Plan)
以上を行った上で、相手と一緒に、今後そうしたことが起きないような計画を立てよう。そして多くの場合、その計画の中には、相手ではなく、自分の改善点が含まれるものだ

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かつてベンチャー企業の立上げからIPOまでを経験し、現在はベンチャーキャピタルとして企業の成長を支援し、同時に大企業への新規事業コンサルティングの中で、多くのToMo指数が高くないかな?という状況に直面する身としては、実は最後のREAPモデルを読んだときに、自分自身も何かと胸の痛い感覚に襲われました。

おそらくですが、そうした経営者の方、経営陣、部門長、リーダーという方も少なくないのではないでしょうか?

これらToMo指数の低下と、際限ないスパイラルは、実はこうした、経営者・経営陣・リーダーなどが、ちょっとしたことで他のメンバーに対して「非難の感情」を抱くところから始まる気がしてなりません。

そういう方は、ぜひ本研究の詳細を、下記の書籍にて確認した上で、日々の活動に反映してみてはいかがでしょうか?

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P&G→コンサル→ライフネット生命立上げ→現在は自分たちで創業したICJ社にて、ベンチャー投資・支援と大企業の新規事業コンサルを手がけています。MUFGフィンテックアクセラレーター、NRIアクセラレータなど、大企業と連携したベンチャーの事業加速が得意技。